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ARCHIVE - 2011年09月

2011
09/16

皆頑張ってる

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今日のお昼は歌津平成の森のレストランの弁当でした。管理委託制度により気仙沼のビル管理会社が「平成の森」の入札で管理運営をしている。
今は南三陸町に仕事がないのが現実、そんな中で「お弁当」の注文場所は役場しかない、総務課には地元のお弁当の何社かが営業に来ている。写真は600円歌津からで、20分の配達時間料が入っていると、冗談のように話すが事実でもある。
そのほかに入谷の高貞さん、高野会館さん、大朝日さん、などなど仕事の場を求めているものの、町の75%は消滅し、町には収入をえる手段は、瓦礫処理で海の作業と建設業の二つがある。あとは被災者支援雇用と町の予算による、仮設の警備・高齢者生活支援対策の仕事など、町へ来た予算が配分されている。
今回の震災で多くの人との出会いがあり、メールや電話・来社などがある。会社のすべての流失・ゼロからのスタートである事、そして、再建の借入金などの返済、今後の事も忘れさせてくれる。6か月が過ぎ「葬儀」への参列が多くなった。あの方も亡くなられた。
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2011
09/16

戸倉荒町から再建を

2011-08-13 13.54.05
南三陸町議会二日目『一般質問』の四人目として、私の今後の復興への町の取り組みは、と言う題の、行政・町長への質問は終わった。時間も60分から90分への、議会改革の歩みがまた再開した。
早期復興住宅の建設の必要性と、関連となる人口流失の歯止めが、この問題と密接していると、町長に問いただした。町長も考えは同じだが、住民の希望や意向も考慮し、国の補正予算の動向も関連する。その調査アンケートと推移を見ながら早期の高台への移転を進めたい。と話したが仮設への8月中の入居もおわり、9月の復興計画の素案も出され、国の11月の補正予算が決まってからと、復興住宅はまだまだ先になりそうだ。
写真は戸倉地区の11地区でただ1地区、被災を間逃れた戸倉荒町地区の国道と街並み、この裏にJ R 気仙沼線のこの地区までの線路は残った。『陸前戸倉駅』の荒町移転の構想でした。町も5回もJR 東日本に要望していた。これも時間がかかりそうだ。
次に第一次産業の入谷地区の開発の提案です。福島原発の放射能被害は深刻で、牛飼育農家の所得の減収がある。町の支援は難しく、東京電力と政府への働き掛けを町に要望した。また、三陸道の開通に向け入谷地区の農業の、南三陸町の発信地区として提案した。
なかなか私の考えは町長には理解してもらえないみたいだ。

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