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ARCHIVE - 2012年11月

2012
11/26

お世話様


昨日は好天ながら寒い一日となった。同僚からの誘いで午後気仙沼に同行する事になった。
気仙沼での教育環境や被災後の復旧の経過を改めて検証した。気仙沼の週末の土曜日、居酒屋は何処も満杯で、会場と駐車場の確保は大変と聞き、前日の予約で何とか会場を確保した。被災した学校の方との話では、在校生・卒業生の「アルバム再製」に取り組んでいた。海岸部の家は勿論すべてが流され、記憶探しをしていた。45号沿いの被災した商店・事業所は、元地又は高台の土地にと店舗・事業所の再建をしていた。大谷地区の再建は、「大谷海岸」の再生がならないと地区の商店復活はなく、9mを超える防潮堤の建設が、地区の再生の問題点として今だに議論となっている。しかし、計画は国県の主導で予定どうり進む可能性が高く、自分たちの住む町づくりの意見も取り入れてと、今後の「我が町」の町づくり同様に聞き入れて欲しい。
写真は入谷の「木漏れ日の道」で、しばらくぶりで通る事となり、内陸の山々に沈む夕日に魅せられた。「山がんの里」からの眺望です。
CIMG3841.jpg
昨晩は気仙沼の友人宅にお世話になり、朝早く帰宅しブログを書き、正午には再度気仙沼に行った。
「宮城第6区小野寺五典事務所開き」の案内を貰い参加した。五典氏は国会陳情でも親身に地方からの議員に答え、復興夏祭りにも来場してくれた。気仙沼・本吉の地域の代表として、被災後も現地の苦悩をテレビなどで伝え、行政にも幾度となく状況の把握に訪れていた。気仙沼市長、栗原・大崎の3市長が自治体首長が支援の願いで挨拶をした。大崎の市長はがけ崩れの復旧工事を県から、国の直轄にしてくれた政治活動を大絶賛していた。今回の被災地支援の、「クループ支援」は、五典代議士が政府に掛け合い実現した。との話に「政治活動」の実践を感じた。南三陸町長の顔は伺がらにかった。
気仙沼市議は勿論ながら、南三陸町議員からも私を含め4人が参加した。常日頃の小野寺五典氏の南三陸町への多大の支援政治活動への恩返しは当然の行動と私は思う。町民からも3名の方が来ていた。高橋元県会議長も自民県対として支持の声掛けを求めていた。
テレビでの衆院選が私たちの選挙区でも熱戦を帯びてきた。「子を第一に思わない親はいない」、これを子供達にも両親にも声を大にして言う。将来こども達には必ず理解してくれる時が来るからと。
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