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ARCHIVE - 2012年05月

2012
05/18

温情


被災し事業を再開したいとの方の支援と言う事で、一昨日は浸水していない土地を見に行き、昨日は銀行・建設会社に相談へ同行した。
現実は被災した土地の担保価値は「0」に近く、今後進む土地の町の活用される部分についても、資金融通の根拠とはならないという。住民の再建は予想以上に大変な状況となっている。
四分の三グループなど支援補助事業も、決定する確率は一桁で「夢と希望」は微塵なものでしかなく、奥尻の被災時の町長の英断のように、一世帯に1450万円地元に高台住宅建設をする人への支援と、打ち上げた方がよいとも思える。
多くの同僚の温情に感謝しかない。被災し会社は「0」となっても仕事のミスの理由とはならない。そんな中で迷惑をかけた方の立場による個々の対応に、申し訳ない気持ちばかりでいっぱいの一日となった。
朝、事務所の大家さんから「筍堀にいかない」と誘いを受け、新緑の裏山の竹やぶに入った。新緑の若葉が匂い、朝露が心を落ち着かせてくれた。放射能の「セシューム問題」も、自然の恵みは50歳を超えた私の家族には問題はない。大家さんは言う「子供たちのいる家庭へは」と。私の毎年に恒例行事でもある。
また、昨日は十日町の「佐藤毛糸店」の方と被災地戻っていて会った。「土地の境界線の事で今日は仙台から来た」という。この場所は通信回線の工事で長く片側通行があった所で、工事の終了で業者立ち合いの境界確認だったようだ。
また、米谷の七番に行き融資の相談、志津川建設さんに行き設計・見積なども、快く相談に乗ってくれた。しかしながら再建には多くのハードルを理解し、被災避難場所の「広島」に帰った。
朝には荒砥の方が「ガケ地危険区域」で行政が来たんだけど、移転しないといけないのてすか?」と電話が来た。「大丈夫だから」と説明した、制限がかかっていない区域は、移転義務はないからと話した。個別の相談も千差万別である。
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