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ARCHIVE - 2012年11月

2012
11/03

伊里前


あの美しい街並みは何処へ行ったのだろう。リアスの入り江にある歌津の市街地の繁華街がここにはあった。向こうの両端の半島から「悪魔」が白波を立てて襲来した。
一番前が「歌津大橋」で、この高さを一揆に飲み込み、津波避難場所の伊里前小学校の校庭まで押し寄せた。町の「津波防災」のマニアルを「一」から見直す事が求められ、今まで暮らした地域での生活が難しく、生活は高台で仕事は被災地の嵩上げの場所で、これで゛生業」や「生活」が成り立つと言う。このあり方が「本当の町」と言えるだろうかと思う。
色々な住民が今町づくりを考える。町づくり会議への参加者は行政の計画の在り方に疑問を持ち、自分なりの考えを持つ方が多い。
しかし行政は「復興計画」には踏み込む事を「ダメ」と言っている。この部分は微妙な問題で何とも言えない。
津波がまた再度襲来したら、人間・町の復活は難しく、ここまで想定し町づくりを考えないといけないと思う。「避難道の充実」がそのカキとなる。当初の「復興道路計画」は知らないうちに消滅した。これが他の被災地ない「大型避難道路」の構想だったのに、いったいあれは何処へいったのだろう。
CIMG3215.jpg
「白亜の館」と言われているホテル、被災前の夜の「穴子釣り」の小舟の船上から、光輝く豪華客船のように闇夜に写しだされた事を今でも思い出す。
現在町内を歩くと「仮設宿舎」が至る所に建設されている。大手の建設会社が地元の建設会社との「企業体」を形成し、高台移転・被災地の嵩上げを進める中で、工事のマンパーワーの生活の場確保が我が町にも求められている。この部部を地元の事業所での宿泊体制の構築に、行政がもっと積極的にあたるべきながら、町では町内の宿泊事業所の復興に向けた、再建や復興特需への住民の為の協力支援に、もっと復興交付金を活用すべきと思うのだが。この業種の小規模の経営再建がなかなか進んでいないのが実情である。
町の再建は、住民の「生活の糧」がでる事が復旧・復興であると私は感じる。それが行政の取組と思う。
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