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ARCHIVE - 2011年12月

2011
12/27

橋脚

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この朝7時頃の風景どこか判るだろうか。道路も鉄道も津波により破壊された海岸線を走る、交通網は「橋脚」だけが残る。撤去するにも巨大コンクリートで解体も時間が掛かりそうだ。
写真は伊里前の入り江に架かる、「歌津大橋」の橋脚で、雲間の旭が照らす巨大残骸となり、海岸の巨石のように朝間に写しだされる。「歌津大橋」の復旧は難しいとの、国土交通省の話も聞く。橋脚は津波の勢いで傾いてもいる。津波防災では、堤防と国道のかさ上げで、旧伊里前地区は復興へと向かう。利府町の海岸地区があり、漁民の集落で現状のままの少しのかさ上げで復興に向かう。早く生計の海に戻りたいという。
昨日は気仙沼に行った。朝に出発、雪を心配し7時に家を出たが50分で目的地に着いた。雪はなく道路もすいていた。町民からの行政への願いに動いた。津波被災の事業所の経営がままならない。自社とて行政の仕事が今は現実2割を占める。行政の発注の仕事はできる限り、地元の事業所で賄うが、私の持論でもある。それも公正に納得できる平等性を確保してであり、行財政にマイナスとならないようにである。事務機器・被災イベント・慰霊祭などである。形と仕上がりは別にしても、被災事業所へであり、用をたせばこれでいい。必要以上の経費を掛ける必要はなく、総ては被災者と復興復旧へのためだ。当たり前の行政の仕事である。「復興計画」の素案はいったい誰の「案」、誰のためと疑問が募る。
歌手「綾香」がバセドー病から復帰第一弾「はじまりのとき」で、今日の苦しみは明日に繋がる。と言う歌詞だという。24才。日曜日の葬儀の三浦さんは25才、これから夢と希望に向かう女性だった。
のべ人数1066万人の自衛隊が、昨日全て東日本大震災の被災地から撤退した。ご苦労様でした、そして感謝です。私は気仙沼の帰り、歯医者と10日ぶりの入浴で、少しの風邪が悪化し、今日佐沼の「主治医」に、薬を処方してもらいに行く。私は恵まれ過ぎている事を常に感じる。
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