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ARCHIVE - 2011年09月

2011
09/01

瓦礫の集中


3月11日から10日目がたった志津川小学校の登校坂、正面には「アストロテック」があり、その建物は「永電社」さんの、前の建物所有だった。さすがに志津川小学校の避難所までの道路は確保されている。
この道路の瓦礫は市街地のもので、津波が巻き込み道路を埋め尽くした。町長は防災センターで被災し、残った職員とここに初めにたどり着いたと聞いた。
保険センターから残った建物までは、10メートルぐらいの高さだと思うが、やはり海面からは16メートルはある。志津川小学校には市街地から多くの町民が、車で歩いて避難、当初は500人はいただろうか、停電で電気をともしたのが「三陸鉄工所」の社長で、軽トラックの発電機で体育館を照らし、避難者を闇の世界から救った。
また、臨時の診療所では「笹原政美先生」が活躍された。
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2011
09/01

再生の一歩

2011-08-30 06.46.30
南三陸町から一時の生活の場所を仙台や県外に求めた仲間が多くいる。町で起こっている新たな再建の出発を知らずにいる事にのる。
大森地区の大森屋さんが店をスタートさせている事を昨日知った。また、志津川漁協も今日から被災後、アリーナから海岸に向かう交差点に仮設の事務所を開設した。志津川デイサービスセンターの下の流失した建物の残った基礎に、木造の建築が進む、町の復興計画の決定を待てない気持ちが、住民のこうした行動になった。
先頃は南三陸町志津川のお菓子の老舗『山清菓子店』が、佐沼を拠点に、再建スタートが報じられた。町内の大型店は隣町で営業を開始したのが10店以上もあると聞く。こんなにのんびりで南三陸町は生まれ変われるのだろうか?
この町は少しづつなごら変化を遂げている。アリーナ入り口に仲間が、再建スタートの建築が進む、現在多くの仲間が今後に向けあがいている!
被災から避難、仮設からの再生自立を町は言う。町は国からの予算をあてに、自分からの自立の政策・方向性を、見せず語らない姿に住民の不安はつのるばかりだ!

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