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ARCHIVE - 2011年02月

2011
02/23

第二モアイの地から祈る


「我が町」は防災の町を全国に発信しながら、「観光立町」に向け活発に町おこしをおこなっている。昨日はニュージランドでM6.3の地震が発生した。この規模の地震は日本には年に数回発生はしているものの、被害はあまり無い気がする。地震の形と断層の状況の寄って大きく違う。最近も同じ地点でこの規模以上の地震発生では被害が無かったと聞く。
 今回のクライストチャーチでの地震は震源地が浅く、この地区はコンクリートの建物と、耐震建築構造の基準が違うと感じた。日本ではコンクリートのビル以外は木造建築が多いが、現場の建物は近代ビルもあるが古くからの建物が多く、歴史のある町となっている。象徴的だったのは「聖堂」が、オートリラリアやニュージーランドには多くあり、礼拝のとしての聖堂は「耐震構造」にはなっていないと思う。これと同じような歴史的な建造物は「地震」には弱い。
 私の仲間の子供達もこの地への「留学研修」に行っていたとの話しを良く聞く。日本でも多くの学生が、気候・治安・風土・国民性などから、この地を語学学習の地として選んでいる。富山の外国語専門学校の生徒と先生の23名が、海外研修で偶然にも、この地震発生とかさなった。日本人が多く住み、語学の勉強・留学など、その他にも多くの学生がこの地にいた。連絡が取れない日本人は23人だと言うが、現場の「瓦礫」の状況は悲惨な想像ばかりが、脳裏を駆けめぐる。押しつぶされた車は元より、建物の大きな崩壊は「これで人間が生きているの?」と「阪神淡路の地震」を思い起こさせる。
 携帯は世界的に「電話」「メール」が出来る時代、「大丈夫とのメール」もあるが、「連絡が取れない」は、本人に大きな事が起こっていると言う事に違いなく。その安否に家族の思いが伺える。地震・津波となると「我が町」の町民は他人事ではなく、「対岸の火事」的な発想はない。地震発生では昔は「広い道路に出て大きな板を敷き治まるのを待つ」が、「我が家」の対応策だった事を思い出した。木造建築だった事と、頑丈に建てた工場が社長の地震への拘りでもある。
 あの現実の映像でも一日半現在も65人の死亡確認は初めと変わらなく、現地の混乱を伺わせる。被災者の人数が少ない事と、日本からの留学研修生の早急な安否確認が、家族の大きな希望であり願いとなっている。日本からも「災害救助隊」が派遣され、同じ飛行機で家族も「ニュージーランド」に向かう、オーストラリアは9時間だった気がするが、現地までは11時間を要すると言う。反対の南半球であり、その遠さを実感する。「祈る事しか出来ない!」

 昨夜は「町スポーツ少年団」の会議があった。少子化の中に間違いなく「我が町」はあり、その中で子供達の体力の向上、地域間交流がスポ少にはある。保健加入・募集要項・結団式の4月1日からの活動への会議だった。最後に一つの事案が報告された。スポ少の新団体の希望があるという。各種スポーツ団体指導は指導者が数名いる。私の剣道では学生時代の先輩が指導者で、それの補佐役に徹し指導方法について思う所が有っても、前任者に従い「こうしたら!」との堤案を話し合いで決めてきた。相手との協働理解のもとで「団」は成り立っている。どうして「分裂?」かは解らないが、子供達の事を第一に考えての運営が好ましい。互いの子供視線での話し合いが必要に思う。団への助成金も3~5年が係り、経緯を事務局では今後見ていく。新団の運営は大変であると思う。子供に親にこの弊害が及ぶのではと心配する。

 議会改革という言葉が全国である。そんな中で「広報特別委員会」は広報改革への大きな「帆」掲げ進めている。是非3月議会の5月初旬発行の議会広報を見てもらいたい。改革への積極的な委員の集まり、自分も参加できて良かったと思う。それに対し与野党の構図は、「町の改革」となるのだろうか? 何処を向いての立場と、投票精神改革も町民に求められる時代となっている。
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