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ARCHIVE - 2012年09月

2012
09/02

志高文化祭


志津川高校の「旭ケ浦祭」が昨日、同窓会と共に開催された。多くの車が仮設が建設されている校庭のグランド以外のスペースを埋め尽くしていた。被災地の町民の多くが高校を応援している姿がここにある。
体育館では音楽コンサートが開催され、高校生のパホーマンスが熱気を帯びていた。会場の体育館では写真の「書道の応援」のエールが張り出されていた。三島高校書道部の「とどけ未来への光」と輝く色で力強く書かれてあった。女性のロックバンドのクラスの仲間との演奏は、今年の思い出として被災の時代を生きて来た事を、きっと忘れる事はない。
同窓会には仙台支部長の佐々木さん達が来賓として参加した。支部では「311円」の会員からの募金をしていると言う。津波の事、母校の生徒への支援の継続や、高校野球の看板の作成など、会員相互の連携により、仙台から志津川高校を今後も支援していく事を誓った。
被災直後の志高生徒の町民の救助活動の姿を私は誇りにおもっている。町民も口々にその感謝の言葉を話す。閉会の挨拶で遠藤副会長は言う「いまのわげしたづと、もう言えない」と、この活躍を振り返る。
1時30分からは交流ホールにて「志津川町づくり協議会」の設立式が開催され、父親と共に参加した。2720世帯?
に送付した案内、協議会への会員に388世帯、その内の114世帯が集まった。準備委員会のメンバーの顔触れがあり、理事・監事の選任が事務局案で了承された。規約・計画・予算が協議された。心ら残った質問に、役員選任にあたり委員への利益関係はないのか、「私利」「私欲」での協議会活動はないと思うが、行政側に付くのではなく「町民の顔」みて、町づくりをしてほしい。自分の大切な時間を協議会理事としての活躍に期待し感謝したい。と行政の取組に警鐘ともとれる発言に、会場からは「パチ・パチ」と、少しだが賛同の反応も聞かれた。
私の知る範囲では町長の身内での選任の色濃いものと感じる。しかし、なり手がいない事も現実としてあり、被災地町民の現実の厳しさがある。会長には及川善祐氏が選ばれた。漁業者1人・会社員1人・社協1人で、11名の理事の内7人が商工会関係者となった。40代が1人で65歳以上がいなく、もっと20から30歳代の多種多様な人選を私はお願いしたい。
まだまだ一部の人たちだけの町づくりが今後も続けられる。
志津川地区の高台移転は26年度中の旬の移転計画から、平成27年度の3月へと計画の遅延を、テレビ報道がさなれていた。行政への取材のもとでの情報収集と思う。
仮設の生活は長引き、町外への移転は加速し、元の被災地への居住建設が、待てない住民の反発とあり、それ象徴している。
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