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ARCHIVE - 2010年12月

2010
12/30

歴史


あと一日となった、昨日も焼香と葬儀告別式に参列してきた。ここ5日間は焼香が続くこととなった。こんな年末はないだろう。公人となったからではなく、多くの出会いからであり、決して自分をアピールする事は考えていない。千葉印刷の3代目としての、長い間の仕事への、両親の係わりへの感謝からである。
 昨日の佐々木家の葬儀はその物でもある。亡くなったお母さんの旦那様は、志津川町町議として、戸倉地区の漁業・地区の為に尽力された。そのお父さんも議員だった。代々の「我が社」との係わりがあった。万右ェ門さん?が私が子どもの頃に記憶にある最初の議員さんかもしれない。歌津の千葉長さんもいた、やはり長男さんも歌津の議員として、町の為に尽くされた親子2代を知り、会社としてもお世話に2代続きとなった。どちらか定かではないが、薪ストーブにあたり腰掛けていた姿を思いだす。
 こうした戸倉佐々木家・歌津千葉家との係わりの中で「我が社」は生かされてきた。こうした方々の町政の取り組みの姿、よそ見・乗りかえなく「我が社」を選び、芯の通ったおつき合いに感謝しかない。それが私の町の建設に係わった方々への御礼と思い行動している。「長いものには巻かれろ」的な風潮にある人間が多い中で、私も「その意」を通す生き方をしていきたい。
 引退・逝去さけた方を思い出す。畠山さん志津川の及川さん山内さん高森さん須藤さん歌津の及川さん・・・・、そして旭洋の社長さん皆さんの温かい気持ちを思いだす。多くの皆さんが「我が社」との繋がりを選んでくれた。現在は「仕事と選挙」の「しがらみ」から解き放され、町の方向性・在り方に社長の意思と私の考えの元、「我が町」の為に何かをしたいとの気持ちで、町政に参画している。「町民の声」を私なりに考え訴えているが、昨日戸倉の同級生にしばらくぶりで会い、「なにやってんだか解らない!」という、「職員の給料高いし数もそんなにいらない!」と言う。やはり目に直ぐに現れる、無駄の改善と公務員報酬の高い事に、意識がある。私も中に入り「町の問題」はそればかりで無いことを知り、彼にその実情を話す事ができた。「一緒にやろう!」と別れた。

 西光寺さんの旧歌津町長の牧野さんのお母さんの告別式は、近隣の歌津津龍院住職さん、細浦徳性寺住職さんの三導師による葬儀の厳粛さと、お経を副導師の4師ので唱える、声の重厚さと静寂での響きに、出席し係われた事を感謝し、ご母堂さまのご逝去に深く哀悼の意を祈った。
 
 戸倉の佐々木さん81歳の死は突然だったと言う。10年前の脳梗塞からの気仙沼公立での救急搬送での、軌跡の回復となったという。以後は一人でのバス・電車を乗り継ぎ、気仙沼への通院・投薬により、普通に過ごしていたと言う。留守番をしていた。通院する朝に「バス停」で倒れそのままで、志津川公立で逝去された。牧野さんは長い間のベット生活の末「肺炎」96歳の逝去、同級生の田畑さんも99歳の天寿を全うされた。家族の優しさ愛に包まれ、自分の一生を家族に見守られながらの、天寿の全うは自分の生活してきた「道程」に、最終の形がある気がしてならない。自己の終末の身の処し方は、生きてきた姿で決められる気がする。

 こうした皆さんの生き方を見習い、「自分も!」と思っている。今日も本吉までの用事がある、2010年も終わる、皆さんの何もない平安での「年越し」を願います。
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