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ARCHIVE - 2012年10月

2012
10/30

南三陸町産牡蠣


昨日は南三陸町で始まった牡蠣出荷の拠点、旭が浦地区の「牡蠣剥き場」に出かけた。時間は午前10時30分、同級生が「もう終わったぞ」と言う、今日は早く終わったと知人から告げられた。まだ、戸倉地区の剥き場では終わっていないと隣の施設に顔をだした。
写真は志津川と戸倉地区の共同牡蠣剥き場です。今月から始まった「牡蠣の出荷」、初出荷ではご祝儀相場となり通常の2.5倍の価格で引き取られた。今年の清算は10分の1とも、3割とも言われるが、南三陸町から被災後「海の再生」としての、志津川ブランド牡蠣が再び生産が始まった。牡蠣筏や牡蠣樽の流失や剥き場・殺菌施設が津波により破壊され、「ゼロからのスタート」となった。昨年の夏ごろから養殖施設の準備、そして、海への稚貝の海中投棄で養殖が始まり、今年の生産出荷ができた。一年以上の準備期間を要して、やっと流通市場に乗り食卓へと結ばれる。通常は2年3年と時間が係るが、皮肉にも密植・海の浄化により、一年で出荷ができる環境が出来た。
漁業者は生産が出来る喜びもさることながら、多くの皆さんに「南三陸町志津川産の牡蠣は美味しい」と食べてくれる事が最高に嬉しいと話す。これがあるから朝の冷たい海からの牡蠣の引き上げ、朝早くからの「牡蠣剥き」に精を出せる。今日も朝5時30分に戸倉荒町に来たが、すれ違う軽車両は戸倉地区の漁師さんの奥さんたちが、牡蠣剥きに向かう車のような気がする。戸倉地区の仮設にも志津川から多くの漁民の方が避難生活をしている。
CIMG3256.jpg
「恥ずかしいから撮らないで」「もっと若い人いるから」とカメラを向けたら言われた。戸倉地区の皆さんの剥き場風景はまた取材に行きたい。
写真は「滅菌処理」で一日こうして、牡蠣は静かに美味しくなっていく。この日もボランティアさんの姿を見る。ここまでの間には多くの支援団体が下支えとなり、「やっと」「何とか」ここまで辿り付いた事と思うと、関係者の感激は私のごときではないと思う。
向かいにあった南三陸町魚市場は、残骸となった基礎瓦礫の処理が「ガガガー」と大型重機が音を立てて進む。津波被害の復旧と漁業の復興が同時に行われている。ぜひ牡蠣の出荷現場と支援観光の全国からの人たちへの、橋渡し役としての係わりもあっていいような気がする。すでに実践しているだろうが。
しかし、市街地に位置する生産者は、土地の買い取り問題が心配のようだ。
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