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ARCHIVE - 2012年06月

2012
06/07

政府実感


昨日と今日、東京に「陳情」で議員団がハードの日程をこなし、7時前の出発て帰りが7時30分過ぎで、議員が成果に繋がる活動と互いに確認し合った。
初日は仙台の国土交通省と復興局での活動は、担当に南三陸町の多くの問題点を、陳情書の他に議員から多くの質問がぶつけられた。今日の平野復興大臣への陳情では、議会の4つの陳情の他に、「何か議員個々の質問がありましたら」と、大臣が陳情団に問いかけた。原発問題・高台移転・建設資材の高騰問題・戸倉駅の復活など、今までにないくらいの質問が、大臣にむけられた。私は「被災地の買い取り価格と高台造成地の取得価格の格差の短縮・解消を」と質問した。高台移転に関しては「防災集団移転で国は支援を最大限する」と大臣、しかし、町の政策・取組の部分もある。と自治体の対策案も必要と私は受け取った。
参議院会館で元官房長官の千石さんに、議員会長であり総務委員長である鈴木春光さんが、千石さんに声を掛けると、「何処から」と話かけられました。「南三陸町からです」と言うと、千石さんが「赤十字をとおし仮設病院に3億円の支援がありましたね」と話し、鈴木議員と肩を並べて会館を歩き議員団と接触するキッカケとなりました。
病院の建設の披露に「辻元きよみ」国会議員が出席された時、建設の要望を国に伝えた成果と思っていた。千石さんが南三陸町に来た折に、町長の要望に応えたむねの話を、議長がしてくれた。
宮城の東国会議員が議員団の橋渡し、小野寺議員も親身に南三陸町の問題に多くの時間を費やしてくれた。国土交通省大臣政務官とも貴重な15分の時間を割いていただいた。多くの成果に満足させられた(国会陳情」で、政府の大臣も「何でも連絡下さい」と、暖かい被災民を思う心が伝わってきた。
口々に国会議員の先生は「南三陸の復旧・復興が今回の東日本大震災再建の象徴」と話し、私たちの町への政府の重点地域だと言う事を知らされた。
高台移転が今後どのように進むだろう。「三笠宮」さまが逝去された。国会会館で元総理の麻生さんの顔を見かけた。妹さんが三笠宮さまの奥さんだと聞いた。多くの偶然が今回あった。寛仁さまは福祉活動に力を注いだ。本人も「アルコール依存症」を告白し、「人は皆障碍者」と何らかの病気に人はかかる。だから健常者は障碍者の事を想わないといけないと言う。素晴らしい人間は早く亡くなるようだ。
写真の遠くに何かが見えます。国会会館の屋上に案内された。
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