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ARCHIVE - 2012年06月

2012
06/28

ついに解体


公立志津川病院の解体が始まった。名称もいつまで志津川で南三陸にならないのか、との議論も議会であった事を思い出す。チリ地震津波でも確か建物は残った気がする。病院は再建され、現在の病院も「西館」の完成で、総合病院の体制が整った。しかし、医師の確保ができず赤字の解消とはならず、「透析閉鎖」した。そして今回の「東日本大震災」が病院を飲み込み、多くの患者・看護師が亡くなった。西館の屋上で多くの人たちが難を逃れた。写真は本館の正面玄関で、こないだまで慰霊の祭壇が設置され、多くの方が手を合わせ、追悼式典はついこのあいだ開催された気がする。
公立とのかかわりは現在の主治医との出会いがあった。病院には同級生もいたし、仕事でも少しは入っていた。病院でのゴルフコンペがあり、主治医とゴルフで一緒となり、初めて公立で診察をしてもらった。その時に見つかったのが「糖尿病」で、かれこれ20年近くなる。
また、総務課には議会でも同僚だった係長がいた。栄養士にも看護師にも薬局にも同級生がいた。、義理の叔母もいたし親戚の看護師も多数いた。多くの顔見知りに一時間圏内からも、看護婦として職員が勤務していて、通勤時の交通事故の問題が、病院勤務の過度な労働ではとの議論もあった。
志津川・歌津地区の「住民の生命を守る」役目を、粛々と務めている感を強く感じる。「看護師さん」の基本は同じ「患者さんに寄り添う」、「病気と気持ちを聞き患者さんに落ち着いてもらう」、この部分が私は病院に求めている。こないだ病院に行った折、「先生に自分の体なんだから」と一言言われた。来てくださいと言う日に来なかったね。の問いに「すみません」と答えたときの、言葉だった。大納得の先生の一喝でもある。
今日から南三陸町の中学校はテストが始まる。みんなガンバレ! 病院は27年には本設となる予定だ。ぜひ「透析」の施設を完備して欲しい。
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