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ARCHIVE - 2012年05月

2012
05/02

さくら8


「よみがえれ」との大きな看板、本浜地区にあった「さかなのみうら」さん、自分の店は今も鉄骨だけが被災地に解体されず残っている。
ここは「花のバイキング」として芳賀さんが菊の加工場として営業していた。そして3月の津波で一階が冠水し、その場所を三浦さんが借りて、南三陸町の海産販売店として蘇った。「がんばれ南三陸町」を被災後から全国に発信続けている。魚価の高騰はあるものの、いくらでも格安にと「意気」と「感謝」を前面に出し、来町した支援者や観光客に答えている。
何回か紹介しているが、「今回なぜか」と言うと、右の桜の木は津波をかぶったものの、こんなにも綺麗に開花した。まるで町内の商店の再開が今後も! 自然の復活は漁業の再建とも重なる。未来への希望と映ったからだ。
気仙沼市大島の「義捐金と支援物資の横流し疑惑」が昨日全国放送された。どこの被災地でもあった! 小さいものから大きな事まで、確実に起こったのは事実である。それは混乱の中で「人の欲」の悪い面が、この地獄の状況が、人間の思考をマヒさせ狂わせた結果だ。
各地区の自治会の長が集まり中心となり、結成した団体の中でのことで、「そんな事はなかった」と言う。なかったのだろう。孤島での過酷な1か月の生活の中で起こった。しかし誰も責められない気がする。ここまで何とか助け合い生きてこれた事に、天に感謝しかない。義捐金は私も行政や親戚など、しっかりとした団体からの「カネ・物」でしかない。支援金の事になると被災者は敏感に過剰に反応する、生活の苦しさがある。
今はやれる事を一歩づつ、自分の思うようにならない事が多いが、考えが合う合わないは関係なく、共働し町の再建に努めたい。
昨日しばらくぶりで、志津川漁協支所にいった。「漁港のかさ上げを早く進めてくれ」と言われた。その他にも漁業は新し姿に向かっている事を聞いた。歌津も志津川の支所長は私の同級生なのが力強い。
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