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ARCHIVE - 2012年09月

2012
09/30

継続


ボランテティア累計は7万人とも言う。昨日は南三陸町内を入谷・志津川市街地と車を走らせた。田尻畑地区の大雄寺前の広大な農地には隅々まで、活動の様子を見る事ができた。「報道ですか」、の問いに「ご苦労様」しか言えなかった。震災後に車の一般道路の被災で不通となった道路のう回路を通る。「柿の木線」は荒町の峠から田尻畑に出て、ここから入谷地区に抜けられ、当時は多くの町民がここを活用した。それは田尻畑地区の菊のビニールハウスの瓦礫が取り除かれてからの事だった。
入谷へは「八幡神社」の秋祭りが二年ぶりに開催された。これが東北放送で放送されると友だちから連絡を貰ったからです。華やかな行列には子供たちの「打ち囃子」、子供たちが元気に太鼓を叩く。この光景は被災前の22年の姿を私の脳裏にあるからです。地域の伝統を守る義務が私たちにはあると、入谷地区は今後も多くの地区民と共に伝統継承に、大きな力を注いでいる。
町に戻る途中には、新しくスタンドオープンが今週5日に迫り、県の福祉事務所も解体が始まった。この場所でも屋上で多くの人たちが助かった。手前の志津川消防署は解体され、今は仮設商店街の駐車場となっていた。消防署員の家族は「慰霊碑と焼香台」をと言うが、角に小さく設置している。町民を守り殉職した消防署員・消防団員の鎮魂はどこにあるのか。防災センターばかりがピックアップされているが、町民の為に命を落とした方は、まだまだ多く南三陸町にはいる。
帰りに五日町に車を止めた。ここにもボランティアが沢山いた。写真は一部ながら数が震災後一年七か月がたつのに、「我が町」への支援の輪の増加に「ありがたい」と、頭が下がる。
互いに助けあう愛ある町づりくの創造が私の願いです。自分さえ良ければと言う人も沢山いる町ですが。
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