FC2ブログ

ARCHIVE - 2012年11月

2012
11/14

道すがら


昨日も気仙沼の往復路、気仙沼・本吉の沿岸の被災地を望んだ。くまなく見渡しながらの風景は、小泉の「瓦礫の処理場」は、津谷川の両岸の水田は大部分が開発され、被災前の姿をうかがう物は何一つない。山肌の削られている所は、今後の住宅建設の整地として、赤土の土地を落ち着かせている。その他この地区には仮設を売り出している場所が二カ所にあり、水産・農業の町の独自性があるようだ。
気仙沼線の高架橋は国道上で寸断されていて、線路上にはコンクリートの塊に何か十字に立った物が、幾つも置かれてあり、「禁じられた遊び」の事を思いだした。近くでは農協組合員さんの繋ぎ雇用?の草刈り労働の姿も見られた。小泉の市街地も基礎撤去は始まっているが、震災後から何一つ生活の再建の様子は見られなかった。戸倉地区と同じで海岸線の集落の再建は後手後手と言う感を否めない。
昨夜のNHKのクローズアップ現代の番組で、林業の再生復活は「総合的木材産業」を図らないといけないと、ドイツの「森林官」を紹介していた。国内の若き製材業者は、市場のニーズにあった製品の開発を、地域ぐるみで取り組む事の必要性を実践し、「地産地消」の精神の元、林業の再生事業に生産者と考え取り組んでいた。結果3割の売り上げの増加と地域に雇用を生むまでとなった。
「外材は安い」とこの部分だけが市場にあり、日本の事を考えた地場産品の活用に取り組む、ハウスメーカーも安いだけでなく、「良い国産材」を使い日本の再生を考えた経営へとシフトし、事業展開を始めた。
戦後に植林した木材が60年を過ぎ、伐採時期となり日本の木材は「宝の山」と言う。50K圏内で製材し住宅建設に使うのがベストと言う。南三陸町は今後「高台移転」「住宅建設ラッシュ」となる、復興への先駆けがここにある。

CIMG3595.jpg
こんな光景に目を止めた。「売船」の看板を歌津管の浜で見つけた。震災後、漁民は津波で船を流失し漁業が出来ない状況となった。そして一年八か月を迎え、まだ船の確保ができないでいる漁民も多く、順番で造船が進んでいる。
北海道から100隻が気仙沼・本吉地区に来た、しかし南三陸沿岸漁業に合った漁船を漁民は求めている。半分くらいは沿岸漁業では使えない船と聞いた。
また、漁民の高齢化で漁協組合員も「頑張る漁業」が終わると減少するとの、状況もあり漁船の需要は、諸々の問題を抱え推移している。
第一次産業は「6次産業化」への道を現在向かっている。余計な経費を省く事で、今後の生産者の収入増加で、後継者もこの辺がカギとなる。
被災者のみならず南三陸町民は、一日も早い「希望と安心」を掴む為、一歩づつ進んでいる。
スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:48 】


TOP