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ARCHIVE - 2012年02月

2012
02/29

消滅

120226_062029[1]
昨夜は「松原食堂」で晩御飯、予定どうり行く事が出来た。同級生の「みつチャン」、笑顔いっぱいにお客様を迎えていた。「仕事が始まり生き生き旦那しています」と言う。仕事ができる事の喜びと、多くのお客さんとの会話、そして「頑張って下さい」のエールに、南三陸町への多くの支援への感謝を込め、自慢の限られたメニューながら、精いっぱいの気道を感じた。
各テーブルには小さな花の鉢が、被災地での皆さんの活動や来店に、なごみ癒された。テーブルに座ると15名前後のお客さん、20代前半の男女が入ってきた。一人の女性のジャンバーの背に「西宮」と書かれてあり、南三陸町に支援で来た自治体の方、そして「ボランティア」の団体に思った。一揆に店は賑やかに、被災地に必要なのは、こうした若者の集まりと笑顔だと再確認した。今日は残った「京極」さんかな、昨夜もおかあさんの顔を見に行ったら、「材料が無くなって終わりました」と嬉しい声を聴けた。
今日5時半の志津川市街地の工事、夜も働いていた。汐見橋河川下アクセス系施設の復旧工事です。24年の7月17日までかかる。昼間の渋滞はこの日まで続く、ある意味「ライフライン」、インフラ整備しょうない。当初は市街地の行政の復旧工事だと思った。まだまだ被災地の大変さは続く。
昨日は一般質問の通告をした。「被災自治体に見合った財源支出を」で、行政の物品・各種業務の経費を削減し、被災者の生活支援や環境整備に回すべき、と町長に聞く。行政の復旧復興への活動を加速するためにも、被災者の隣市への人口流失を抑えるためにも、行政の復興体制への検証を常に行う必要を思っての質問である。
電気料の値上げは仮設生活する被災地の生活には痛い。ガスに関しては「サウジアラビア」の支援がある。仮設でのお風呂と洗濯機の確保はあるものの、親たちの介護の問題もあり、倉庫での生活を余儀なくされている。ここのガスはもちろん自腹でり、当たり前で自分たち家族の選んだ、「二重生活」でもある。
今日は89才の社長は午後2時からの、支援事業の説明会に気仙沼へ、従業員の運転で変わっていってもらう。午後から私は「復興特別委員会」が開催され、町民の皆さんが疑問・不安に思っている声を伝える。
明日は志津川高校の卒業式、前加藤校長時代から、高校の行事を取り上げた、「志津川広報センター」として案内が来た。昨年に続き今年も参加させてもらう。志津川の「情報誌」である、一町民の目線で地元高校の卒業生の、卒業に当たりその情景を伝えたい。また、4日には音楽部の「定期演奏会」があり、この二つを来月号に掲載します。すべての皆さんとはいきませんが、2000部を各種手段で配布しています。
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