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ARCHIVE - 2010年09月

2010
09/10

夢・悲


昨日は志津川病院副医院長とて、突然の逝去となった愛川先生の「送る会」のような、別れの会が高野会館を会場に催された。公立津川病院葬に私は感じた、副町長と病院総務・事務長は勿論、現在・過去に病院に勤務された方々が、多くおられ対応に当たっていた。
 喪主は高野組の長女だった、由紀さんで同級生です。現在は2人の子供と主人愛川先生と4人家族と聞く。単身で志津川のアパートで生活していての事故死と、報道では伝えている。本葬儀は仙台で済ませ今回の「お別れ会」が南三陸町で行われ、患者として多くのお世話になった町民が「献花」に訪れていた。

 私は高校のまで志津川に居た奥さんと同じ、小・中・高と志津川の学校に通った。彼女は家庭が良く私は遠い人と余り話しもした事がない。10年前以上のなるが高校の友達の結婚があり、その時にチョツト話をしたことがある「変わらないネ」だった。
 昨日は同級生3人で「献花」をしてきたが、祭壇で整列していた彼女が、私の前へ進み「町会議員!よかったネ」と一言話をくれた、こうした気遣いの出来る彼女なのである。由紀さんはこの不幸でも「凛」とされ、けなげな雰囲気を持ちつづけていた。「大変だったなー」に「小さな笑顔」、彼女にはこれがお似合いです。これからも頑張りましょうと心で思う! 「君も変わらないネ」だ。

 写真は先月28日から5日までの開催だった、町を「きりこ」で飾るイベントの、「夢プラザ」での展示です。五日町の中央の「シャッターの店」で目立つ場所の有効活用です。最近は芸術・文化・交流の発信地として、町民の活用が見える。前までは「五日町商店街」がおらほのまちづくり事業で、補助を受け町民や使用する方への貸し出しや、自分たちの地域のイベントで活用された。しかし、年間通しての店舗の活用は難しく、シュッターが閉まったままに、現在は補助事業の申請もなく、平時は利用されなくなった。「夢プラザ」の名称はいまだに健在で、良いネーミングと感じている。
 昨日「夢プラザ」は志津川地区の中心に在り、町で有効活用は出来ないものかと質問したが、誰かが有効活用申請を出してくれないと、活用は難しいと答えが返ってきた。やっぱり「ヒモが付いている」、この資金はこれにしか使えない、この形態でしか活用できないだ! やはりこれを考えると「一括交付金」しかないのか?と思う。行政が町にあった方向で「適材支出」に、今後向かうのだろうか。考え方だと思うし、理由の付け方もできる。のだが?

 仕事は作る時代に間違いなくきている。新聞・情報誌など利益がなくても、色んな形で支援されている。「ガンバライよ」「楽しみ」「待ってます」「見てます」など、若者たちの手により校正・デザインがされ、2900枚が今、南三陸町内に2週間に1回のペースで配布・発信されている。政治よりも町の催しや高齢者の取り組み、子供達や学生の活動を中心に情報を伝えている。

 「政治は汚い!」という考えが今でも根底にある。その部分に入ったからには少しでも「綺麗」にしたい。政治を書くのは「ブログ」で叫んで行きたい。「どうだろう?」とみんなで考え、問いかけて行きたい。
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