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ARCHIVE - 2011年02月

2011
02/07

健在


「我が町」の将来の宝である、子供たちのジュニア綱引き大会が昨日あった。インフレエンザの為に3チームが欠場となったが、多くの親子がベイサイドアリーナに集まった。
 この日も先頃までの寒さから、いくらか寒さの弛みがあり、元気な子供達の姿があった。目に付いた垂れ幕は「入小魂」「飛躍」で、この応援の垂れ幕どおりの入小チームの活躍があった。予選は「一回勝負」で、一本に賭ける子供達のチームワークがある。写真の対戦は勝負がなかなか付かない互角の対戦、2回3回と尻もちを付ながらも、立ち上がる対戦に父兄の大きな声援が飛んだ。双方の最後まであきらめない気持ちが、見ている側にも伝わってきた。大人・若者も子供の頃のように、一生懸命に前に進む「諦めない姿勢」を思い起こさせてくれた。子供に学んだ!

 11時よりの南三陸ホテル観洋での、「気仙沼歌津会」の新年会には40名くらいが集まり、親睦の情報交流の場となった。町長・教育長・県議、気仙沼の畠山県会議長、五典氏の秘書が上座に着いた。南三陸町議員は議長他2人だけで、地元出身の気仙沼市から「我が町」を支援している皆さんの、お祝いの会への不参加に、疑問を思った。私が身体的に「暇」だからなのかと思うが? 行事の重なりも伺えるが、ここまで少ない事が普通なのかとも思う。
 地元の県議と政治論を交わす良い機会を得た。民主党の「ぶれる政権主導」に対する事への、期待を持てない現政治と、それに変わる自民党の体たらく、の考えは同感だった。地方から県・国に活動する事が地方議員も求められると言う。公共事業を当てにせず、町の企業の再生と、産品のブランド化など、地元に活力を生むことが必要で、加工業の発展充実と、食の面での地場産品の発掘や、関税撤廃のTPPに対抗出来る、生産体制の構築を強く話していた。
 私は若い政治家の出現が必要で、新たな感覚での「我が町」の再生を話した。「地元の為!に頑張って下さい」と最後に付け加えた。志小跡地の「くろしおグランド」は、昔の「あさひ製糸」?で、県議の先祖が経営していたと、参加した同僚議員に聞いた。
 昔から「我が町」の基盤に製糸業があり、入谷地区進出の撚糸工場は、何か「温故知新」の精神が復活し、新たな再生を、昔の町発展の基礎産業に戻る、こんな「時代は廻る」ことの証明?のような気になった。

 帰ってから、今夜は「鱈鍋」と父親との約束で、魚屋に向かうと午後3時には店の外と中は、20人ぐらいの来客のごったがえしに驚いた。「我が町」を訪れ買い物はやはり海産品という事なのだろう。しかしながら人の数に驚く、町長の挨拶に「南三陸キラキラ丼」が始まってから、4万数千食となり一店舗あたり、8千食が観光客に食されたと報告があり、米谷ICの開通の為だという。観光客も仙台市圏域の方が大多数という。三陸道の開通を来賓全員が、早期開通と町の発展に期待を込めていた。

 海円寺の豆まきの御札が届けられていた。「町民安泰」を祈願の内容とした。町民全てが安心して暮らせる町になるようにと、願いを込めた。豆まで置いていってくれた佐々木さん、ありがとうございます。
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