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ARCHIVE - 2013年01月

2013
01/01

故郷で暮らそう


「なんで入谷を被災後の仮設としての避難場所として考えないの」と昨日来たお客さんが言っていた。水尻川の上流の「大船沢」地区には被害はあったが、入谷の被害はこの部分だけだった。水尻川の河口から平坦な地形が、3K以上も上流まで津波は達した。明治・昭和と大津波がここまで毎回、海上の船を内陸に運んで来た。このことからこの「大船沢」がついたと言われている。
「隣町は何もなかったようだ」、これは先月の地震での津波発生、そして津波警報時があっても横山での何も無かったような生活の事を言う。この時は志津川市街地は大渋滞の状態となり、南三陸町で被災した皆さんの、悪夢の再来の光景が頭を過ったのだろう。こうした町民の不安もいまだに解消されていない。
写真はそんな津波が幾度となく襲来したものの被害が無かった、入谷林際地区です。広大な農地もあり、なぜこの地区に仮設の建設をしないのか不思議である。ある人は言う、「何もなくても行政で生活に必要な商店・スーパーなどの設置も行えば良い」と、志津川地区の大々的に町づくり・都市づくりが出来るなら、こんな事は簡単に出来る。12月時点で1000億円、町の年間予算の13倍が復興交付金として来ている。町民の再建費用であり、一部の人たちの為でもなく、誰もいなくなった南三陸町の為でも決してない。
新年にあたり何も言うまいと思っていたが、私の会社の再建・町民の生活支援・公正な町づくりへの活力は、行政への不信感と怒りが、その力の源となっている。
元旦の天気予報は「曇りのち晴れ」と日の出はダメと思い込んでいた。こうした思い込みは多くのチャンスを逃してしまう。今後の教訓に今年のスタートはなった。チャンスは自分で掴みに行く、そして逃さない。これで自分に良い事が起こり廻ってくる。
昨年は被災で良い意味で人生が変わった仲間と、友人の家族の一人が、町で生きる事を決めた事を知った。
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