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ARCHIVE - 2012年07月

2012
07/26

消えてゆく


昨日は仙台で「防災」についての講習会がありました。山元町の山下中の渡辺校長の被災後の学校施設は、重要な避難場所となる事を話してくれた。また、行政への強い要望を学校から示し、700名の町民の避難所の活動を、きめ細やかに説明し今後の防災のあるべき姿を発表した。しかし、卒業式だったこの日、下校した生徒の5名が犠牲となったと話す。
二人目に防災アドバイザーの渡辺氏の話では、「みなし被災地」と言う言葉が心に残った。南海トラウトでの南海・西南海で発生する津波は、高知県のある地区には30mを越える津波の襲来を予想する。今は大丈夫でも「ここまでは来ない」と予想する地区に、「防災集団移転事業制度」を適応させ、今後地震津波発生前に高台移転を進めるべきと政府に訴えている。「想定外」と逃げる政府・自治体トップに、提言・提案をしているが、現実化には大きな財源という壁がある。また、岩手県宮古市の庁舎が川沿いにある事を、明治・大正・昭和の大津波で何を学んだのかと言う。我が町とてこの事にあてはまる。そして地震の最高は昭和35年の「チリ地震」がマグニチュウド9.4と最大と再確認した。
九州の異常気象の発生は、激甚法・救助法による、「復興交付金」が充てられる。被災地は復旧復興の資金は国から回されるので、必要事業費を要望し資金を確保する、国は全面的に支援してくれるという。しかし、税金であり限られた予算内での充当がある。
地核の連動が今活発に起こり、大気の異常も地核異変が影響していると言われる。富士山の活動や「桜島」の小規模噴火が次第に大きな変化をしているという。1000年にい一回と言われているが、今また起こっても不思議はない。決して不安を助長している訳でもなく、防災は普段、何時来ても対応できる体制だけは、各々が「自主防災」の意識を常に強く持つことで、家族・自分の身を守れる事になる。
二つの質問に答えたい。「議会中継は」の問があった。9月からネット配信が始まると聞いている。二つ目は「昆野牧人」の事を教えてとあった。牧人は私の同級生で、一か月前か新聞に死亡の身元判明で載っていた。気仙沼小の教員をしていたのは10年前頃だろうか、事情により京都へ、帰ってきて子供たちの支援に生まれ育った南三陸町志津川で活動をしていた。自分も病気と私には告白してくれた。今回の津波で両親・兄夫婦・甥と共に犠牲となった。これから一緒にやって行こうと言ってた矢先の事だった。
写真家「立木氏」が写真を送ってくれた。被災地のありのままの生活、我が家・我が社を撮ってくれた。その自然の両親の姿は、「遺影」としてもイイくらい、生き生きしていた。
今日は気仙沼市に二回足を運ぶ予定です。する事がいっぱい! 私は生きている。今日の写真は晴天となった荒島とカキ筏が朝日に輝いていた。
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