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ARCHIVE - 2011年12月

2011
12/03

めいっぱい生きる

111202_164749[1]
昨日はまた一つ自分にとり、大きな事への挑戦を終えた。
志津川高校の教員をしていた友達が、仙台の高校の教師として進路指導を担当していた。今度卒業する生徒の進路指導の一端で、南三陸町の震災から復興への歩みを話して欲しいとの、依頼が2週間前に舞い込んだ。私もぜひ南三陸の現実と、小中高生・幼児がこの過酷な現実で頑張っている事などを、伝えるために引き受けた。
昨日の行動は過酷だった。午前中の議会開催があり、朝3時から原稿のまとめと段取り、勿論議会の提案議案と質問の事もあった。議会は被災地の瓦礫の第二仮置き場問題で、12時半まで押す事となった。それから仙台へ、2時半の開始10分前に付き校長室で待つと携帯が鳴った。米山病院の志津川診療所からで、母の認知が急に出た「何でここにいるの家に帰る」と着替えているとの連絡だった。直後の講話の時間となり、何回もバイブが鳴った。もちろん出る事も出来ず、1時間後の講話後の電話で、父親に診療所までタクシーで向かうよう話した。電話の向こうからは「ハーハー」と息の荒い声、「大丈夫か」と冷静を呼びかけた。病院に再度電話すると「落ち着きました、申し訳ありません」と丁寧な謝罪、本当ありがとうございます。感謝しかない。
そのあと兄の家へ配達し、仙台の華やかな風景に癒され食事、戸倉の会社から、診療所に父を迎えに行き、倉庫の避難所についたのは9時半で、走行距離は300キロ近くなった。
現在の南三陸町の被災者の状況は、皆こんな過酷な中で生活しています。診療所には父の知人が3人も入院し、厳しい状態に父の唖然とした話を車で聞くこととなった。8800のタクシー代・・・町民の皆さんの苦悩がここにも。
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