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ARCHIVE - 2012年07月

2012
07/21

故郷


ショッキングな一日となりました。夕方に「三一会」私たちの同級生の会の、「再会」の機会を事務局が設定した。私は子供たちへの剣道の指導があるので、30分ぐらい参加し、いつもの仲間数人と話すことができた。
「俺さ住民票を登米市にしたから」と言われた。仲間のみんなは南三陸町の住民のままで、みなし仮設を含めた仮設に入っていると思っていた。選挙権を言うのではなく、「共にこの生まれた故郷でずーっと生きよう」との意識を持ち、被災後も頑張っていると思い、一時の隣市での南三陸町住民としての生活がなされていると思っていた。
昨日も知人の登米市への住宅建設など、仲間が遠くにいってしまう感覚があった中で、昨日の会話があった。ショック!
「都市計画審議委員会」の会議は、都市計画地区に東地区を決定するという決議が審査され、決定し県へ伝えられる。一日も早い仮設からの高台移転を進めるためにも、一歩づつ手順を踏み居住区の確保が今求められている。そこに移住を希望する住民の意向に、「戸建希望」が132世帯、「災害公営住宅」に454世帯との報告に衝撃を受けた。これは志津川の制限区域の50パーセントにあたる事でなおさら驚く。土地希望がこんなにも少ない事と、生活が厳しい事への住民の防衛への対策が、公営住宅を希望している現実が示された。議会でも戸倉地区の住民移転では、100世帯が戸建で50世帯が公営住宅希望と現在の戸倉地区の意向調査が報告されていた。市街地と地域による居住環境の選択への違いが、どんな原因なのかもっと深く調査をしたい。
こんな状況から考えても「南三陸町」の再建は本当にできるのかと、行政も議会も「復興計画」が机上の議論でしかないのかと、将来への不安がつのるばかりだった。
田尻畑の大規模な「菊栽培工場」の建設の落成が今日あったと、会議に先立ち町長より報告された。水産業・加工工場の再建は現在進み、市場近くでの再開が現在あるが、商業・加工者は「高台での工場再開」を望んでいる事も昨日知った。これぐらい今回の津波被害と怖さがあることに、みんな同じなのだと実感した。
住民から「今回の災害を思い出したくない」という気持ちがまだまだ根強い事を昨日知った。災害を風化させない事や被災者し死亡した人を忘れない事とは別に、こうした亡くなった方への鎮魂は皆がもっているものの、この忌わしい悲劇の災害を早く忘れたい方がいる事も、忘れてはいけないと解った。今後の活動には慎重にあたり、こうした言葉には真摯に耳を傾け、丁寧に答える事が必要と思い知らされました。
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