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ARCHIVE - 2012年04月

2012
04/21

笑顔のために


田中好子の「一周忌」を迎え、キャンディーズの一人「田中好子」さんが、亡くなりベットから最後のメッセージを送った。「天国でも復興を見守る」と、誰かの笑顔を作るために、歌手引退後、女優の道に本気で全勢力で取り組み、不動の人気を獲得した。何にでも本気で取り組む精神は、その努力が必ず成果を生む。
昨日のテレビで「駆け足の復興の光と影」と奥尻の復興の現実を伝えていた。「東日本大震災」の復旧への参考に大いになった。被災前の総務委員会で「奥尻の津波からの復活」の所管調査で偶然だが、奥尻島を訪れテレビのその姿を振り返った。「海望塔」「海望住宅」と再建の場所に「海を望む」との名称がつけられていた。海と共に生きる人々が多い事がここからも伺える。
1年で10年間の仕事をしたと言う「復興特需」があり、北海道の自治体から復興の担当者を迎え、地元の影響に関係を持たない人を主体となる部署につかせた当時の越森町長、被災した島民の「総ての声」に耳を傾け、被災者との会話には常にその輪の中心にいた町長。町の存続を図るた4か月目に「復興の基本方針決定」を早期に図り、6mのかさ上げ、130億の復興基金からなど、家を建てたい一世帯に1425万円の住宅建設資金を配った。土地の建設の制限や土地造成を早期に進め、2年で家が建ち始めた。仮設・住宅入居も、高齢者・子供のある家庭など、優先順位を明確にして住民の意見も一つにまとめた。町長の決断とスピードを持った計画の実施が、町民の気持ちをつかんだ。5期も町長を務め島民には人気だったという。
しかし、2001年1月に越森町長は「入札妨害」で逮捕された。特定の業者に仕事を発注し続けた。町外から迎えた復興担当は、住民感情よりも「淡々と復興」の事業を進めた。「一日も早い復活、元の生活を」と駆け足の復興が、諸々の弊害を生んだ。出向してきたこの職員は、一年で10年分の仕事はあったが、復興しても災害前の3割は落ち込んだ。結果人口は4700人から3100となり、若者は島を去り、過疎化は進み高齢化となった。「特需は夢」今から対策をと声を大にして話す。私も震災からそう思う、一年が経つが、その方向性に大きく間違いなく向かっている。「コンパクトな町づくり」、こうした町形成で復旧復興を進めてもと思う。だが多くの町に住んでいた人たちに戻ってきてもらいたい。現実と理想の狭間にいる。
現在、5000億の「復興交付金」が動こうとしている。奥尻の多くの事例を参考に、「町民の監視の目」を強化する必要性を思う。「南三陸町復興を考える会」の立ち上げを、町民が行動しないといけない。行政への指摘や交付金の活用など、チェックを町民もするべきと。今日は午後3時からホテル観洋で「復興まちづくりフォーラム」がある。みんなで南三陸町の再建を考えたい。奥尻の悪い面を出さない為にも。
写真は上の山緑地でグランドゴルフをする皆さんと、市街地の今とその向こうには、大海原がある。
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