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ARCHIVE - 2011年01月

2011
01/01

謹賀新年


平成23年(2011年)がスタートしました。
 「明けましておめでとうございます 今年も御指導御鞭撻の程よろしくお願いします」

昨日は年越しの各地の神社風景を見ずに、平成22年から平成23年へと年の移り変わりとなりました。21年の町議への出馬、議員としての本格的な一年を終え、厳しい町の状況の内部を知り、益々の支持・支援への町政の安定、生活の平安の為、平成23年の厳しい状況からの少しでもの改善を、行政に訴えていく覚悟を更にしました。

 天気予報どうり「初日の出」は厚い雲に覆われ、サンオーレの海辺に多くの町民が集まったものの、太平洋上からの「2011年のご来光」は見ることが出来なかった。写真のとおり大変洋のある低気圧による大波が、荒島・でべそ島に白波となり大波が岩に砕け散っていた。7時になってもいつものオレンジ色に、洋上が変わることなく、集まった町民の皆さんも7時20分頃には、あきらめ帰路につく姿がありました。毎年のように続いていた元旦の日の出参拝、今年は途切れてしまった。私の「我が町」の日の出風景を、町民の皆さんに伝え見てもらう事が出来なかった今年は、何かが変わる年になる気がするし、良き年となる事を願いたい。
 明日朝は天気が良いとの予報です。是非一日遅れの「ご来光」を伝えたいと思います。

 朝のテレビで、現千石官房長官と元武村官房長官の対談があった。90年のバブルの崩壊時点の国の予算は35兆?国債発行が25兆だったが、20年間の時代の日本の経済財政状況は、今年の95兆の予算の時代となり、国債発行額は40兆となり、国の国債発行総額は891兆円(長期債務)となり、武村は「日本はすでに破綻している」と言う。武村は知事を経て国会議員として、政治改革の先頭を走り、千石と共に新しい日本を造る政党を形成してきた。武村の言葉に「小さくてもキラリと光る国」と言う言葉があった。何処かで聞き覚えがある。
 南三陸町の2回目の町長選挙で佐藤町長が「小さくてもキラリと光る町づくり」と掲げた! この言葉だった。高橋県議は佐藤町長のバイタリティーな活動を絶賛し、「皆様の御参加をお願いします」と支援した。町は現政権の連合体制で進んで来た。来春の県議選にはまだ表明がないが、今後の流動的だが、「気仙沼・本吉地区」の3名の定員で、選挙選となる事を願い無競争は避けたい。ぜひ「我が町」からの県会議員誕生が、新しい町づくりには欠かせない。

 日本海側の強い寒気の流入により、波浪・強風・豪雪と天候異常発達が起こり、こないだの福島県会津地方の車の国道での孤立があり、今朝には鳥取県で帰省の車が1000台動きが取れないと言う。町内の話しで、製品の製造が中国へと移り、中国での経済発展により、賃金・地代の高騰があり、ベトナム・カンボジア・シンドネシアへと、日本の製造工場が移転している中で、現在はバングラディッシュと聞く。国際化と発展途上の国々への、デフレの対策としての「低コスト製品生産」の姿があり、人の利益追求の野望は続いている。フジフィルムが「サプリメント」の事業に方向転換している。コマーシャルでフィルムだったメンバーが、「メタバリア」なる商品を紹介している。フィルムから「PCデータ化」となり、新たな分野への進出を余儀なくされた結果がこれである。

 「我が社」とてこの現状を前にしての、方向変換を考えないといけない。企業努力という「価格破壊」は、会社倒産への予兆でしかない。年末の主体な仕事の、チラシ60件から4件、年賀に至っては800件から100件と、受注減少への現実の対策は、もうこの業界にはなく、同業者の倒産・廃業続発の中で、日々模索の毎日が続いている。

 取りあえず「何かをする!」事から、始めようと思う。共に「我が町」の将来の為に、一緒に活動しましょう。
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