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ARCHIVE - 2012年07月

2012
07/18

みんなの海


三か月ぶりに大森地区から、市場のある「旭が浦」に出かけた。水産業は多くの補助事業の助成支援を受け、国の後押し全国からの援助を頂き、早く以前以上の再生を遂げているように私は感じる。しかし、町の復興は水産漁業にかかっていて、生産と仲買そして販売ルートの確立は欠かせない。水産の商店の事業者の貪欲な再生意欲が、震災のこの地に今は必要に思う。私が仲間・知人に再生への働き掛けには、皆がしり込みしている現実で、こうした今後への生きる努力が、新しく生まれ変わる「南三陸町」に必要と思う。
被災しあれから何の変化もない、我が社と自宅に行ってみた。瓦礫のまだ多い「松原公園」から再建された大森地区、そして仮設の市場までの道路が写真の光景です。新井田川で橋の破壊があり道路がズタズタとなっていたのに、今は一直線に「道」ができていた。しかし、南町・本浜・大森の両側の被災地の状況は、何もすべてが変わってはいなかった。
大森地区の二棟の町営住宅の解体が進み、四分の一を残し終わろうとしていた。ここに住んでいた町民には多くの思い出がここにはあったはずなのに、他所に移り何も知らないうちに想い出を振り返ることもできないままで無くなってしまっている。その他にも公的施設は解体が進んでいる。歌津消防署・自然活用センター・警察宿舎など、ブログで紹介していない、南三陸町にあった建物が、ここ2~3か月のうちに解体された。8月に防災センターもその予定に入っている。一般の住宅や施設もまだあるが、この部分が無くなると、町は「まったいら」となる。市場の復活はこれから比べると、復興への大きな歩みに別世界に見える。
市場には「造船所」の併設も見られる。海の復興には欠かせなく、町外で造船する漁民も多いが、地元の造船会社も二社あり、一社は鉄骨で現在工場が作られている。当所は浸水域であり、満潮となると会社は水中に浮かぶ孤島のような感じだったが、埋め立ても進み、安定的な造船に大きく舵がとられた今の状況が垣間見れた。
ブログでも紹介した漁業者の復活の拠点の「番屋」も現在は消えていた。市場には従業員の姿も多くあり、人手不足の町内の再建事業所にはうらやましい限りである。
未知の可能性を秘めた「海」、町民皆が潤う町形成が生まれるように、行政の働きかけをお願いしたい。みんなの「海」だから。

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