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ARCHIVE - 2012年07月

2012
07/27

記録


松原住宅も昨日解ったが解体が進んでいた。歌津地区も旧消防署・新しい歌津消防署も解体されていた。歌津は被災した大型建物はすべてと言っていい程が解体が終わった。
志津川地区はと言うと、防災センターい未だにそのままながら、公立志津川病院は東の4階部分、そして患者・職員の多くが津波から逃れた、西の5階が昨日そのそびえ立つコンクリートビルが解体され、囲むフェンスから見えなくなった。
公共の施設が「津波の脅威の痕跡」が何もなくなって行く事に、後世に伝える遺構としてすべてが消えるのは、被災者の心のケアと問題として解体は欠かせないが、「東日本大震災」の記憶の風化となる事にも繋がる。しかしながら、最後の最後まで防災センターの悲劇の構造物が残り、こうした考え動きとなる事を「目論む輩」がいないでほしいと思う。
松原住宅は同僚議員が言っていたように、あの海沿いに残し津波の脅威としての残った建物として、あのままでも良い気がする。あの場所では誰も被害者を出さず、屋上では志高の卓球部員が津波から命を守った所でもある。住宅の自治会長の大地震後の行動が被害者を出さなかった。
行政の機能は限界にきている。多くの問題を前に、後で「こうすればよかった」と言われないよう、今を着実に検証し対応していかないといけない。私は復興復旧へ進んでいると思うが、南三陸町として、志津川らしく歌津らしく、震災からの再建がされているかと言うと、疑問を多々感じる。それは多くの住民からの声が聞こえてこないからである。夏祭りが今週あるが、あの志津川の「熱い夏祭り」には程遠い感がする。9月に敬老会もホテル観洋で開催を予定している。この大震災大津波から生き残った、多くの高齢者の笑顔がある事を願いたい。
今日も仙台への用事がある。来週の月火は東京で広報の研修会があり、2日間この大好きな町を離れる。年老いた両親も現在は体調が良いみたいだ。またお盆の8月を迎える。
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