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ARCHIVE - 2012年06月

2012
06/13

無惨


一昨日の夜「戸倉剣道」の子供たちの親から「一級の昇級審査」の申し込みがあった。日曜には戸倉中の子供ちたも初めての中総体があり、忙しかった為に夜の連絡になった。通常の生活だったら何のことはなく、横山・米谷に生活の場所が変わったからに他ならない。
締切日は昨日、歌津名足の漁協の連盟阿部事務局まで持参した。歌津名足地区にはしばらくぶりで足を運んだが、山が至るところで削られ、新たな住居の建設なのだろうか。また、大きな家が浸水域ながら修復が進んでいた。一日も早く安心できる生活の場所を確保するためで、被災住民の今の最大希望はここにある。
昨日は戸倉地区の名勝「神割崎」まで午後に出かけた。お客さんは「車がない」「早く来て欲しい」だった。被災が無くても高齢者が住み海への従事には、多くの障害があった。その中で頑張り水産業を続け生活をしている高齢者に頭が下がる。しかし、「80歳です」というご主人には、笑顔と力を感じた。「千葉県に南三陸のワカメをおくるんです」と話す。こうした皆さんが南三陸町の産業の基盤を作ってきた事を、私たちは決して忘れる事なく、継承をしていかないといけない責務を強く感じる。
昨日は友人が「死んだつもりで南三陸町の再建しましょう」「そのためなら何でもやります」と言ってくれた。町民の中にこんな「風潮の芽生え」を私は感じ、その切実な声を多く貰い、こちらからも一緒にやりましょうとお願いしている。こうした住民・町民の動きの流れが、町に元気を与え新たな「まちづくり」の原動力となっている。
写真は被災の残骸として残る戸倉小学校で、その前には真っ二つになった何艘もの船が、折り重なるように瓦礫となり置いてあった。今回の津波被害の「象徴」が戸倉地区にはあると私は思う。
昨日の携帯に収めた写真は、復興の姿として今後伝えたい。しかし、その姿はいつもの大きさでは伝える力が弱く、できるだけ大きく発信したいと思っている。
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