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ARCHIVE - 2010年07月

2010
07/31

自分さえ良ければ


私もそうなのかも知れないが「自分さえ良ければ!」的な風潮が、今の人間の意識の増幅を伺える。自分は後何年生きられるかを考えながら考えると、贅沢・金には余り執着が無くなってきている。ただ昔の先人たちの「心意気」や「思いやり精神」の復活を願っている。それにより「我が町」の安定、「共動精神」が復興となる。
 その一番がここにある。「朝の市場で銀鱗が踊っている」だ!父親が私の作品として作ってくれた「詩」である。旧市場の活気を思い出す。当時は小さいながらも市場いっぱいに、魚や仲買さんが埋めつくして事を記憶している。そこには「屈託の無い笑顔と笑い声」があった。たまに新市場に出掛けるが、部外を近づけない雰囲気を感じる。「地場に上がる魚を町民が見つめる」、こんな風景が毎日のようにあり、親子づれが子供に魚の名前を教える・魚に子供が触れる。自然と社会との体験接触で、子供は何かを学ぶ、こんな時代が懐かしい。魚種も少なく、同じような魚が見うけられる今、見向きもされない「魚種」にチャンスがあると思う。
 函館の市場の前が宿泊のホテルだった。「市場がある行って見たい」の衝動に駆られ出掛けた。さすがに28万人の都市の市場、活気が違っていた。日本海側の色々な魚貝があり、仲買人さんの数も多く、電気の明かりが市場の遠くまで続き、市場の大きさがわかる。私は思う「我が町」が最初にやるべきは、更なる市場の活気と活性化です。「何か改善と方法がある?」気がしてならない。まだまだ南三陸町や南三陸沖の海産物の豊富さがあり発展の可能性を多分に秘めている。「野心」も必要だが、「我が町」の為に「自分」の為に頑張りたい、仲間同士の繋がりだけでない、広い視野での「町民交流精神」を持ち得た、漁業若者の出現を望んでいる。
 
 経済の不況が更なる「不幸」を生んでいる。高齢化社会の中で「高齢者の働く場」と「年金での生活苦からの埋め合わせ」のために、シルバー人材が町民の為に活動している。仕事内容では既存の職種への影響もないとは言えない。そんな状況で経営者には諸々の精神重圧がある。後継者に育成もあるが、75歳過ぎても私は大丈夫と、「昔かたぎの経営者」は頑張る。私も80歳を過ぎた頃に、会社経営の全責任を父親から任され8年が経つ、今思うと「おやじを引退させて良かった」と思う。こんな世の中の流れの速い時代での、高齢者の経営責任の重圧は大変な事と感じる。まだ50代なら精神的なストレス・疲労には耐えうる。こうした事からも町の現社長には「ゆとりのある引退」を願い、後継者の若いうちの苦労を経験させて欲しい。

 スイスの列車脱線事故は運転手の速度過剰によるものと、事故が究明報告された。直ぐの事故処理開通の運転開始への問題もあったが、会社での原因結果は出ていたのかもしれない。30キロの所を「56キロ走行」と言っていた、運転手の聞き取りはこれからで、原因の究明は必須である。東京都一の男性高齢者が30年前に死んでいた事件は、家庭の状況にも原因がある気がする、80歳近くの娘夫婦、そして50歳代の孫2人、厳格が父親が絶対入るなと行ったとしても、何も飲み食べずの部屋への閉じこもりの結果は見えていた。各種高齢者・遺族の国の年金支給の生活支援を、子供・孫が当てにする時代体質が今の家庭にある。自給自足は食べ物に限らず、若者は自分の生活費は自分が働いて作る。親も子を甘やかさない、昔の家庭・家族の形への復活で、国の抱える数々の問題が解決できる気がする。

 明日は仲間たちと「夜釣り」で納涼のビールを飲もうと思う。海上でも帰りは運転、「飲酒運転」になる、大漁と安着祝いで冷たいビールを飲もうと思う。今日・明日は「執筆」で昼間は終わりそうだ!
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