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ARCHIVE - 2012年06月

2012
06/09

解体へ


歌津の保険センターの解体がはじまった。このコンクリートだけが残った歌津市街地、この裏には木造の歌津総合支所があったが跡形もなく流失した、しかし、職員の死亡者は無く全員が裏の高台に逃げ難をのがれた。なのに?と疑問が残る。避難マニアルだった。「たいしゅう」の看板の場所には大衆食堂さんがあった。「高橋森雄」さんがいる。歌津町会議員議長までなさった。「高森さん」とは私も仕事で出入りをしていたが、私にも優しい声を掛けてくれた事を今でも想いだす。今は人は打算で「人付き合い」をしている人が多い。私は仲間とは計算ずくでなく、共に話し合え相手を思い生活をしている。やったからどうがしろでは決してない。こんな人間関係があるから、仲間たちにも友達が多い。
途中になったが、大衆さんの隣が同級生の「千葉釣り具店」があった。お父さんの鶴治さんも人に差別がなく、息子には厳しく、彼は誰もが認める優しい人間になった。「人を思いやる心」は誰よりも持っている人間だから、今でも本音で付き合える。向かいの家には「牧野くん」がいた。志津川から歌津に住み、大学を卒業し学校事務員の研修期間中に不慮の車事故で21歳で亡くなった。彼のお父さんとも仕事でお世話になった。その向かいには「小野幸時計」さんがあり、社長さんには仕事のトラブルで、仕事の厳しさを教わった。この地域だけでも多くの思い出を私は持ち、今後もこの場所が復興しようとも、古き時代の事を友とお茶を飲みながら話せる時が必ずくる。
志津川病院も解体がスタートし、向かいのサンポートも入り口の三分の一は解体された。警察もである。昨日は建設課にいった。本浜地区には鉄骨の建物がまだあり、私の自宅の倉庫も一階の鉄骨だけが残った。被災後残っている建物の住民も解体はしないといっていたが。解体の申請がだされたと聞く。帰り社長に「解体の申請書見ましたか」と聞くと見てないという。見てないから勿論だしていない、早々に解体申請を出さないといけない。震災後、捜索と鉄骨回収してもいいですか。これが建物の解体の許可の元だと思っていた。まだまだ混乱は続いている。
今日は1年半ぶりで後輩たちとの会「独身会」を、仲間宅で静かに開催する。皆もお酒を飲む機会は、葬儀の席以外は皆無に近い。ほどほどに切り上げ、明日の「春季消防演習」「中総体剣道」に備えないと。
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