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ARCHIVE - 2012年11月

2012
11/18

出会いは別れ


今、上の山緑地でのグランドゴルフを楽しんでいる方々のプレーを見てきた。曇り時々晴れの天気ながら、風が時折強く霰交じりの枯葉が舞う中で、「カーン」と玉を打つクラブの音が高台に響いていた。
十日町の志津川市街地にはボランティアさんがこの中で活動している。今日の八幡川は水面も高く、側溝から溢れた海水が南町・本浜町・塩見町・五日町の、地盤沈下している所は海のような状態となっていた。
先週初めに知人が来社した。一年以上も会ってないのに生き生きした顔となっていた。彼の目標は「吉永小百合さんのように生きたい」そして「会いたい」だ。震災を受けてもその信念は変わらず、福祉への活動も続け忘れていない。現在は「二種免許取得」し「マィサージ師」に挑戦している。「手話」「2種ヘルパー」など、直向きなその生き方に頭が下がる。震災で全てを失い「ゼロから」と、私と同じながら、たくましいその挑戦力に学ぶ。先輩はきっと自分の目標を達成するだろう。自分の身体だけは気遣いを欠かさないで欲しい。
写真は震災直後に臨んだ場所から歌津の海風景を見た、市街地は瓦礫の撤去があり、少しは変わったのだろうが、私の眼には何の変化も感じられない。この場所は「伊里前小学校」の校庭で、天皇陛下・皇后陛下が海に向かい、頭をお下げになった場所として、全国に放映された。現在は校庭を仮設が半分埋め尽くし、名足小学校が「併校」され、仲良く歌津地区の児童が学業に励んでいる。
海には堤防が旧歌津漁港ながら消え、船の姿も少なく「歌津大橋」だけが残骸となり今も変わらなく残る。町の「遺構」として最適な光景と私は思う。現在ここをどうするかの方向性もまだ決まっていない。歌津地区は「100名余り」の尊い命が失われた。地域民のショックは心の傷は一生癒える事はない。
午後から大阪府堺市からお客さんが来る。NPO団体で被災地の支援をしたいとの事だ。義援金・見舞金の不透明な金の流れが、被災直後にあり、現在も一部分の人の為に「復興交付金」が使われていると町民は囁く。10年間で町には一年前に4900億円?が復興・復旧に財源として国からくる。適正な無駄のない活用を願いたい。町民に平等公正に、「町民国民の税金なんだもの」。
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