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ARCHIVE - 2010年11月

2010
11/06

大森創作太鼓


小太鼓の小気味の良い音からのスタートだった。「津波復興」と題された、「合併5周年記念式典」のオープニングアトラクションで、「大森創作太鼓」のメンバーが、式典に相応しい勢いと熱い気持ちを表してくれた。
 メンバーの息もピッタリで、小太鼓から大太鼓と太鼓の演奏が続き、その音も益々高くなり中央の一番大きい巨大太鼓に「バチ」が入る。朝靄の水平線の彼方から巨大な大津波が、平穏な町にやってくる風景を、小太鼓から大太鼓と現しているかのように聞こえる。ここから中央の太鼓と総ての太鼓が大きな音により、町中の混乱があり、人・家・幸せが一瞬のうちに津波に襲われる。数波の津波の襲来により町は壊滅的な大被害となり、この町の市街地が全滅となった。一瞬の静けさに包まれ町民が高台から、この風景を見つめる。こんな光景を「オカリナ」の演奏が静かに表現していた。
 さあここから「復興」への足音となり、町民が一斉に津波からの復興へ!「地響き」のような太鼓の音として、アリーナに響き渡る全部の太鼓がある。中央の巨大な太鼓の音色はまるで、建設への地均しと建築の木槌の音のようだった。
 この日の為に「津波復興」として製作アレンジされた、太鼓の演奏だった。メンバーの時間を感じさせない太鼓の演奏、演技者の呼吸の乱れもなく、演技を終える。毎日の練習がその影にはある。リーダーと中心とした「ヤー」「エイ」の掛け声が、心に太鼓と一緒に強い力となり入ってきた。
 昭和31年5月24日の早朝の津波の襲来は、まだ就寝中の時間で最悪の人的被害となり、未だ大きなキズとしてこの町にあり、この過去の大災害の教訓の中で「我が町」は輝かしい復興となった。先人達の昼夜を問わない復興への尽力があり、これを忘れない為にも「大森創作太鼓」のこの演奏を広めて欲しいと感じたのは、この日の来場者にも多くいたと思う。
 夏まつり・産業フェア・かがり火まつり等での披露も、会場を盛り上げる意味ではあるが、しっかり太鼓の音を聞く・演奏の構成・たたき手の息やパフォーマンスを見るには、アリーナのような演奏会場での、披露が強く聞き手に伝わる。是非に「大森創作太鼓」の単独の演奏会を期待したい。「我が町」を代表かる活動団体として、町上げてのバックアップがあっても良いと思う。宮城県南三陸町の太鼓集団「大森創作太鼓」として、全国への発信はアイデアとして成り立つ気がする。
 前は「旭ヶ浦太鼓」?だったような、聞き違いかな。素晴らしい「我が町」の芸術を味わえた。一曲聞くのは初めてで、それが一番前の席だから、直接身体に響きました。「最高!」

 尖閣ビデオ問題はどうなっているのだろう? いくらネット社会とは言え「国家危機管理」がなっていない! ビデオ公開で与野党ですったもんだがあり、「ユーチューブ」の動画サイトで7時間もの流れを、情報管理の面から長時間流されたまま、この結果埼玉川口駅に、300枚ものDVDが自由にお持ち下さいと「ダンボール」で置かれていた。船上のビデオ撮影が通信により海上保安庁へ、そこから石垣海上保安へそして那覇地検へ、そのビデオが編集され国会へとの流れがあった。その課程での情報が流出したのだろうが、管理体制の甘さの事案、「謝罪」ですむ現体制は再発を生む。幹部の総退陣までの処分がないと、この国の甘い体制は変わらない!

 良いことも悪いことも起こるが、善悪が蔓延るのが現社会である。「無」の境地で早く暮らし生きたい!
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