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ARCHIVE - 2011年09月

2011
09/05

2011-09-05 06.20.17
戸倉地区の西戸の人たちが入居の仮設が、国道45号線からの1㎞入った場所、写真の奥の切曽木にある。手作りの看板があるが、町内には52ヵ所の仮設があるが、何処に仮設があるか判らない場所もお多い!
今日来た来客が『波伝谷』の仮設に行く坂は、あまりにも高台であの上り坂は、被災者には厳しく、仮設建設場所としてはどうなんだろうか?と話していた。
写真の奥の仮設まで1㎞、夜の道路の舗装もない、この原野を車のバックライトだけが、夜中に闇に浮かぶ!毎日の通勤を見るに、仮設はここで本当に良かっのか?と思う。
競売にかけらたゴルフ場跡地に、戸倉地区の住民の復興住宅、台風通過時の地盤沈下した海岸線の冠水で、復興住宅の孤立を心配せずにはいられない!
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2011
09/05

陽は登る


震災の翌日、避難していた旭ヶ丘から山を越え「田尻畑地区」を歩いた。(写真) 入谷へ抜ける山道まで雪の被災現場を仲間と歩く、ビニールハウスの残骸や津波のヘドロの中を歩いた。
何気なく後ろを振り向くと「旭」が背を照らす、水尻川を通り路として一気にここまで津波が襲来し、水田で埋め尽くしていた農地の遅い、その姿はなかった。
この地域は「遺跡旭が浦」と呼ばれ、南三陸町志津川地区が生まれた場所といわれている。今この写真を見て、あとを振り返らず前を向いて一歩づつ歩こうとおもう。
しかしながら被災の現実は心に脳裏に残し、二度と多くの町民が犠牲になる事のない、自然と防災の町の共存で、南三陸町住民が「手をたずさえ」生きていける町づくりを図っていきたい。

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