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ARCHIVE - 2011年09月

2011
09/09

震災後の卒業式


志津川中学校の卒業式は、3月12日だったが、前日の11日に大津波が南三陸町を襲った。その後体育館は避難所となり、避難者の理解のもと体育館を一日空けて、3月28日の卒業式を開催した。写真の記録だが、今ゲータを見てわかる。
私の姪っ子と同級生の娘が二人が卒業で、この節目の写真を携帯に収め、落ち着いたらプリントにと思い、準備はしたが、同級生の一人がどの避難所、仮設にいるが判らない。
今日は同級生のお父さんがお盆の14日に海上で発見され、葬儀を迎え「最愛の孫」が弔辞を読むこととなった。阪神の金本の大ファンで「一緒に応援に行こうねと約束をした」という。孫は不明のままのおじいさんの約束を守ろうと、まだ見つからない事への一つの節目と、試合を観戦に行き、「金本選手がホームランを打ったよ」と墓前に報告した。生死の境が二人にもあった、孫は偶然にも南三陸町にいた、津波の数時間前に長距離バス停まで、おじいちゃんに送ってもらった、その後で津波が来た。彼女は生死の狭間にいて、生かされたのだと思う。
また、今日はなかなか見つからなかった、ゴルフ仲間がみつかった。お母さんの気持ちを思うと複雑だ。明後日の6か月目に町の「合同慰霊祭」となる。節目・区切りと多くがこれを迎える。
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2011
09/09

清水浜


この地区にも多くの同級生たちがいる。津波による死者は無かったものの、昔遊んだ風景の面影の形は何もない。高い防波堤で囲まれた小さな漁村で、高かった堤防はなく、すくに海岸の石ころの砂浜だった。遠浅だった気がするが少し泳ぐと、ウニやアワビがあり、私たちの中学校の頃は、とっても怒る人は居ないくらい海の幸に恵まれていた所だった。
一昨日のしばらくぶりの晴れ間、国道45号線から直ぐそこに波がある事に驚いた。(写真)、こんなに海が近くなっている、地盤沈下の凄さに驚き、家だったところは海になっていた。
この日は低気圧の余波か権現崎には、白波が押し寄せている。清水地区は仮設も荒砥と清水の中間の山頂に、建設移転となっているが、地区民は二分となった。
今後の高台の移転場所も何処になるか、その予定も場所もきまっていない。そんな中で町長は「西宮」大阪にいっている。講演会か招待か、住民の仮説から解放されるまでは、町長も住民の痛みを共有すべきと思う。

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