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ARCHIVE - 2011年12月

2011
12/11

変わらぬ跡地

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被災地の瓦礫撤去は進んでいなかった。今日の朝自宅の本浜町の被災現場に行ってみた、瓦礫の鉄くずは大半が取り除かれているものの、建物の基礎のコンクリートは震災後そのままで、被災部分の基礎は、重機による掘り出しと、その後の破砕機による処理して、破壊された道路の整備の敷石に活用される。しかし、まだまだ街中には多くが残っているのが現実です。
町の災害復興の交付金が12月補正では「70億」にもなる。年間の町予算に匹敵する。予算の大部分の使途は災害の廃棄物処理委託に回される。瓦礫の処理との事だと思うが、高台移転の予算や住民の要望する、近々に必要とされる部分への活用はと言うとまだで、大分が「住民意見」とは違い、強い怒りの声を聴く。
産業の復旧と雇用の場の確保があり、初めて住民の住める町づくりへとなる。確かに復興への行程を組み、その計画どうりに進めるが、町の存続の事を考えると、その順番を間違えると、この町の人口減少への道を歩むこととなる。被災前も人口減少10%と高齢化率の30%の問題が地方にある。震災発生で行政の取り組みの遅延や政策の失敗で、この部分の加速は町の再建はできなく、近隣市への吸収合併へと進む結果となりうる。
石巻市のの雄勝では国の県の市の「高台移転計画」に、地域上げて異論をとなえる。こうした地区民の活動や提案が、新しい町づくりや被災からの復興の大きな力となる。アイデア異論の発言実行は地域のコミュニティーの、ビジネススタイルの形成提案が必要だ。南三陸町でも旧地域での活動を多く耳にする。高台移転都市計画は旧地域のコミニティーの強い繋がり絆・取組が地区再建への、早期の復活町づくりに不可欠です。
昨日の「皆既月食」は、母親の予定外の退院経過により、反対三日月の11時まで起きている結果となったが、自然の驚異の痕に、「神秘」に触れる事ができた。今日はデスクワークを深夜までする事と決めた。
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