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ARCHIVE - 2012年03月

2012
03/13

ありがとう


「ありがとう ありがとう」「しあわせ しあわせ」と歌う、南三陸町の「志小」「戸小」「入小」「伊小」「名小」の5校の児童の歌声の「追悼式」に参加し、全員が涙した。生きている事の喜びや、普通で生活している事の幸せなど、この震災から子供たちは多くの事を知った。全世界が一つで、助け合いの気持ちが大切だという事を理解した。
政府の「追悼式」で台湾政府の代表が、指名権者から外され一般席にという、外務省のミスがあった。台湾からの支援は今も多くがある。津波直後での避難者の仮設建設中に、被災された南三陸町全世帯に「義捐金」が直接、「台湾仏教協会」から町民に配られ、多くの町民が感謝していた「ありがたい」を口々に言っていた事を今でも思い出す。寄贈された消防車は「未希号」と名付けられ、今、町内の防災の先頭で、町の火災予防をと巡回していた。先頃は台湾赤十字社が、南三陸町の保険・医療・福祉関係施設の再建にと20億円の支援をしてくれた。こうした多くの支援への感謝への、こうしたミスは政府としてあってはならなく、許されない。
気仙沼マザーズホームも津波の襲来を受け、入所の子供たちを連れて先生は「中央公民館」に避難した。ここは海から100mぐらいの所にあった。当然ながら今回の大津波は、みるみる内に屋上に、避難民446人と共に3階屋上までおいやった。船舶燃料タンクが流出炎上し、公民館へこの二つの襲来、こども達はどんなに怖かっただろう、泣くじゃくっていた。ホームの先生も「もうダメ!」と思った時に、ロンドンのいる息子に最後のメールを送った。
息子さんはロンドンから何ができるだろう。と考え、「ツイッター」でつぶやいた。すると全国から多くの返事が返ってきたという。それを「東京都の猪瀬副知事」が見ていた。すぐに都の「消防庁」に電話で「救助要請」をだした。翌朝「救助へり」が気仙沼の現場に到着、こども達から救出し、二日間で446名を救助した。避難していた人は誰一人怪我なく、都庁消防庁の救助ヘリは救出を終えた。この情報はテレビを通し見たのは初めて知った。ツイッターは若者がするものと言う考えが私にもあった。こうした手段の必要性を、こうした大事件では必要だと知らされる。3か月前に町内のパソコン通の若者から教えられたが、出来るまでには達していないが、私のパソコンには「ツール」は入っている。
「マザーずホーム」は、障害を持つ子供たちを預かる施設と前聞いた事がある。この大災害時での行政のマヒもあり、弱者救済がままならなかった。津波対応として「てんでんこ」はあり、「自助」「共助」と言われるものの、人々の助け合いの精神があり、制度のみの主張は成り立たない。
我が町には「殉職職員遺族会」があり、町長の謝罪と説明を求めている。そんな中でNHKの放送の防災センターの写真の放送がされ、その管理・所在にたいし、町は出していないという。「調査」「抗議」をNHKにすると言う。こうした行政の数々の問題が、町の復興を遅らせ町民の不安の募らせている一つになっている。こうした町の問題の発生に、行政の町存続の危機感の無さに、落胆しかない。共にと言う声を聞き入れる耳を、トップは持ち合わせていないようだ。
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