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ARCHIVE - 2011年12月

2011
12/28

前倒し

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最近の志津川市街地風景、何が変わっただろうか。少しのここ2・3か月の変化を感じない、広大が故に被災地の復興が見えないのかも知れないが、久々訪れた方々も口々に話す。わが社は海水に覆われていた。
6mの市街地嵩上げと住宅地が16mの場所に都市区画整理にて、新しい町を作る町の復興計画、本当に10年での実現に向かうのだろうか。現行政の体制での方向性、予定どうりに行かない事での人口激減、若い世代と児童生徒の減少は、町経済の大きな痛手となる。早期の登米市からの南三陸町住民の帰郷が不可欠です。
昨日は4か所の南三陸町の「災害公営住宅」の建設できそうな、個人の土地への建設ができるかを、愛知県の建設業者に構想依頼の下見で町内を案内した。石巻市では早期の「災害公営住宅」での、県での買い上げと建設補助の取り組みに向かっている。被災者の仮設からの新たな生活場所への、早期復帰を計画している。
我が町「南三陸町」はどろだろう。ゴロフ場跡地への移転を打ち上げた町長、多くの疑問を与えただけでなく、ゴルフ場の移転の考えは「もうない」と今月の議会で話した。メディアを巻き込み、地域民の嘆願書も集めた中で、そんなにも早く提案を取り下げる。そんなにも安易な考えの議案と同僚議員は話す。
今は前を見て進むしかない。町がなかなか動かないなら町民が動くしかない。町民の適切な動きに町は支援し、南三陸町の再建を早期実現に共に向かう、これが「共動の町づくり」の基本だと思うが、これが見えてこない。
昨日は風邪で病院にいった。一人なら我慢もするが、90才になる両親との避難生活、高齢者にうつると命の危険も増す。また、恒例の郡の剣道寒稽古に我が「戸倉剣道」は、参加を取りやめた。多くの地域に離散した団員の集合が難しいのと、団員の祖父母の多くの逝去がその第一の理由です。
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