ARCHIVE - 2010年07月

2010
07/31

自分さえ良ければ


私もそうなのかも知れないが「自分さえ良ければ!」的な風潮が、今の人間の意識の増幅を伺える。自分は後何年生きられるかを考えながら考えると、贅沢・金には余り執着が無くなってきている。ただ昔の先人たちの「心意気」や「思いやり精神」の復活を願っている。それにより「我が町」の安定、「共動精神」が復興となる。
 その一番がここにある。「朝の市場で銀鱗が踊っている」だ!父親が私の作品として作ってくれた「詩」である。旧市場の活気を思い出す。当時は小さいながらも市場いっぱいに、魚や仲買さんが埋めつくして事を記憶している。そこには「屈託の無い笑顔と笑い声」があった。たまに新市場に出掛けるが、部外を近づけない雰囲気を感じる。「地場に上がる魚を町民が見つめる」、こんな風景が毎日のようにあり、親子づれが子供に魚の名前を教える・魚に子供が触れる。自然と社会との体験接触で、子供は何かを学ぶ、こんな時代が懐かしい。魚種も少なく、同じような魚が見うけられる今、見向きもされない「魚種」にチャンスがあると思う。
 函館の市場の前が宿泊のホテルだった。「市場がある行って見たい」の衝動に駆られ出掛けた。さすがに28万人の都市の市場、活気が違っていた。日本海側の色々な魚貝があり、仲買人さんの数も多く、電気の明かりが市場の遠くまで続き、市場の大きさがわかる。私は思う「我が町」が最初にやるべきは、更なる市場の活気と活性化です。「何か改善と方法がある?」気がしてならない。まだまだ南三陸町や南三陸沖の海産物の豊富さがあり発展の可能性を多分に秘めている。「野心」も必要だが、「我が町」の為に「自分」の為に頑張りたい、仲間同士の繋がりだけでない、広い視野での「町民交流精神」を持ち得た、漁業若者の出現を望んでいる。
 
 経済の不況が更なる「不幸」を生んでいる。高齢化社会の中で「高齢者の働く場」と「年金での生活苦からの埋め合わせ」のために、シルバー人材が町民の為に活動している。仕事内容では既存の職種への影響もないとは言えない。そんな状況で経営者には諸々の精神重圧がある。後継者に育成もあるが、75歳過ぎても私は大丈夫と、「昔かたぎの経営者」は頑張る。私も80歳を過ぎた頃に、会社経営の全責任を父親から任され8年が経つ、今思うと「おやじを引退させて良かった」と思う。こんな世の中の流れの速い時代での、高齢者の経営責任の重圧は大変な事と感じる。まだ50代なら精神的なストレス・疲労には耐えうる。こうした事からも町の現社長には「ゆとりのある引退」を願い、後継者の若いうちの苦労を経験させて欲しい。

 スイスの列車脱線事故は運転手の速度過剰によるものと、事故が究明報告された。直ぐの事故処理開通の運転開始への問題もあったが、会社での原因結果は出ていたのかもしれない。30キロの所を「56キロ走行」と言っていた、運転手の聞き取りはこれからで、原因の究明は必須である。東京都一の男性高齢者が30年前に死んでいた事件は、家庭の状況にも原因がある気がする、80歳近くの娘夫婦、そして50歳代の孫2人、厳格が父親が絶対入るなと行ったとしても、何も飲み食べずの部屋への閉じこもりの結果は見えていた。各種高齢者・遺族の国の年金支給の生活支援を、子供・孫が当てにする時代体質が今の家庭にある。自給自足は食べ物に限らず、若者は自分の生活費は自分が働いて作る。親も子を甘やかさない、昔の家庭・家族の形への復活で、国の抱える数々の問題が解決できる気がする。

 明日は仲間たちと「夜釣り」で納涼のビールを飲もうと思う。海上でも帰りは運転、「飲酒運転」になる、大漁と安着祝いで冷たいビールを飲もうと思う。今日・明日は「執筆」で昼間は終わりそうだ!
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2010
07/30

視察に学ぶ


昨日の葬儀での本浜地区の華々しき時代を造ってきた、「根本さん」の突然の死に、一つの時代の終わりを告げたような気がした。77歳のまだ若すぎる「お別れの式」となった。「親はいつまでも元気ではない!」事を、私の弟と同じ「家督さん」は実感している事だろう。「孝行したい時に親はなし」と言うことわざ通りに、その時は必ずやってくる。
 一昨日母親が「胃カメラ」の検査だった。セントケアの社員が前のクリップが・・・と話してきた。「何?」と聞いた。そう言えば昨年「胃のポリープ」を取った事を思いだした。年と共に物別れが酷くなった。取りあえず何も異常は無かったらしく、身体の強い母を尊敬する。88歳日本の平均寿命を超えた、食事の質素さと家庭での「生活ストレス」を、両親の互いの会話で発散している事がイイのだろう。

 東京都の最高齢者が「白骨化」で発見された。長い間行政の確認無しに、「遺族年金」「高齢祝い」が送られ続け、娘夫婦が受け取っていた。53歳になる孫の通報で、この死亡が確認された。32年前に「即身成仏」になると部屋に閉じこもったと言う。食事もとらず30年以上も、娘夫婦と二人の孫の4人の暮らし、死亡を知っていて祝い金・年金を受け取り、950万円のうち600万円を引き出していた。死亡を知っていての「詐取」だろうか?。しかし、親の生死の確認は怖く、そのままにして「生きている」と自分に言い聞かせてい気がする。行政の確認を「会いたく無い」と父が拒否している言い、支給金を生活費にしていたのだろう。二人の孫が家にいる事が不思議である。結婚は?

 民主党全員総会が開催された。菅首相の余りの唐突すぎる「消費税発言」が総てだった。何でこうなることの予想もしない、先見の目に欠けるトップの、危機管理の甘さに政権与党の「おごり」を感じる。これで又「消費税議論」は、選挙で封印されない事を祈るしかない。超高齢化時代への財源の確保は消費税の道しかなく、中小企業の安定経営の復活なしには、ここに国民の大多数が依存している日本、大企業以下の底辺の企業の景気回復なしには、この議論は難しい。だがグローバル社会・デフレ社会となり、家庭の安ければイイ・緊縮生活の現状では、消費税の増税・高齢化社会の克服など、今直面している問題への打開は到底無理だと思う。
 今回の参院選での与野党逆転の構図は、参院議長は民主・議会運営委員長は野党の「捻れを生み」、活発な議論が展開される。国民にとっては政策の論戦は良いが、景気・生活安定への政策の「遅延」が心配となる。国民の近々の生活に目を向けた、政府の対策に期待するしかない。しかし、国民の政治への期待感は年々薄れていっている。「我が町」はこの構図にはない!

 町議会で産業建設常任委員会で視察に出掛けた「高知県馬路村」が、大雨による崖崩れと報道されていた。全国一円に今年の気圧配置の影響が出ている。昨日今日と一時的だが、涼しい夜に「ホッ」としている。東京では猛暑日が16日間も続いた。今日までの過ごしやすい日で、週末は猛暑が復活し、多くの海水浴客が「我が町」を訪れることでしょう!

 今日も気仙沼に葬儀で出掛けます。町内での不幸も続いている気がするが、連鎖しないことを願うばかりです。

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2010
07/29

夏休みの想い出に


ぜひ子供達には「想い出多き夏休み」にしてもらいたい!ご両親の多忙もあるが、将来を考えると「幼き夏の日」は、良き想い出として一生心に残る。こないだの「荒嶋神社宵宮祭」には、浴衣姿の子供たちの見学と元気な姿、おとうさん・おかあさんとの、ほのぼのとした時間を一緒に過ごす、夏の夜となった。昔が当たり前にあった光景・事が、なかなか出来ないのが現代です。

 昨夜は歌津地区での「夜祭り」が開催されました。平日ながら地域から「活性化の発信」として、商店主が頑張っている。私も誘いを受けたが昨夜は、「焼香」に行ってきた。52歳の息子さんの今後の多難に、同じ家督としての厳しさを痛感する。地域も同じ同年代近くと、一緒に活動したい、自分の「スキル」を高める事が先決と、自分に言い聞かせている。

 平均寿命が発表され、女性が86.44歳と世界一位を独走している。男性は79.59歳で世界五位だという。「生きている事も苦しい!」と私は長生きに「マイナス」イメージを持っている。88歳の両親を持ち3人暮らしだ、父の介護の姿、母は認知で自分を知らない分幸せなのかも知れない。二人がいつも一緒でいる事が幸せと思う。最後までなるがままに二人を見守って行きたい。高齢者の死亡原因は「合併症」による、肺炎・心臓病だという、普段からこうした情報を意識しながら、三人での家庭をしている。

 山本真純さん34歳日テレアナウンサーが飛び降り自殺?「育児ノイローゼ」だという。仙台市の母親のマンションからの「自死」だった。子供の出産は女性の幸せで、女性が「母親」になり強くなれるものと思っていた。その裏ではホルモンの異変による、精神面の不安から、育てていく自信がなくなる・明るい未来がないなど「産後ウツ」に陥るケースもあるという。2人目の出産での事故?だった。男性の一人者には理解しかねる事件です。
 昨日も突然のもう一つの事件があった。40歳男性の水死があった、警察の検死では「心筋梗塞・自死」だった。「じし」での変換で「自死」とは出てこない、最近生まれた言葉なのだろう?!現時代が生んだ「精神疾患」ながら、やはり「ウツ」と聞く。いつどうしたキッカケ・条件でなるのか、なんとなく不安・涙もろくなど、誰しもが陥る「病気」です。私のような「楽天的」「適当」な人間には成りにくいと言うが、それとて言い切れない。周囲に「黙って話を聞くだけで」の仲間がいる事で、回避・防止できる「一時的なこころの病」です。

 1歳から4歳の死亡率が先進国の中で「日本」は多い、人口減少と言いながら、政府の小児科医療体制の不備への対策が無いと言う。小児科医が不足・激務があり、重傷の子を診れない・日本の医療体制があるという。20年も続く1歳から4歳の死亡率の高さは異常を感じる。子供の虐待も44000人と26%が赤ちゃんにだと言う。政府の医療政策の不備が作り出したとも言える。

 「火事ダー!」、火災発生時に一番初めにする事がこれです。火の元確認・逃げる・救助より最初です。「人に伝える事」の大切さがこんな所にもあった! ウソはいけない。
 

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2010
07/28

町のご意見番の死


「間違っている事」はそれは違うぞ!と意見する「ご意見番」さんが又ひとり突然、町から姿を消す事となった。契約講の重鎮的存在で、80歳近くなりながら現役で頑張っていたのに、残念で成らない。世の中の「我が町」の風潮は「長いものには巻かれろ」的、人間が多く蔓延る時代となりつつある。ご冥福を祈り、小さい力ながら私も、先輩の意思を継ぎ今後もやっていこうと考えている。

 「引きこもりが70万人」と報道で発表された。男性65%で30代が多い、予備軍が155万人もいるという。これには女性が65%を占め30代に多く、「就職活動」によりの「引きこもり」になるらしい。その他にも病気・不登校などが上げられている。皆さんそんな人達を「我が町」で見かけませんか?聞きませんか?その苦しみは家族が一番知っています。他人がとやかく言うより、政府の支援・施策にこの解決がある気がする。しかし、この数字は微妙である。今まで23万人?ぐらいだったものが、突然この数字には「アンケートの質問」にある。家にいる時間が多い?これだけで「引きこもり」はない。そんな事より国・行政での「家族支援」が今必要だと思う。難しい面もあるが今手を付けないといけない。なぜなら日本の優秀な敏感な人材にこの病が多い!

 昨日は「南三陸町飲食店組合」の会長から、突然に今日「キラキラ丼の試食会」あるから来て下さいと連絡があった。テレビ局・報道・役場企画・産業振興課など、中華の常盤さんはごった返していた。弟4段「キラキラ丼」は9店舗が南三陸の味を「どんぶり」に込め南三陸町をアピールする。食材は「穴子」「鰹」が目を引いた、料理人のアイデア一杯に、南三陸の観光客の誘致に一役かっている。佐藤印刷のスタッフ・撮影機材?の重装備には驚く、やはり町一番・地域の先頭を切る、南三陸町長の会社である。まったくー!

 昨日も茨城県・群馬県に、異常気象が発生した。「竜巻」「スコール」と言っていたが、こんな用語は日本にはなく、やはり地球的異変がここにある。仙台の局地的ゲリラ豪雨も、人災的要素も感じられる。駅前・地下鉄開発でのコンクリート社会がある。10分で27ミリの豪雨だが、「我が町」なら何の被害もないだろう。冠水の原因の発表では「雨水マス」にコミがたまり、これが溢れた事も一つの要因で、排水溝の能力を超える雨が一揆に降った為と分析された。想定が予想を超える時代の気象となった。

 まだまだ今日は一杯書くことがあるが、この辺で止めておこう。私は「力の弱い人達」の応援団に徹しようと、今後思っている。更なる「圧力」を予想している。これしか俺の生きる道はない!

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2010
07/27

子供と海


「我が町のトビウオ達」が胸をドキトギしながら自分の出番を待っている。22日に開催された「南三陸町水泳記録会」の風景です。時代が変わり海での「水泳ぎ」から「プール」へと水泳の形も変化している。海で泳げない・海が怖い・塩水がいやだ、こんな小中学生が増えているという話しを聞く。
 南三陸町は「海の町」です。歌にもある「我は海の子白波の騒ぐ磯辺の松原に・・・」がピッタリあてはまる「我が町」と、今でも私は思っている。生涯学習は自分の生まれた・住んでる町を知ることから始まる。これを思うと海と共に生きる・生きていく事の、子供達の気持ちの希薄さが、「我が町」への愛着の低下を感じる。

 昨日は30℃近くあったものの、なんか涼しい気さえしたのは私だけでは無いと思う。それぐらい今年は全国的に暑い、「猛暑日」が連日続き記録づくめとなっている。熱中症も100人近くが今年亡くなっている。今週金曜日に「剣道の練習」があるが、10年前は戸倉の子供たちを強い剣士にしたいと、スパルタ式の指導をしたことを思い出す。その当時の子供の「具合が悪い」は熱中症?の前兆だったのではと今思う。体温の温度調節が出来なくなる事がそうらしいが、汗がでるものの休めば治る的発想しか知識がなかった。とにかく涼しい所に横にならせる事を最初にした。今の子供達の生活の過酷さも原因にある、クラブ・水泳・ピアノ・塾など、余りに多いスケジュールが、疲労となり身体の疲れ・ストレスも原因にあり、現在はこの辺に気配りしている。無理をしない事と身体状況を言葉で伝える事で、早期に対処が出来る。気を抜くことができない今の子供たちへのスポーツ指導がある。私も今は「原点」に戻ろうと、剣道は勝つことより楽しむ事に視点を置いて子供達と接している。

 テレビのニュースで、仙台で局地的な豪雨!と放映・放送していた。夕方のこんな時間に「高校決勝」?と不思議に思った。それはこの豪雨によるものとこのニュースで知った。仙台の市街地に地下に溢れる雨水、ゲリラ豪雨がここにはある。他地区の事とは割り切れない今の「地球規模」の天候異変が続いている。

 危機管理の面から「我が町」を今回見つめる事ができた。津波・地震が町の最大の災害予防と町は判断している。しかし、昨日仙台で局地的なゲリラ豪雨が襲った、同じように戸倉地区の昨年の局地的豪雨がある。「我が町」には豪雨を排出する海・河川のある事が水没を防ぎ・軽減してくれる。折立地区の冠水は排出の機能が追いつかない事が原因のかと思う。今後は想定以上の災害への準備を今からして置く事が必要だ。戸倉地区の状況は当事者でしか知り得ない恐怖の災害だった。同じ事を繰り替えさないことに、全力で行政は防災あたる責任を有している。

 生活面の総ての「危機感体制の構築」が行政の使命です!

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2010
07/26

こんな時間まで


今日の自分の予定が大幅に狂った一日となった。総て自分の会社・社員そして自己の危機管理を甘さがこの原因をつくってしまった。前回の学習の無さに「ガッカリさせられた!」。
 あの時のあの苦しみの結果と反省をどのように感じたのだろう。一人の従業員の試験採用の現実をどのように、現社員は受け止めたのだろう。学習して改善するのが「人間」と思うが、まだ1ヶ月半しか経っていない。「のど元過ぎれば熱さを忘れた?」のかな。自分の勝手での今の会社の現状、今後が思いやられる。
 五日町「夢プラザ」で宮川クリーニングの店主と同級生仲間による、「懐かしの昭和展」がこの土日の二日開催された。写真の居間の風景は私の幼少の時代そのものだった。遊び道具は「ぱった」「ビー玉」「組み立て飛行機」など、懐かしさがそのにはいっぱいあった。宮川さんと仲間は私より10歳は上で、戦争終戦時の皆さん、昔の使った事のないお金や土蔵に眠っていた戦時品など、昭和10年から25年代の物と感じた。古き物に親しむ事・そして忘れてはいけない時代がそこにある。夏休みに入り子ども達の「社会勉強」の場でもあったが、この2日間で終わりだと言う。早めの告知により多くの人が集まったと思うが、展示会をもったいないと話したら、「また展示会するから!」と嬉しい言葉を貰った。是非今度はお手伝いをさせて欲しい。

 地元調査報告のまとめにこの時間まで係った。色々の事情がこの時間となった、自分の文才の無さを友人の母に嘆いたら、「これからなんだからがんばらい」と温かい言葉を貰った。お母さんを慰めようとの会話が、返って私に勇気をくれる、今度一緒に「温泉」にでも行きましょうと、御礼のお誘いをしたが何時になるかはさだかではない。

 今もそうだが私の3階はエアコンも無く、昨夜は30℃を超え寝苦しさから、寝不足である。遅い昼ご飯からか眠気がどっと、昼寝したせいで夜9時に眠れなく、原稿のパソコン打ちがこの時間となった。明日も広報委員会があり、所管調査報告も半分仕上げる事ができたのも、この一日の「諸々」があったせいと、感謝かな?

 ブログも0時30分に仕上げたので、明日は早起きはしなくていい。こんな日は一年を通してもないだろう。自分の生きざまは何処かやっぱり変わっている。

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2010
07/25

活動と効果


昨夜は漁業・海上安全の守り神でもある「荒嶋」の、荒嶋神社「宵宮祭」が新漁港で開催されました。私が3日間「我が町」から離れるという事で、支援している「マイタウン情報」を、21日から24日御前中に配布した。「荒嶋神社の夜神楽奉納」が24日午後6時30分からの開催を、町民の皆さまに伝えたいとの気持ちが届いたような、会場の多くの皆さんの集まった姿と感じた。
 昨年は長雨と冷夏により、サンオーレ海岸も例年の半分となった。「荒嶋神社祭典」もその町民の皆さまの集まりの、余りにもの少なさに「伝統・文化」の継続に不安を思った。そして今年の130名を超える、来場の町民の姿に驚いた事に繋がる。いや150人かその以上?その数の把握は難しい、車は会場の市場が広く、降りると直ぐに見られる事や、今年の猛暑による「夕涼み」も兼ねてか、家族連れが目立ち高齢者の方の姿もありました。準備された場所には座りきれず、取り巻く形で「神楽」を見つめるという、こんな風景がこの場所にはありました。また、会場にはカメラマンが多く、観客の皆さんへの見る事のご迷惑もあった事と思った。私もその一人でご迷惑の面はこの場を借りてお詫びしたい。邪魔のない「空気」・「自然」に溶け込み、取材写真と思っては居るが「良き映像」で、町民の皆さんに情報を伝えたいと言う気持ちが、余り前へ出すぎると失礼となる事がある。お許し頂きたい。
 皆さんの行動の活気が町の力となる!と私は信じていて、昨夜の地域の賑わいが町を元気づける。私の「情報紙」の効果もまんざらでも?と自画自賛している。今日は「例大祭」が行われ、今年の大漁やサンオーレ海水浴場を含めた町の安全祈願をする。たまには子どもを連れて「荒嶋」の頂上にある神社に、今日開催の「例大祭」を見せる事も、この夏の「想い出」となる気がしますが、いかがでしょうか。家に閉じこもり勉強・遊ぶのも良いですが、暑い太陽の下で「汗する」のもイイですよ。

 今NHKで「99歳の詩人」を紹介していた。身の回りで起こったこと、思った事をありのままに詩にするのだという。「99歳の私も雲にも乗りたいし・したいことや夢がある」・「誰かに優しさを貰ったら貯金しておきなさい、今度は自分が優しさを与えて上げてください、年金よりもいいわよ!」などだった。素晴らしい生きざまに感動した。5分10分の映像に99歳の「柴田さん」より力を貰った。何気ない日常生活の日記が「詩」となった、始めたのは7年前だという。何かをする事が自分の生きる支えとなり、人の為になるという。出版して半年?1千人以上の方から「葉書」を貰ったという、一人暮らしの高齢者が多い物の、人生の不安・いきずまりから、苦しんでいる人達への助ける役目をしている。彼女の99歳のパワーの凄さにあ然とさせられる。

 今日も暑くなりそうだ、昨日の熱中症の死亡は12人で、7月での「熱中症救急搬送」は昨年の2倍だという。海外旅行の楽しみが悲劇となった。スイスの安全な国での列車横転で、1人の死亡と26名?の怪我、その一人は意識不明の状態という。日本人77名の乗車の事故だった。

 私も電車・飛行機・車と事故は何時起こるか判らないと思っている、「心の準備」をしているし、これが人生と言い聞かせている。

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2010
07/24

奥尻島の壊滅から


奥尻島滞在のホテルが島の形状をよく現している(写真)。海に切り立つ海岸線の山、海岸には奇岩がゴツゴツしている。その岩はマグマが冷え固まり、日本海の荒波で削られ今この形となっている。日に日に変わる岩と風景は日本海が初めての私にはテレビで見るより迫力を感じた。海岸線の石は荒波に揉まれ丸く姿を変えていた。ホテルの観光客の無さに「人口減少」の訳を知った。
 茶色の鉄分を含んだ塩泉は、岩風呂にその成分が付着し、独特の温泉と化していた。露天風呂にて近所の漁師さんと話す事ができた。この時期は「ウニ」「アワビ」の漁期と話す、しかしながら日本海の荒波、なかなか思うような天候にしてくれないという。当分はこの荒れで漁には出れないと言い、また、行き帰りの1本しかない飛行機も、夕方にかけての濃霧で翌朝の欠航の可能性もある。ような事もきいた。この地方の濃霧は漁師を危険にしているという。突然の濃霧による「行方不明」となると、総出で捜査に当たる、漁どころでないので無理はしない。漁価の低迷に苦しんでいるとの話は、北海道の有名な「ホッケ」を上げて説明してくれた。安い時で「200円」ですと言う。「1本?」と聞くと一箱です。この話には驚きしかない。前日の朝「函館市場」に出掛けてみた、日本海のあらゆる魚貝の水揚げは想像したより、漁種の多さと以外と「カニ」の姿がない事だった、この時期は漁期でないとはしても、北海道と言えば「カニ」と思う。話は反れたがホッケは1箱に10尾前後、大きさにより「木箱」に入っていた。漁師さんの言っていたのは1尾とすると「2000円」だと思った。それは違っていた「一箱!」がその価格と言う。札幌だと「1尾200円以上」がこの価格での取り引きされるらしい、漁が少なかったら近所に配るんですという。「奥尻島」という離島からのトラツク輸送・フェリー運賃をプラスすると、奥尻の魚貝はそうなるのだろう。厳しい漁民の生活がここにもあった。
 奥尻には「養殖」のイカダ・浮きが一つも見うけられない。この地方は、ホヤ・ホタテなどは「天然」が普通で、養殖は基本的にはないと言う。天然ほやの殻付きは「500円」だが、肉厚で本土の物とは違うと言う。ホタテは貝柱がなぜかここのものは小さいと言っていた。今年は「真マス」が結構上がり、この時期まで獲れ価格も良く、これは自慢だと話していた。
 「アワビの種苗場」の見学は物凄い、7万個?で4㎝まで育て後は養殖のイカダで育てる、エサはコンブなどがあるが、アワビ用のエサがあった。人口の物で初めて見る事が出来た。昔は7.5㎝で市場へだと言うが、現在は6.5㎝で流通している。しかしながら育成コストが以外と係り価格も天然のものと同じだという。前日の昼食にはアワビが出て「トコブシ」ですかと聞いた?がアワビです。このお膳には養殖と天然ものの二種類が出た。さすが天然は肉厚で味が違った。最大の被害となった「青苗地区」の食堂での事だった。ウニ・アワビの生産と、観光が主体産業となっている。
 
 北海道の報道番組で、教育者の生徒への淫らな行為で逮捕・バス運転手料金を詐取など、「モラル」の氾濫のある事に驚く、立場と自分の仕事への取り組みの厳粛さに、全国的な欠ける行為の発生を見た。

 先ずは「己から」と言い聞かせたい!

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2010
07/23

津波の爪痕


7月21日から23日までの「防災からの復興」への視察調査に、奥尻島の「北海道西南沖地震」の津波・地震から復活の姿を見てきた。「我が町」とは違う津波からの「町・島民を守る姿」と「死者不明198人の犠牲を忘れない」、町の町民の取り組みの姿を実感してきました。
 想像を絶する津波の勢いと、その予想も付かぬ波の力に、人間は為す術なく。津波と火災で島民は総てを失い。新たな復興と供養への取り組みの姿に町がありまた。
 私の言葉では説明することすら難しく、写真の「地震・津波・奥尻の資料館」の一枚の絵が、総てであるような衝撃と恐怖が現されていた。「我が町」のチリ地震津波50周年を迎えたこの年に、自分が奥尻の大災害の復興への姿視察は偶然なのか? 導かれた気にさえなる。白黒の写真でのチリ津波と、父親から語られる生々しい姿はあるものの、白黒の災害風景が過去のものと成りつつあるなかで、奥尻の資料館の入り口のカラーの「この絵」は、忘れていた奥尻の大津波・地震火災をこの間のように思い出させる。

 21日の朝5時45分に出発、23日の夜8時までの3日間の視察研修は、自分の「災害への意識」を再び蘇させるものとなった!
国・道・島民が一つになり島が復旧した、「蘇る奥尻島」がここにありました。1日係りの島着でさすがに遠い。

 しかし、島の人口減少や漁業の低迷など、どこか「我が町」と似ていると感じ帰ってきました。半世紀を過ぎた過去の大災害からの復興の姿を、「奥尻島」を通し伝え防災意識の向上に、寄与していく気持ちが深まった今夜です。

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2010
07/21

地域からの賑わい


私の暮らす「本浜地区」はメインと事業所は、「宮城県漁協志津川支所」があります。華やかな時代には東華丸・天洋丸といった、大漁業事務所を二つ有する地区で、多くの地区民が活気に包まれていた時代が懐かしい。
 現在は地区世帯数も100を割り、高齢者世帯が目立ち、世帯主の逝去に伴いこの地を去って、空き家・更地が目立つようになった。そんな中でも以外と子ども達の多さと「元気な声」を聞く、こないだも「我が町」の地区PTAの小学校バレー大会で「本浜地区」が優勝した、と学校の会報に掲載されていた。
 また、昨日の地区内の「上棟式」には、地区内外から「餅拾い」に多くの人達が、平日午後3時にも係わらず集まった。本浜地区の新築は昨年暮れから6ヶ月間で、3軒が新築の建設があり、2軒が今建設の途中にある。増築などの家もあり、町内では活気を見せている地区の一つでもある。
 昨日の「上棟式」の餅のまく量の多さに又驚かされた! 先月の仲間の建前の時も凄かったが、今回の餅のまき方も半端なかった気がする。漁師・漁業家の地域の「心意気」がここにある気がする。
 こうした「地域からの活性化の波」が、南三陸町を造っていく。一分の会社・人達だけの発展では、町全体の発展には繋がらない、会社と住民の一体と、強者と弱者が共に「手を携える」姿こそが、「我が町」に必要です。子供達の教育・環境の整備があり、行政の支援のもと親たちの「町を愛する」気持ちの意識復活が必要と思う。町の発展は先ず地域から!

 朝2時30分に目が覚め、眠れずテレビを見ていた。「念仏じょんがら」と書いた布を掲げ、三味線じょんがらの曲と共に、独特の踊りのパホーマンスに目を奪われた。北国独特の荒海の三味線の荒々しいメロディーに乗り、自分独特の「パーホーマンス」で身体の限り、縛り出す声の限りに踊る、その取り巻く観客へのアピール、その力強さに一揆に目が覚めた。年の頃は70歳前後でパフォーマンスを初め50年になると言う。「ふんどし」一枚で踊る路上でのパフォーマンス、87回も警察に捕まったと言う。現在は世界で自分の芸術としての踊りが認められているが、前身で踊るスタイルで歯も抜け、身体もボロボロだという。しかし、その人気は益々募り涙して彼の踊りを見つめる。「大道芸人」としての初心を貫いている。観客の共に踊り自分を主張する、主催・依頼もあるのだろうが、「観客からの施し」が主体と思う。彼の元へは支援者からの手紙・カンパが絶えない、それへの御礼の葉書も書かすことをしない。
 天空まで続く路上ライブパフォーマンスが自分の原点と話す、初めての「大道芸人」としてのスタートは渋谷?の路上だったという。2人の中学生が自分の芸を見つめ、最後に「50万玉1個」を手渡されたという。この気持ちを今でも持ちつづけ、身体・声いっぱいに今後も「大道芸」という原点を続けていくと話、そして都会の喧騒に彼は消えていった。スタイルは格好良くないが素敵な生き方に感動した。

 人は格好じゃなく、姿勢が大切でそれが自然と人々に通じる事を、知らされた「ドュキュメント」でした。
 そろそろ出掛ける準備をしないと!

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2010
07/20

町民の生活の姿


リアス・クリン作戦の時の「袖浜地区」の皆さんが、清掃の活動を終えいつものこの場所へ集まっている光景です。前にもカメラを持って撮影しようとしたら、「顔は撮らないで!」と隠された。皆さんの活動の状況を町民に伝える事をしたいと思ってるが、顔を入れる事に拘りはない。「我が町」の海の恵みでの自然との共存がここにはある。
 この場所は40年も昔になるが、「袖浜海水浴場」があった。子どもの頃は「浮きイカダ」まで、自力の泳ぎ辿り着くことが、袖浜に行く泳ぐ事の目的だった事を思い出す。自然は常に違っている、子どもの力を試すかのごとく、波を荒くし岸から遠くし、子供達の力を強くしていく。誰に教えられるという事もなく、普通にこの繰り返しが「袖浜海水浴場」にはあった。遠い昔の事で「強くたくましい精神の育成」の原点がここにはある。
 
 今日の出来事で、「大韓航空機爆発」の犯人として「死刑」が確定していた。金賢姫が日本の「拉致被害者」との面会という事で来日する。恩赦を受けた彼女だが、拉致の実態の少しでもと、消息と解明になればとの、一分の望みを描いての来日となる。このチャーター機に数千万円の経費・税金が使われる。シビアな問題で個人的には「双方」の思案を指示したい。また、スペースシャトルに長期滞在した「野口飛行士」が今日来日となり「日本へも帰還」する。ふたつの「来日」が今日のトップの出来事として紹介された。

 岐阜県可児市の「ゲリラ豪雨」は、一日で231ミリの降雨を記録した。1ヶ月に降る雨が一日で降ったという。河川敷の大型トラックが20台も木の葉のごとく流され、乗用車など全部で50台が、川の一揆の増水で飲み込まれた。3人が車と共に流され1人が発見2人がまだ不明となっている。一台1500万円もする大型トラックの被害も、運送会社の被害額も一経営者として、今後の経営を考えるとこの対策にどう向き合うか懸念する。ちなみに可児市河川敷きの水位は3.5メートルまで上昇した。
 「我が町」の最大の川は「八幡川」です。台風・低気圧の発生での川の水位が、ことある事に心配でならない。こないだも後30㎝で堤防を越える位、水かさの増加に危機感を持った。地球温暖化の情況下で海面の水位の上昇を常に思うが、消防署の方の話だと差ほど大差は無いという。昨年の水戸辺・折立地区の双方の川の氾濫は、横山の「ふぼう山」へのゲリラ豪雨によるものだった。今後の異常気象により八幡川の氾濫が、大心配の種となっている。この川が氾濫したら町内の町中心部は水没する。会社の機械とて電気配線なので、総てが使えなくなる。こんな心配の中に町は今ある、天災として片づけられなく、こうなったときは「町の存続の危機」となる事は間違いない。チリ地震津波での壊滅的は被害からの復活はあった物の、今の町民にはそんな元気も余力もないだろう。皆さん危機管理の面を考えていますか、地震・津波よりも近々に発生の確率は低くない気がしてならない。

 今日は「広報委員会」がある。資料の原稿は何とか纏める事ができた、この2日間の連休は貴重な日となった。21日からの北海道の奥尻島の視察研修は「防災」についてで、復興を遂げた町への視察、「我が町」にない姿がこの町には多く見うけられる。視察報告書の責任もあり緊張の3日間となります。ブログは22日の中日だけ休みたいと思っている。 今日も忙しい、準備も未だだ!
 

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2010
07/19

人と自然を満喫


昨日の私の町内での「人と自然探訪記」の一日でした。4時に起床しての朝焼けに感動し、サンオーレの夜明けをグログで紹介、ここから昨日の一日が始まった。

 6時からの2時間の「南三陸町リアスクリン大作戦2010」では、全域で町民による町の清掃が行われた。自分の地区「旧市場」は津波から町を守る防潮堤に植えられた、花壇とその周辺の清掃に地区民が沢山出ていた。ここから、松原公園と病院周辺の清掃に、45号線の道路沿いもポツリポツリであるが町民の姿があり、新井田川の水道事業所わきの河川敷上流には、天王前・天王山・十日町の皆さんが、夏の太陽に大きく成長した雑草の刈り取りを見た。そこから大森地区は範囲も広く、農協前から新漁港の旭が浦の夏まつりイベント会場までを、地区民総出といった感じで清掃を行っていた。そこから、袖浜地区に向かうと、袖浜漁港周辺には地区漁民と漁協職員が、トラックに清掃したゴミ・草を集めていた。その数の集合の多さは一番と感じた。ここから、ベンサイドアリーナへ向かうと体育館へ向かう沼田新団地の前の道沿いを、二人の高齢の方が草刈り機で、斜面を追おう雑草を刈っていた。7時を過ぎ気温も上昇し暑い中での作業だった。ここから町中へ向かう、商工団地の花壇は綺麗に整頓され、45号線沿いは地区地区の方が家の前の雑草を摘んでいた。初めてのクリン作戦で海岸線の町を一周した。行政職員・地域民・漁協関係者職員などが、一体となり全町清掃活動にその「大きな力」に驚く。一人一人の集まりが町の力となり、団結清掃により「来客」を迎える。私も昨日は朝少しながらサンオーレでこの活動をした、小さな力の集まりが大きな成果となる。写真は一昨日の「海開き」を終えた昨日の「サンオーレ袖浜」の風景です。海岸線にはゴミもなく気持ちよく「我が町」の海と自然を満喫した事でしょう。

 昨日は原稿を纏める場所の部屋の気温は「30℃」近くとなり、扇風機を回しながらの執筆となった。議会広報紙の「町民の提言」と「議案審議」のまとめの作業には、3時間を要した。原稿まとめデータの打ち込みと、その合間のサンオーレの写真撮影で中抜けしたものの、夕方までかかった。原稿の確認と用事を1件、「一人頑張って生きてる友人の母親」から元気と勇気をもらった。何とか昼間の仕事をかたづけ「クリア」できた。

 次に突然の誘いだったが、自分の趣味の時間を楽しんだ。今年初めての「穴子釣り」に出掛けた。この日は33℃まで地域によっては気温が上昇した。その半面6時出船の志津川湾の海上の船の上は気持ち良かった。海は静かな「ベタ波」で、初挑戦の若者と船頭含め5人での釣りとなった。今年も一番は私に「きた!」、昨日の頑張りの御褒美なのだろうか?11時は林の漁港に帰還した。今年の初釣りは全員で「50本」を楽に超える大漁となった! 私は15本でした。仲間は驚く位の「くさギンポ」、初めて見た代物だった。アイナメの50㎝近くの胴回りと大きさだった。不思議な物で釣った彼はギンポを初めドンコ3匹など、外道を4本も吊り上げ、本命は少なく、他の人に「本命」だけという不思議な結果となった。海は本当に面白い!

 今日は今から「穴子を捌かないと!」、では先ずは報告まで。

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2010
07/18

南三陸の朝焼け


朝4時過ぎに窓からいつものごとく、天気を見る「雨はない」、空には夕焼けが綺麗に金赤色に染めていた。サンオーレ海岸の「でべそ島」の風景がきになり、着がえて海へ向かった。今は歌津の方向からの「日の出」だという事を知った。
 季節・月ごとに「サンオーレ海岸」の様子が変わる、自然は一日として同じ風景にない。その一瞬の「自分の感動」する風景に出会う事の喜びを幾度となく、南三陸町志津川から頂いている。引きこもる家から「勇気を出し一歩外へでよう!」、勇気への頑張りへの、日々の苦労にと御褒美を自然が、想像もしない「風景」を与えてくれる。

 今日は全町民に呼び掛けている「リアス・クリーン作戦2010」が6時から全町で開催される。一足先に「サンオーレ海岸」からゴミを拾ってきた。ペットボトル・ビニール・釣りの袋・かき氷のカップ・ハッポースチロールなどが、海岸のあちこちに落ちている。気になったのは流れ着いた「海藻」はゴミなのか?である。ながれ藻は「小魚の隠れ家」だとも聞く、また海岸から離れ海の為に活躍するのではと思った。海岸線の車のこの時間の往来は、行政車・漁民車なのか何時にない多さを感じた。

 朝のニュースで、「鳩山氏撤回!」と言う。総理辞任時の会見で政界からの引退を今期限りと言っていたのに、また「ブレ・ブレ」である。地元北海道の支持者の集まりで、「北方領土問題に取り組みたい」と発言、このコロコロと変わる国のトップの発言の言葉の軽さに、今回の民主惨敗があるのに、まだいくらも月日がたっていないのに、この時期の発言は地元支持者は喜ぶだろうが、国民は「いったい貴方の言葉の責任は」と言うだろう。
 私も「言葉の重さを痛感する事案」を、立場になりいくつも感じている。一生の人生の汚点に成りかねない事、生活を奪われたり・一新させられる事も発言にはある事を、経験し学んでいる。「おぼっちゃま」的な感覚が「鳩山家」にはある気がする。政治家も色々あるが。苦学・秘書で「政治家のたたき上げ」で登りつめた立場にこの二人はなく、それに比べると政治屋「小沢氏」は違っている。

 また、子供虐待で「女の子が死んだ!」、やはり母子家庭でった、決して「母子家庭」を悪く言うつもりはなく、私の知人でも多くが「りっぱに」子供を育て教育している。母子家庭の生活はこの経済不況の中で、弱者的なこうした環境の家庭に、生活苦・精神苦となり、考えられない行動にかき立てる。首にアザ・叩く・蹴る・・など、信じがたい行動は「洗濯機の中で稼働」したと言う。異常行動でしかない。行政・保育所・児童施設への連絡もあったが、家庭に入れない立場が「子供を守こと」をできなかった。厳しい選択だが「親と子を引き離す選択」もここにはあるし、今後こうした「悲しい選択」も必要と思う。誰のせいなのだろうこんな社会?

 「貝原浩鉛筆画展」が8月に南三陸町の「夢プラザ」で開催が予定されている。12日から16日までの「お盆」に予定している。芸術鑑賞を町民に子供達にと企画している。支援の輪を広げ成功させようと、関係者は呼び掛けている。

 今日はデスクワークだ!エアコンがない部屋での仕事は辛い、29度という気温に汗だくになそうである。

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2010
07/17

夏!


昨夜の「従業員慰労会」は、飲み過ぎました。「失礼!」の言葉を沢山従業員から貰いました。また、アルバイトの方に多忙時にお手伝いを貰っている、このメンバーにも声を掛け、「今後もよろしく!」とお願いした。付き添ってきたお母さんとの話は大変ためになり、考えが大いに類似していた事嬉しかった。2次会はひとり「仲間」を誘い、議論を交わし今後の方向性の確認となった。
 結婚支援事業は難しいが、多くの仲間を引き入れ、交流や勉強などを通して「女性の心を掴む・結婚まで行く訓練」が必要と思う。片手間に「婚活」や「来るのを待つ」なんて言う時間は、35歳過ぎての「独身者」には、結婚は遠い夢のように思えてしかたない。昨日の最後の店の主人は私の同級生で、結婚への積極性を持っていないように思ったが、昨夜は違っていた。「店休んでも参加する!」と、パートナーの相手の必要性を大事さを今、切実に感じ始めた現状がここにある。そうは言いつつ「日曜穴子釣りにいかない?」と誘い、自分の多忙は今ピークであるが、その誘いには少し弱い。もう一人常連仲間がいたが、もっと「婚活」を今しないと絶対後悔する!と言いたかったが、連れが来たので又の機会に説教?したい。

 昨夜の一個先輩の「田中前」での会は、しばらくぶりとあり少し「はしゃぎ」過ぎた。前沢牛の焼肉・サラダ・刺身盛・ホテト・手羽先だけだった気がする。この日は「田中前」さんもお客さんがいっぱいで、料理場がてんてこ舞いだったせいと思う。又の機会に友達を誘って行こう! 「田中前のお好み焼き」、食べる事は無かったがお土産に皆に持たせた、自分にもである。アルバイトの若い子は余りの私の言葉に、突然帰ってしまった。こういう会で「自分を磨く」ことができればと誘ったのだか、私の「言葉のきつさ」が、彼の心が許さなかったのだろう。この事が昨夜の自分の「大きな反省」の材料となった。

 二日酔いを押して9時30分からの「サンオーレ海開き」に出掛けた。この日は9時を回っても町内全域が「ガス」に覆われていた。荒澤神社の遠藤宮司さんの「安全祈願祭」には、関係者が30人サンオーレの砂浜に集まった。「海の家」も準備万端整い、今日のオープンを迎えた。しかし、このガスは頂けない。祈願祭の終了時にはサンオーレの「でべそ島」も見えるまでに、ガスが晴れてきて今日は良い海水浴日和になりそうだ。終末の連休は好天と気温も高い予想で、「海開き」には最高の時期となった。平成19年は昨年の倍の入り込み客があった。ここ2年間の冷夏は余りにも酷かった。天気が悪く来場が半分となり、海水浴客の減少に「海の家」は出店費用さえ出ない有様と聞いた。今年は西日本の豪雨被害がまだまだ続いているが、宮城県南三陸町の「我が町」は今後どうなるかはまだ判らない。以外とこの地方は大きな天気での災害は少ない、だが昨年の局地的「ゲリラ豪雨」もある、西日本への災害見舞いと、「我が町」が良い夏を迎えられる事を祈りたい。

 今日は書類・原稿の執筆に追われそうだ、無い頭での搾り出す言葉に苦労している。でも「一生懸命」さがきっと伝わると信じている。サンオーレの周回道路の清掃をしていたお母さんに、「千葉さん、家の姪っ子行ってるよね」と突然言われた。偶然にもその子の昨日は「歓迎会」でもあった。人との出逢いは不思議である。

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2010
07/16

削除


今年の「我が町」の夏祭りは8月の7・8日となりました。志津川湾の夏まつりは私の小さい頃は、荒島神社の大祭の7月24・25日の週末とは関係のない、平日でも「この日!」と決まっていた。しかし、時代の流れなのか週末の来場者を考えた行政が決めた日に開催されるようになった。昨日は神社役員の方が寄付もらいに来て、こんな話しになった、「しょうがないんだね」と、年々「荒島神社の例大祭」への来場・参加者が減ってきているように思う。志津川に続く伝統・文化が作り育てた「夏祭り」、本文を忘れてはいけない気がしてならない。復活には若い係わりの活躍に期待したい、そして伝統と時代の融合を行政には望みたい。

 数少ない見ているテレビの一つに「ナイナイのゴチバトル」がある。志中武道場での戸倉の剣道スポ少の練習を終え、残り少ない時間の、この番組を見たら居るべき人がいない!何かもの足り無さの中で番組は終わった。朝テレビで「岡村隆史無期限休業!」と報じられていた。38歳のまだ若い身体に何があったのだろう。私生活面では二面性をもちテレビでの「ハイテンション」から、物静かな面も持っている。仕事に対する「真剣勝負」は、体調が悪くても決して休む事をしなかった。今回は周囲があまりの体調の悪さを察知して、「休んだ方がイイ!」と相棒の矢部が言ったという。
 原因不明・検査中と言う話しだが、人間は体調不良と「身体が悲鳴」を上げた時は危ない。それを押すと「死」とてある。周囲の説得と休む勇気が本人に必要である。自分も多忙を極めるがまだまだ大丈夫である。が異変を感じた仲間「休め!」言ってくれるかな?

 昨日は「我が町」の総務課長に入札問題で状況を教えてもらいに行ったが、決まった町の仕事の量に新規参入の考えに、既存の事業所の苦しさを判っていない。今までの業界の形を崩す事の「安易さ」を判って欲しいのだが? また、観光協会のサポートセンター所長にも「サンオーレ海開き」と「観光協会の現在・今後」について話しを聞いた。担当責任者が不在で詳細全てとは言わないが、納得できる説明と対応に「真摯感」を思った。二つのこの部分に「我が町」の将来と、私の将来がある気がする。町民の皆さんから与えて貰った職務の在任期間に、燃え尽きてもいいから何かをしないといけないと思っている。周囲の「圧力」を日増しに感じている。ただ自分の行動には「私心」は持っていない。みなで町の将来を考えて行きたいが、一部の人達の団結力には勝てそうもない、「民意の集結」こそが町を良い方向に導いてくれる。と考えているその活動を続けていくのみです!

 打ち込んだ「ブログ」も「メール」も形として残るから怖い。こないだ2件目の「こんなブログは困る」と指摘を頂いた。関係者の方達の「言葉」には、迅速・望む通りの対処をしている。しかし、私も書き込みの「心意」を親切丁寧に説明している、書き込みに責任を持っている。「我が町」の為に言う気持ちと、「人の為」と思いからである事を解って貰いたい。自分本意の部分は多分にあるものの、心意はここにあります。「削除」するような事は書かないと思うし、人が見ても恥ずかしいとは思っていない。

 今日は社員の話を多く聞きたい、「田中前」さんよろしくお願いします。

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2010
07/15

弱者を守れ!


九州・中国地方の長期の雨が続いている、2人の死者と2人の不明者そして大被害が、毎日のようにテレビで報道され、治まったかな?と思っていたら、ゲリラ豪雨が各所で発生したり、市街地の冠水など生活にも多大の被害が出ている。
 停滞前線が北の低気圧と南の高気圧に阻まれ、身動きの取れない所に、どんどん南から温かい風が海水を含み、同じ場所に大雨をもたらしている。8万7千世帯の避難勧告が出されている。世界的異常気象はやはり、人類の二酸化炭素の放出による、オゾン層の破壊が地球の温暖化に関係していて、日本ではジェット気流の蛇行が、前線の位置を変え今のような状況になっている気がする。
 
 被害者はだいたいが高齢者で、諸々の理由で一人暮らしの中にある。不安で大雨の中で外に出る・怖いから家に閉じこもっている。など現状の把握ができず確実な行動に繋がっていない。この長雨は「我が町」にもあるかも知れない。
 町内には多くのヶ所に崖崩れがある。町内の河川の工事は、昨年の戸倉地区での「ゲリラ豪雨」による復旧工事だが、大森地区の地震による崖崩れは、個人所有なので行政の管轄に無いと、建設課職員は答えている。しかし、むき出しになった崖への豪雨がどんな形で拡大するか? 独居のご老人が住んでいると聞く、果たしてこんな異常気象の世界的状況に、制度・規則に縛られ、事故が発生したときは「しょうがない!」で済まされるのか!と思う。九州・中国地方の現実から、今後も又の行政への働き掛けをしたい。町内での無数の崖崩れの復旧活動に消極的な理由に、町の財源不足が理由にある、「集約と集中」をしているのだろうか? 町民の安心生活が大切で、いま日本・世界で起こっている出来事に、行政が学び町の発展と同時に、あらゆる災害を想定し住民を守る事が最優先と思うがどうでしょう。

 志津川高校が頑張っている。一回戦を突破し弟3シードの「東陵」を2対1で撃破した。仲間の野球通から聞いたが、今年はピッチャーが良いらしい。三一会の事務長Sさん、気高は一回戦に大逆転で敗れ、そのショックは子供・父兄に大きな過ぎる!と試合後は大変だった話していた。「人生勉強」では片付けられない落ち込みを、彼の話から感じた。志津川高校は今日の三回戦らしいが、過去の栄光になりつつある「志津川旋風」の再来を期待したい。この辺からテレビ中継があるかも知れない、球場には多くの町民が駆け付けると思うが、私はテレビの前から応援したい。「ガンバレ志高!」、思いっきり青春であれ!

 江上剛(本名小畑晴喜)氏が「日本振興銀行」の社長となった。前社長の木村剛が、金融庁の捜査妨害の罪で逮捕された。ブログを見ている人の数人は判るかも知れない。小泉時代の金融大臣の竹中氏のコンサルタントをしていたのが木村氏だった。江上も木村も顔を見れば判る。金融界のエキスパートが事件の「渦中」にいる事を誰が想像しただろう。利益主導・利権主義の裏側には何かがある事を国民は思い、益々の政治不信への繋がっていく。江上は「中小零細企業を守る理念」の回復を誓っていた。

 教育での生徒と先生の暗黙の信頼関係の「希薄」さばかりが目立つ時代となっている。生徒の為と走る先生一人歩きをすると、足をすくわれる相互関係、悲しい一部がここにある。人と人との信頼だけは「我が町」から無くしたい!相手を思う行動しかないのに・・・自分!?

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2010
07/14

「我が町」を知ろう


54年間旧志津川町・南三陸町に生を受け、生きて来たがまだまだ解らない事が沢山ある事に気づかされる!「我が町」全てを知ることは大変だが、だいたいの事を把握しないと、「我が町」の事を語れない事を知らされる、発見した事を一つ一つ、ブログで紹介出来ればと思った。
 写真は商工団地の東浜地区の筒の塔です。多分水道関係の物とは感じていましたが、議会の調査で案内され、それが「東浜配水池」との立て札で知りました。この塔には普段は入れなく、町の管理下にあります。ベンサイト・商工団地・東浜住宅地に水道水を供給する施設でした。その他に緊急時の備蓄倉庫の役目も担っていました。今後想定される「宮城県沖地震・津波」の災害時の、布団・水・食料・等々が備蓄されていました。こないだのチリ沖地震津波でも、少量ながら活用されたとも聞きました。

 防災関係の町内視察では、自動開閉水門の管理通信システムが消防署に置かれ、広域気仙沼での連携や県防災関係との、電気通信での迅速対応ができるという、ネットワークがここにはありました、自動水門開閉システムは「我が町」が全国に誇れる、津波への危機管理システムと解りました。気仙沼地区でさえ昨年より設備設置に動いた中での、先進的な設置が「我が町」にはあります。アナログからデジタルへの通信システムも、経費に関しては国よりの支援もあるものの、大きな事業にも取り組んでいます。
 9ヶ所の潮位の変動を24時間、消防署員が河川9面の写るモニターで監視しています。水門も開閉にあたり、山からの土砂物の滞積が少なく済む、海浜の工事を新技術を取り入れ県と検討しながら進めている。11本の町にある河川の管理は、「2級河川」という事で県河川事務所の管轄となり、災害整備や環境整備に県の資金が使われていた。

 陸門の津波への対策もしている。昔の陸門は左右からの鉄の扉で、津波から町を守っていた。今建設の扉はアルミ製で鉄より軽く、少人数でも開閉可能の物と変えられた。又これが凄い性能である事を知った。レバー一つで一人で操作でき、土地と陸門の隙間もパッキンがあり、「閉めて下げる」事で下からの海水の流入を防ぐ、新しいシステムが用いられている。また、陸門の脇には逃げ遅れた人達の非常階段も設置されている。「過去の事案から学べ」である。

 自動の水門にも障害の可能性があると言う。川の滞積物への水門の潜り込みで閉じた水門が上がらない事例も確認し、自動の開閉の水門の確認も月2回の実施と聞いた。川を綺麗にしましょうという町民の活動の必要性もあると感じた。電波通信は天気の関係で障害も予想され、電気回線にての通信システムとも聞いた。普段からの開閉の試験は、いざという時への備えとして徹底を欠かせない。

 皆さん知らない事が多々ある事に驚かされたでしょう? 今度は行政の「知り得ない影の動向」でも、ブログで紹介していきます。後3年4ヶ月、私の身体の自由がきく内に、「私には時間が無い!時間がもっと欲しい?」 そんな気持ちで活動・生活しています。
 昨日は「我が町」の特産物を多く食べてもらいたいと、一品をサービスで出している町内の飲食店の「親方」の意気込みに触れました。それは今女川に一位の座を奪われた「銀鮭養殖」です。ブログ「南三陸の贈り物」でも紹介しましたが、技術の革新で「天然の鮭」に負けない味になりました。

 もっと町の産品を食べ知る事が大切です。と「親方の話」が気に入った昨日でした。

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2010
07/13

伝統の継続


このポスターを見かけると「志津川夏まつり」と言う気がしてならない。荒島神社のお祭りである。昔はこの日が基本的に志津川のお祭りだった。神社の祭りに合わせた「花火大会」だったが、現在は「祭り」優先の志津川湾夏まつり、終末の土日をその日に当てている。多くの来場者を見込み想定してのイベントとなった。今年は土日だから24・25の「同日」にすればと思うのだが?
 荒島は個人所有の島として珍しい、その島の頂上に奉られているのが「荒島神社」である。海上安全・大漁祈願と海を守る神様と小さい時から記憶している。島の真裏には「十三はねぴこ」としう、大きな岩の裂け目があり、子供の頃は「怖々」にこの岩を飛び越えて、島を一週した事を思い出す。釣り・磯遊び・蝉獲り・探検・・と、子供の頃は良く遊んだ場所だった。危険がいっぱいだったが、大きな事故の発生もない。「子供たちを神様が守っていた!」のだろう。現在は子供の声などはほとんど無い、「危険な場所」なのだろう。こうした場所で体力・危険度・自然を何気なく学んだ気がする。
 
 志津川湾夏まつりのメインイベントの「海上渡御」が今年は無いという。本浜地域に伝わる伝統芸能「七福神舞」の荒島神社への奉納行事で、船に「神輿」を載せ、七福神をお供に「花火大会」海上を一周した。昔は本浜に特設の屋代に奉られた。この神輿の担ぎ手を若い頃に7年ぐらいは続けた記憶が懐かしい。今年から「七福神舞渡御」が消える、後継者・世話役・行政区事情による。私が小学低学年以前からあり、50年間見続けて来た行事が「終わってしまう!」。悲しい情報だった。
 荒島神社の「宵祭り」は24日に、ホスターに示されている通り開催される。町民の方には是非足を運んで欲しい、祭りと一緒だと来客も多いが現在は少ないのが現実です。基本は「お祭り」があって「シベント」と私は思う。しかし、「観光優先」と行政・世間の流れ、これとは一戦を隠す「荒島神社」の神様の決められた日の「式典」、私はこれで良いと思っている。絶対に出掛けるつもりだ。

 たこの「ハウルくん」が、サッカーの決勝の勝敗を全て当てた。ドイツの準決勝でのスベインの敗戦予想には「食べてやる」「ゆでたこに!」と多くの攻撃の的となったが、決勝もスベインの勝ちを的中させた。決勝の激闘はうつろで見たが、しっかりビデオに撮影、朝一で得点シーンに興奮した。イエローカードの連発しての試合、互いの勝利への気持ちのぶつかり合いだった。延長後半11分の「ゴール!」の凄さは「スペインの無敵艦隊」そのもの、オランダ「ロッペン」のドリブルの早さは群を抜いていた。世界最高レベルの攻撃と守備に酔った1ヵ月間だった。150本のシュートシーンは見応えがあった。これからはゆっくり眠れる。

 みんなの党の政治改革の整合性に納得!と言う声を多く聞く。東京地区での「松田公太」41歳、若き企業家が共産党の大物を引きずり落とす躍進を見せた。浮動層・若者の票が多い地区、これからの国の現在がここに見える。コーヒーショップ経営で東京で成功した。「ホリエモン」などの若き企業家の支援・協力で50万票?数は確認していないが、多くの支持を結党して選挙2週間だった、「みんなの党」から出馬し、当選となった。党からは若い政治家が10人「渡辺喜美」の意を同じくする仲間が、国政へと臨む。

 選挙を見ていて「強い志」の、やる気エネルギーを貰った。しかし、「我が町」には若き政治家の出現の影さえも見えない。

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2010
07/12

心のブレ


現在は夜中の2時、ブログを打ち始めている。オランダ対スペインの「ワールドカップサッカー」の決勝までの1時間半を利用してパソコンに向かっているが、目がショボショボして「モニター」が良く見えない。

 参院選挙は自民党の圧勝だったが、「民主党」の自滅に等しい。自民の大島幹事長・茂木氏の傲慢な意見には、見るに耐え無さを感じた。10ヶ月の民主党の、「政治と金」「普天間問題」・・など、あらゆる政権交代への、国民の期待への裏切りの批判が、今回の結果に出たのに、やっぱり「自民党でないとダメなんだ!」との言葉に、過去の反省の姿勢が見えない。「みんなの党」のみが将来の期待感を持てる政策と思った。
 菅首相の「消費税10%」は、金融財務大臣の時の「G7」での、ギリシャの経済危機から日本を見たとき、その危機意識から財源不足の改善・社会保障の安定に向けた、将来的な財源確保がこの根底にあると、選挙結果記者会見で述べられた。若干唐突過ぎる発言に「選挙演説」での内容のフレがあった。やはり党の代表の発言には重さと責任がある。
 「消費税問題」がなかったらどうなっていただろう? 私は自民の勝利は変わらない気がする。そんな大敗とは思わなく、「こんなんじゃ駄目だよ!」と国民の、「戒め」的なもののように感じている。

 写真はどこ?と思うでしょう。現在佐沼方面に向かう時は、米谷インターから中田インターで落ち、農道を通り佐沼のモスバーガーの前へ出る。時間は「35分」ほどで行ける。高速の早さの恩恵に預かっている。5年の志津川開通・7年の歌津への開通、まだ未定だが、あらゆる交通の可能性を秘めている。
 昨日も惣内山の麓から石巻に帰るという、コンサート来場者に10分は早いですよと、このルートを紹介した。なれると間違いなく時間の短縮となります。

 高校野球「宮城大会」が始まっていた。母校の志津川高校は1回戦を突破して、2回戦は「東陵」となった、明日の試合だと思う。是非突破して「ミラクル志高」の再現としていただきたい。土曜の楽天のイースタン戦は、「我が町」で千人の観客のもと気温・試合とも暑い戦い、楽天がホームランで逆転勝利だったと来てたが? 知らない所で色んな事が起こっている。

 昨日は議会広報の原稿をまとめた。今日は町内の調査という事で総務常任委員会の集まりとなっている。まだ2時間しか眠っていない、そろそろサッカーの試合が始まるが「睡魔」に勝てないかもしれない!

 結果は一番に仲間の中で見れる事になると思う。まさかここまでして選挙・スボーツ見る人いないだろう!仲間には?

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2010
07/11

風の宿


昨夜のファームステージ風の宿での「小室等・こむろゆい・谷川賢作コンサート」は、杉田さんの芸術鑑賞の場の創造と、見知らぬ人達が交流の深めあった、コンサートとなりました。
 私は今年で2回目で何とかその雰囲気に親しむ事ができました。昨年は会場と杉田さん、そして有名アーティストが目の前で見れて・会話の出来る環境に、「口べたでシャイ」な私は最後まで馴染む事が出来なかった気がする。2回目の今年は同級生の「加藤くん」を誘い話し相手を隣に置き、のんびりとコンサートに浸るつもりで参加しました。
 小室親子と賢作さんとの、益々の「音楽好き仲間」の連体感を感じ、2度目なので私の事も覚えて頂いたのか。フレンドリーに話しが出来たこと、「別世界」を体感してきました。コンサートと交流会の全てが最高でした。今回は来場者の顔ぶれも半数が様変わり、根強い「風の宿コンサート」ファンと、そのファンの方達が新たな仲間を呼び入れ、気さくに楽しく会話・雰囲気味わいそして歌を聴く、「我が町」には無い環境と場がここにはありました。

 サプライスはこの日「誕生日」を迎えた女性に、ジャズピアニスト谷川賢作からの「ハッピーバースディ」の弾き語りを、全員が歌で祝福するという、彼女にとっては夢のような演出を行ってくれました。また、こないだ「カフェG」でのコンサートのメンバーも呼びかけに駆け付けてくれ、アーティストと普通時のギャップに驚かされました。今回は南三陸町に赴任されてきた、小学校の校長先生がお二人もコンサートに来てくれました。私の同級の「昆野くん」の知人という事にビックリ、学校で会う校長の姿から普通の人に、余りにも自分の人の見方の偏見?に、ダメだし反省の会となりました。視野の狭さがそこにありました。

 また、石巻から来てくれた人と隣となり、話していたら「ブログ」で小室等のコンサートがある事を知りました。と、「そのブログ私ですよ!」と意外な接点に驚きました。彼は自分より上ながら「フォーク世代」、フォークジャンボリーの話しを小室さんにしていた。二人の記念のツーショットは来年渡そうと思う。まだまだいっぱい話題に事欠かない「打ち上げの会」だった。

 杉田さんの友達仲間が当日早々の応援に駆けつけ、影ながらのコンサートの成功を願い、多くの人達の「お手伝い」がそこにはある。自分の事・食事・お酒などの持ち出しなど、採算度返しの「芸術」を町民への普及がある。家族愛・友達愛・自然愛がここにはある。「私利私欲」の無い仲間が「ファームテイージ風の宿」に集まってくる。色々な人達との会話を楽しみに、グチヤグチヤした社会からの一時的な逃避・避難と私は捉えている。

 「M新聞社」の取材活動に違和感をもった。「我が町」の出来事を伝えるという事では、それはありにしても、ここに集まってくる人達の考えを理解していない気がしてならない。ここには肩書きも取っ払った「空間」がある。どんな形で記事化するのだろう?私は見る事はないから別にと思っている。ここに加わる事は楽しむ事だけを求めてくる。私はこの雰囲気を、人との交流の良さ大切を、楽しみながら、ついでの情報発信と位置づけている。この場では楽しまないと!
 
 杉田さん又来年も楽しみにしています!

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2010
07/10

志高同窓会


昨夜は多くの志高卒業生の顔に会いました。80名余りの「同窓会」となり、近年にない大盛況と聞きました。新会長となった沼倉さんもその大役と多くの参加に、その責任の大きさを痛感していました。今年は「寅年」が持ち回りの役です、あと6年すると私達「申年」が回って来ます。
 総会では今年「還暦」をした人達女性が、一人の私の周りにぞろぞろ寄ってきました。「忙しいの?」「どう!」「のぶたかちゃん」と、恥ずかしい限りの祝福の嵐でした。会いたいと思っていた人達にも会い沢山話せた事が、大収穫となりました。情報も沢山仕入れる事が出来ました。高校で世話なった鈴木先生が、田尻高校校長で・音楽の菅井先生の養護学校に勤務は驚きました。志高在職17年での「音楽部」の変遷の話しには、私達の同級生が「合唱での全国大会出場」の、輝かしき伝統の「ブラバン」「音楽部」が消滅の危機、があったことなど時代の流れを知る事ができた。部員不足で「存続の危機」に立ち上がったのが、同僚の先生であり部員の仲間だったと言う。人を思う心がそこにはあり、その継続で現在が維持されている。現在の音楽部も「今年が少なかったら、演奏会ができなかったかも」の状況に、7人の新入部がありました。「吹奏楽」は20人以上が必要という事も聴き、まだまだ険しい環境であると思うが、伝統の継続・継承は当時活躍した子供達に係っている気がします。「音楽の町」とも言える南三陸町、優秀な人が集まれる「志高」に、学校の環境の充実に取り組んで欲しい。今年も就職率が100%を達成したという。卒業生のその後とその中味が大切です、私の会社にもIターン・Uターンの卒業生が多々ある現実を、その意味を分析し「就職活動」に生かして欲しい!

 今年は同窓会も志高卒の町会議員さんにも案内を送った。議長・副議長・前議長と他2人と、前議員の2人の参加がありました。15年前ごろに志津川出身の芳賀清一校長がおられた。志高でも若い時は教鞭をとられ、志高卒の最初の町会議員さんが、後藤清喜議員だという事を聞かされた。実科女学校が志高の前身で、後藤議員が初めてで「当選」には芳賀先生も祝福したと聞く。現在は議員の半数余りが「志高卒」となる。今後も志高卒の30代・40代の若い、町を本気で背負う気質のもった議員の出現を心待ちにしている。行政の思惑どうり行く議員を模索し、変化のない言うがままの「行政の進行」が現在ある。是非これから脱却・打開できる議員の参加を今後に期待したい。自分は行政の不思議を疑問を、「町民の生の声」として、議場で発信して行きたい。

 昨夜は緊張からか「二日酔い」となりました! 今夜の「杉田さん企画・小室等コンサート」では、おとなしく・酒も程々に音楽を楽しみたいと思う。また、音楽大好きの仲間に会える事、音楽談議を横で静かに聞ける事が、一番の今夜の幸せです。余り私の「穏やかに音楽に浸る心の邪魔」をしないで頂きたい。

 楽天対日ハムの「イースタンリーグ」もいいけどなー!天気も好天だしビールもうまいだろう。10時から当日券の販売と今放送された。取材は沢山あるから「やめ」にする。今年は夏は「盛夏」で心地よい夏となりそうだ!「我が町」の楽天応援団の会も町内で開催されるだろう。行事の多いことに又の驚きである。

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2010
07/09

スポーツ天国


昨日はライオンズ杯の「ゲートボール」大会がくろしおグランドで開催されました。また、現在18日の地区対抗バレーにより、体育館は使用時間いっぱい地域の皆さんの、バレー大会への練習に使われている。そして「楽天イースタンチーム」もやってくる。
 「戸倉剣道スポ少」は戸小の体育館建設中とあり、例年のごとくこの時期は、体育館が使えなくなり休んだりしているが、志中武道館を「志津川剣道教室」さんと一緒に使用する形に今年はしている。武道館は志津川公民館から「カギ」を用途使用を書類に書き込み、その日の内に返却する。9時25分の委託管理の方が帰るまでである。

 9時に志津川公民館に行くと職員がまだ働いていた。4時半にカギを借りに行ったら職員が誰もいなかった。「どいに行ったのですか?」と聞くと、10日開催の「楽天イースタンの試合会場準備」と言う。天気が心配ながら準備を怠る事はできない、今日の天気予報だと晴れから夕方にかけて崩れると出ていた。歌津の平成の「しおかぜ球場」には、子供達を含めた多くの「楽天ファン」が訪れ、選手のプレーを生で見る事を楽しみにしている。気温は例年より温かいので大人は「ビール片手」に観戦は最高だろう。「飲酒運転は絶対ダメ!」と付け加えて置く。

 親に子供たちの多忙ぶりを聞くことができた。ある子供は昼間「水泳」があり、22日?町内の「水泳記録会」があるので、放課後に特別練習をしていると聞く、その後は「ピアノ教室」があり、たまたま剣道の練習日の移動で、30分遅れで練習に参加する。こんなに過酷とでも言うような、「時間割り」に驚かされる。「お母さん勉強する時間あるの?」と聞くと、ちゃんと放課後に学校で勉強の時間も有るという。学力低下を気にしているが、「文武両道」を実践している。それにしても南三陸町はスポーツの盛んな町である。こないだまでは「少年少女のビニールバレー」があり、子供達は練習に追われ、現在は大人がバレーの大会に向けて練習中、地区の小中学校体育館の遅くまでの電気はそう言う意味なのが判った。

 健康と健全育成には「スポーツ」は良い!身体を動かし汗をかく、そしてここには交流があり、友達づくりに一役かっている。同じスポーツを一緒にする事で、連帯感や友情が目覚める。私もスポーツ好き故に、子供たちの早くからの、大好きな種目への取り組みは意義が大きい。一つの種目にこだわる事無くスポーツを続けて欲しい。「若くしての燃え尽き症候群」にならぬよう!

 今日は「志高同窓会」が6時よりある。多くの参加を期待するし、是非わたしの知っている方・同じに行政改革を考える人もいる事を願いたい。

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2010
07/08

小室等ワールド


今年も「杉田さんちに」小室等さんが7月10日にやってくる!チケットはまだ残っているという、是非に時間のある方は御出頂きたい。私もことしで2回目の来場者となるが、1回目からのこんな楽しいコンサートと交流会は初めての体験だった。彼のフォーク時代を生きて来た私は、まだ「小室等」を知っている時代、高校時代の徹夜の仕事手伝いで、「ラジオ」から流れて来る音楽に耳を傾けていた自分がいた。また「一時」であるがその時代に戻る事ができる気がする。40年ぶりに過去への「心」のタイムスリップである。現在の「我が町」南三陸町の一部の喧騒や不快感のある町からの脱出です!こないだ聞いた「老人と海」が聞けたら最高。
 35年ぶりに「志高」の同級生に警察署の「免許書換講習会」であった。さすがに自分も彼も様変わりしていた。3年4組の「せいや」と言えば身近な私の知人には解る。「おっ!」と声を掛け「そうだよな?」的な感じだった。どうしてた?とお互い、彼は自分の事情でこの町には住んでいないという。ただ話しの中で「自分はいいんだ」と人生を捨てている気がした。志高の3年四組のクラスメイトの仲間には、もうすでに5人が「この世」には居ない、55人でこの数は多すぎる。それがまた自分に近しい男たちだった。その一人の死は会い話す機会があったら、「救う事ができた!」。そんな事を思うと「投げやりに生きている仲間」は非常に気になる。生ある内は共に楽しくなくていもいいから?「普通に同じ空気を吸っていたい!」と、何回かも悲しい事件の後に感じていた。みんな色々ある中で生きている、「ひとり」じゃないから! お盆に帰るから会おうと約束した。
 
 免許の講習はさすがに眠い、お昼の1時から1時間で、ゴールドの方は30分だが、違反を起こした「一般者」はこの時間となる。朝の三時前には「ムクムク」している私には、この時間に睡魔が襲ってくる。知らず知らずに「5分」は眠ってしまった気がする。こうした面からも時々に「車運転に不適用」と感じる時がある。今回の免許証には住所がない、そして、中型車の8トン車まで乗ること出来る記載があり、免許証も厚くICチップが埋め込まれといるという。またここでも「暗唱番号」を覚えておかないといけない。私の社番は「50-50」で、車の呼び出しでもすぐに解るようにしたが、この番号は余りにも多くの方に覚えやすく浸透し過ぎている。「先生デートですか?」「なんであんな所に車止まっているの?」など、不都合がいっぱいあります。

 ワールドカップサッカーで自分一押しだった「ドイツ」が、無敵艦隊のスペインに敗れた。試合の始まる5分前に目が覚め、全てを見ることができたが、終始スペインの「パス回し」に、防御一辺倒となったが、ワントップの「ロッペン」に期待していたのだが?結果は後半の中盤以後のヘディングで先制され、残り時間を攻めに回り、危ない場面を幾度となく回避し1点に泣いた。スピードサッカーの面白さがここにはあった。アルゼンチンの試合などは、目を反らす事の出来ないくらいの攻撃合戦、45分づつの前後半と90分が短く感じられるほどだった。4対1の試合は面白さではここまで「イチバン」と感じた。「ゲルマン魂」対「侍魂」の試合も見たかった! スペインの57年ぶりの決勝リーグへの進出があり、悲願の初優勝がかかる、ドイツ戦で勝利に酔った場合は負けると、解説者は言っていた、それが「ドイツ」だという。相手は「オランダ」、日本が0対1で敗れた相手である。決勝が楽しみです。

 眠れぬ夜もあと一日です。

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2010
07/07

虚しい


昨日は「歌津名足小学校」の南三陸シルバー人材センターの「奉仕作業」を見に行ってきました。20名のスタッフが霧雨の中での剪定作業を梯子を木に立てかけ、ヘルメットの防御を欠かすことなく、理事長を初めとする全員が取り組んでいた。新緑から盛夏へと木々も枝葉を自由に伸ばしていた、綺麗に剪定されたスッキリした学校を取り巻く木々は、気持ち良さそうにうつった。
 高い脚立に登って作業で「死亡事故」も全国で発生しているという、そのため慎重な作業指示を、若柳から来てくれた講師の先生方により、付きっきりで「剪定技能向上と安全作業」の指導となった。名足小の生徒が授業中で、帰りの頃には綺麗に刈られた木々に、学校環境の変化に驚く事でしょう。シルバー会員の減少や年間の作業量・額が、規制の枠にはめられ厳しい運営と、総会の席上で聞いた事がある。高齢化の波の中で、自分たちもどうやって今後生きていくか、考えさせらける活動でした。皆さん若い!

 昨日は役場に行き5ヶ所ぐらい回る予定だったが、管理職クラスは席を外していたので、いくらも情報を得る事は叶わなかった。日曜の予定が調整出来ず、期日前の投票に行ってきた。3時ごろで今日は「27人」ですと、先週から比べると少ないと話していた。この日もやはり入札問題の疑問にぶつかる、広報の紙面活用の入札に2社が参加した、掲示板・インターネットによる入札は知るよしも、町内の他の2社はなかった。それを平気な顔で4月参入となった「M新聞社」ですと応える姿が、違和感も疑問も持たない事に不思議に思った。この問題を9月の定例議会でまた「一問一答方式」の質問をするつもりだ! 行政の町民の一人の同業者だけの質問では無いことを解ってもらいたい。入札の在り方の行政の疑問に真剣に取り組みたい。町民の一部の方かも知れないが、「行政の現形態に不思議?」を持っている方の多いことも知ってもらいたい。支援事業の取り組みでは行政からは厳しい、「しばり」を感じる。その半面こうした行政当局主義方向の「緩和策」に違和感しか思わない。若い職員への意識の洗脳が無いことを祈りたい。

 九州・東京・福島と「ゲリラ豪雨」が北上している。今日の夜中にも「茨城県豪雨警報」が出されていた。都市部は腰までの水浸しとなり、これは「コンクリート社会」が作り出す人災でもある。「我が町」はと言うと、川が8本も町中を流れ、海もあり町中の浸水大被害は少ないと記憶している。しかし、去年の戸倉地区の「局部集中豪雨」は、想定にない被害をもたらしたので、安心はできないのが現実です。現在の多くの河川工事は「災害復旧」と「災害予防」の工事が主体で、河川に関しては県・国の管轄となり、財源はなくても災害への支援補助金は欠く事はできない。チリ中部地震津波の被害に「激甚指定」がなったが、海産物被害への補助支援金はでない、施設には出るようだが、所得の減少と設備資金の二重苦に、現在漁民は悩んでいる。漁業を続けるかをである!

 福祉の町づりくで「観光立町」という話しを昨日もする事ができた。荒砥小の閉校でこの「日本一」と誇れる施設を、福祉の町の拠点にしようと考えたという。しかし、時はすでに動いていて、「老健施設建築」にである。この風光明媚な「我が町」の財産を他から来た会社に平気で移譲する行政・トップに「愛町心」を私は感じていない。「素晴らしい我が町」の存続は、観光への転換期から変わってしまった気がするが、町民の皆さんは「どう?」思いますか、それによる町への恩恵は?・・・

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2010
07/06

できる事から


町外の方から「サンライズクラブ」の田舎暮らしへの、問い合わせあるのですか?とメールが入っていた。「我が町」出身の方も人口の流失・減少を大変心配している現れと、この「短いメール」で感じ取りました。自分にこの問題について何ができるだろう?と考えた時に、一番は町外から花嫁・花婿を迎えての、独身者の家庭作り「支援活動」です。先月の末に許可となり、着々と仲間と共に下準備の真っ最中です。もう一つの「ブログコメント」は受け止め方が皆それぞれです。みんなで考えていきたい現状です。

 昨日は戸倉荒町の「海蔵寺」さんに、お世話になった方の逝去の葬儀に出掛けました。親子4代が同居している家庭環境の素晴らしさが、町中には少なくなりつつある中で、「じいちゃんと孫」の交流教育がそこにはありました。爺ちゃんは孫に自分の知っている限りの事を、会話・行動の中で伝え、孫は爺ちゃんの優しさにありがとうと素直な感情で応える。町中ならずも「核家族化」はこんな小さな町でも加速している。この地区の何世代にもわたる共同生活で、家族の大切さと高齢者を労り、子や孫への普通の遊び・会話で、人との交流と知識の向上を図る。今は核家族化の進行により、人へのいたわりの気持ちや、優しさが減ってきている。都会・地方で起こっている事件には、親子の確執などがあるが、その上の祖父母・下のの孫達を通して、向けるその愛情から人間は何かを修得する。本当に何気ない事だが、人間に取り最低限必要な事を学ぶ事ができる。

 日本の借金が20年前は「100兆」だったという。それが今では「900兆円」にもなる、その内の「600兆」が天下りの資金源となっている。この現実に国民は怒らないといけない。方法は「選挙による民意」と言うが、自民から民主に「政権交代」しても、その現実の改善には程遠い!国民のツケに大半が回り、国民一人当たりの借金が「500万円」?となる。こんな事を言ってもしかたがなく、これからの若い世代に「国政」を委ねるしかない。しかし、「我が町」もそうだが30代40代にこうした正義感を持って、町政に参加したいと思っている町民が見あたらないのが事実です。
 仲間で話す機会があり、「自分が町政に参加したい!」という、強い意志の元で立つ人達と、地域から誰かを出さないと、という二つの出馬が形があるが、私の周りは「信念」を持ち合わせた人達で、自分には大きな刺激となっている。議員でここ何年も「一般質問」していないんだから!と、昨日同席した先輩から言われた。「頑張っているね!」の言葉だったが、質問する事は当たり前と私は捉えている。

 今日は「議員訴える」の件の2回目の裁判が気仙沼で開催される。自分も傍聴予定だったが「咳」が止まらない。ので行く事を断念した。昨日の「葬儀」でも咳に苦しんだ!身体に異常発生かな?と心配しているが「扁桃腺」が弱いせいと認識している。シルバーの奉仕作業が名足小であると連絡、これなら行けそうだ「高齢者」は頑張っている、負けられないと「若者よ!」。

 ゲリラ豪雨は病んでいる地球の環境異変がもたらしている!地球に優しい生活環境の改善を一人一人が取り組む事で抑えられる。もう遅いとは思うが今からでも、子供達の未来の為に活動しましょう。

【 未分類 | CO:1 | TB:× | 05:24 】

2010
07/05

何処から


昨日はベイサイドアリーナ「総合体育館」に出掛けてきました。土曜日からの大会で決勝までとなる「南三陸町小学校ビニールバレーボール大会」です。会場にはこんなに子供達が町にいるの?と思うくらいのこども達がビニールボールを追っていた。
 体育館・応援席・控え室・野外にも、親子の姿を見ることができた。チームワークや闘争心を養う上でも、スポーツへの親子の取り組みは必要です。しかし、現在は「スポ少」を始めとする、スポーツ大会が行政でも交流・体力強化の面から近年多くはなってはいないだろうか?「ゆとり教育」の実施と合いまった、教育環境が「我が町」の学力低下に繋がっていないかが懸念される。
 昔は親達は「勉強しろ!」と、子供の顔を見るたび言っていた事を思い出す。子供の環境でも「ゲーム」「カード」など、仲間遊びを知らないと「仲間外れ」になる。と両親は心配する。こうした事への子ども間の生活学習が、子供を強くさせると思うのだがどうだろう!小学生での学習の基礎知識の習得が、中学校での学習に付いていく最低条件で、1年生に入学と同時に「高校受験」は始まっている。スポーツも大事だが、頭脳の向上はスポーツの取り組みにも大きな力となる。早く始める事で伸びる子供もいるが、先ずは勉強が8割でスポーツは2割で、小学時代は十分と思う。
 
 今の「我が町」は全ての事で冷静さを欠き、華々しい事への取り組みに「焦っている!」気がしてならない。基盤づくり・将来を見据えた、確実な予想を研究し町づくりに当たらないといけなく、町民の心の分散を「描く構図」になっている事に気づかない、行政執行部があると思う。、諸々の町の出来事を見ていて、皆さんはどう?思いますか。また、「我関せず」みたいな動きが、町民にある事も事実です。トップが「みんなでやりましょう!」の一言と、自分が3歩引くこと・仲間に働き掛ける事で、町は大きく変わると思うが、仲間の皆さんどう思いますか。こんな事を言っても「糠に釘」ですかね。

 又、悲惨な家族の出来事・事件がありました。日本の社会が抱えている一番大きな問題がこれだと認識している。入院している「88歳の母親」を63歳の息子が殺害し、自分も部屋で首を吊ろうとしていた所を、看護士に見付かり逮捕された。親子に取って余りにも悲しい出来事です。私に取っても今後直面する問題と位置づけている。「グループホーム」を自分で出来ないか?両親の友人・知人・兄弟を集め、看護婦・お世話人を雇用し、我が家をバリアフリーに改造し、毎日が大変だが心の通い合う人達を介護できないかと模索している。結構な改築資金と管理資金が必要だが、両親を私が見ないといけない状況は間近に来ている。家族・親戚の周囲も今この現実に直面している。一人を家族で見ること・介護環境づくりの経費など、一家庭でする事の大変さが、何家族が集まれば資金・労働の負担を軽減できると、10年も前から考えているが、なかなか現実とはなっていない!それは「我が家」がまだ危機的な状態になっていない為だと判ってはいる。

 「冷静沈着」に事を起こそうと思っている。何かをしようとする事は「明日へのエネルギー」となっている気がする。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:34 】

2010
07/04

人間の自然破壊


治水・利水などのダム建設は、水害から町を守という。歌津の払川は順調に工事も進み「ダムと観光地」として、名称などを募集する方向にある。谷間の工事は町にとっては大工事だが、田束山の麓の開発で大きい割りには、自然を壊していると言う所が見えなく、余り感じないのは、町中の開発とは違うからだろう。
 最近は河川の川底の砂を取る工事が、あちらこちらで行われている。海水面の上昇や異常気象による川水の増加での、被害防止の観点からの工事と思う。水尻川は水門の下に山からの砂が滞積し、水門の開閉に支障をきたすための工事を試験的に「県工事」として行っている。業者は石巻と聞いた「オープンカウンター方式」による他地区からの参入です。現在は折立川の中州を取り除き、橋の下のたもとの橋脚の補強工事のように見える(写真)、中州には草が生い茂り川をせき止め、増水の時の被害を想定しての工事だろう?しかし、近年「我が町」にはこうした川で、多くの野鳥の姿を見ることができるようになった。川が綺麗になり自然になったからで、虫・小魚・草などの「野鳥」に適した自然環境になってきた証拠です。災害発生時の人命も大切でしょうが、私は自然との共存共栄を考えた「優しい町」の創造がこの町には合っている気がしてならない!去年は「黒鳥」が折立川に来ています、と珍しい鳥の飛来が各種新聞に掲載されました。今回のこの工事の凄まじさは元の風景を一掃した環境になった。野鳥は帰ってきてくれるだろうか?アサリの潮干狩りの環境は変わりはしないだろうか?と多くの不安を感じている。
 この前も八幡川の工事は、川底に「魚道」を維持する工事と私は見ている。八幡川の鮭の遡上は「放流」のせいで、「我が町」のおおきな水産業の柱となっている。重機も入ってはいるが大きな現状の開発とは感じない。新井田川も家庭・会社からの排水の浄化による河川の汚れがあり、しばらく前になるが「あきべい」という農業関係の団体が、稲ワラ?竹スミ?などを川に置き、「川水浄化」活動を行っていた、そのせいか?多くの野鳥が川を泳ぐ姿を目にしている。「サギ」「おしどり」「かも」など、町中にあり目の前の川をゆうゆうと泳ぐ姿に癒された自分がいました。上流は護岸も整備され、綺麗な川底があります。昔ながらの川底とは違い、「メダカ」「どじょう」「トンボ」「やご」などの住める、草地やトロ地はありません。
 入谷地区の川の自然は変わりなく、地域の皆さんが自然環境の保存に力を注いでいる為か、昔ながらの風景を維持していて、中学校の体験学習の場として、多くの地域から自然体験を通した「教育研修旅行」を受け入れている。自然を生かした「町の発展」がここにはあります。自然を大切にする世の中の流れに逆行する、自然開発と称した破壊は調査や地域の声を聞きながら行ってほしい。生きる人の道には全て「共存共栄」の姿が望ましいのだが、「我が町」はというとこの精神に欠け、自分だけがよければという現在に、こうした人間の存在を嘆かずにはいられない。「栄えは必ず滅ぶ」、自然と共存が一番で「災害」は自然の人間への戒めと思う。
 九州の記録的な大雨がなかなか止まない、被害や死亡者もでている事では、こうした天災に対する予防策は必要だが、過度の工事は健全財政を行う「我が町」、人口の流失の歯止め策としての、企業誘致策やこうした準備対策の経費に回す事も一つと思うがどうだろう?今何をすべきかをもっと「私心」を捨て、事に当たらないと「町民」は町から離れていってしまう、この歴史・伝統の「我が町」が存続の危機に今ある気がする!

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2010
07/03

歌津の勉強会


昨日は突然決まった先輩達との「勉強会」に、歌津地区の「ニュー泊崎荘」に一泊してきました。この民宿には同級生が2人勤務しています。あいにく昨日は休みという事でしたが、朝は忙しいだろうけど7時30分のチェックアウトの時に、友達なのですが呼び出しての願いに「親方お客さんです!」と彼が出てきた。南三陸町歌津で一番の民宿の「親方」が私の同級生です。誇りに思う!

 民宿には洞窟のような「岩風呂」があった。夜11時迄入れますという事だったが、勉強会が終わり10時30分、岩風呂の明かりは消え、たまたま社長に館内で会い声を掛けた、「岩風呂終わったのですが?」に今電気付けますと言われた。せっかく「ニュー泊崎荘」に泊まって、名物の「岩風呂」を体験しない手はない。大きい岩に覆われ風呂場も広く、このスペースを独り占めできた。高齢者用にイスやスロープも置かれ、「誰でも気軽に入れる」といった形の設計は、現代に必要な環境づくりに取り組んでいた。人気の秘密はお客さんの身になって宿泊スタイルを、変化させている所だろう。こんどは仲間と是非行きたい!

 猫に空気銃を撃った60歳代の男性が逮捕された。向かいの住人で、空気銃の所持記録から割り出された。余りにも短絡的な行動と原因も大人げない。自分の車の屋根に乗ったからという理由だった。正に「弱い物への暴力」である。住人感情も見え隠れする、地域内の交流・コミュニケーションの必要だが、結構大変でもある。世代の違いや生活形態の違いのカベは大きい。お互いが相手を思っての気持ち・行動が大切です。

 今は「地域おこし」を考えている。町の補助金は活用すると「しばり」を感じる。何かを始める事や、若い人間の起業への取り組みの一助となる事を目的としているが、300万円の補助は2分の1の事業費への補てんである。しかし、600万円ではたして何ができるだろうと考える。建物・施設・人件費が多額にかかる中で、300万で制約・進行報告・審査確認など、厳しい社会情勢を考えると余りにもリスクがかかりすぎる。ここは冷静にやれる事からやっていこうと決断した。小さい「地域起こし」から「町起こし」への流れを考え、多くの理解者と仲間・応援者を得る事が、今やらねばいけない事と「冷静」に考えたい。

 公務員改革が一番! 町の財政改善策と思う「給料2割カット」したら、多額の町の資金となり「町の活性化」にいろんな形で使う事ができる。余りにも「無駄な事!」が多すぎると、今の行政の取り組みを思う。住民が「声高らかに語らないと」何も町は変わらない。知らない所で起こっている「不平等」、「弱い物無視」と言った発言にご注意を。その反動「大きな陰湿な暴力」となり、返ってくるかもですよ? 「我が町」の未来はいかになるのでしょう? 私は「半世紀」も志津川で生きて来たので、今までの町政に大満足ですが、「今はない!」。

 来週の多忙は「ブログ休み」となるかもしれない事を、予告して置きたい。?

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2010
07/02

今年は冷夏・猛暑?


昨日は一昨日の大雨から一天、盛夏となった「歌津長須賀海水浴場」の海開きとなりました。及川観光協会副会長や議会議長・議員は3人・私で4人となり、多くの関係者と今年の「無事故」を祈願した。
 1日に行われる予定の高校生と地元3中学校による、「クリーンアップ大作戦」も大雨で中止となり、長須賀の海岸には海藻・漁具・ゴミが多く見られた。今日は歌津名足小学校の生徒が、「地元の海岸をきれいに!」と大掃除をするという。私達の海です「町民参加」の町の清掃で「美化に全町民の取り組む町」、なんて言う「行政のパフォーマンス」はいかがでしょうか。
 ここにも観光協会の「サポートセンター所長」がいたが、もっと地元民や観光について取り組む人との交流をしてはと思った。自分を招いた人達とだけの「係わり」だけのような気がする。何回か「観光協会」に出向いたが所長から、町の状況や観光客誘致の話し・情報交換はない。町の観光協会職員として「我が町」に来たのだから、もっと地域と解け合う事が大切と思うがどうでしょう?
 南三陸町飲食店組合がとんでも状況となっている。創立いらい問題なく地域の飲食店として観光客・町民の為にと、何の問題もなく町に協力していた組合が、「大分裂!」となったと聞いた。人口減少による客数が激減している組合、差別のような宣伝?のように見える、観光発信に疑問を持った会員が、こうした行動をとったのか?は「はっきり」しない。これを纏めるのが「観光協会会長」・「南三陸町長」だったりするのだが、こうした自浄の行動に欠ける気がする。益々の議会と同じ「分裂的」な形となっていると思う。与野党は議論・政策の対決の場で、町民の利益になる町運営を行うのだが、何処かに「個人的利益の猛追」がある構図に見えてくる。誰しもこうした行動を「地位」に付くと求めるが、今まで「我が町」にはこうした「トップ」は居なかった!今の町の各組織のトップには、政治の「しがらみ」の構図となっている。飲食店も「重鎮」が昔はいて、行政・組合・会の暴走を、制御する働きをしていたのだが、「今はこうした人間がいない!」と私の父は嘆いている。私自身も感じる。
 二分に成ることで得られる事は何なのかと思う。「益々の町の疲弊」「人口流失」「格差」だけが加速するだけである。周囲の優秀な課長・組合の理事・各会の理事に、「違うのでは!」と発言する勇気を持ってもらいたい。報酬だけが決して目的では無いはず、町の為・組合員・会員の為に務めたし、会則にはには必ず、町民・会員の為に働きますがあるはず! なのに?

 民主党の「桜井氏」が昨日来町した。私の仲間も彼をかっている、法案などの提出に今の社会の改善があり、しっかりと勉強と国民の為に活躍していると言う。私はまだ投票者を決定していないが、菅首相の消費税が各党の議論の的となっている。消費税の還付すると演説でいっている。所得の上限を青森では250から300万に、次に300から350万、東京では300から400万円の方に全額還付するという。自民の谷垣総裁は限度額のブレを盛んに批判している。私はこの額は「地域格差」と受け止めている。消費税の議論を持ち出すと「大敗!」するという、今まで結果があるものの、社会保障の今後を考えると国民も踏み切らねばならない、壁であり場所まで現在きている。5年・10年を見据えた政策で、将来への「ツケ」「不安」取り除けるきがする。経済不安が起こってからでは「ギリシャ」の二の舞となる。最小幸福への道に、最善策を議論し政策決定を「党利党略」なしで議論してもらいたい。

しかし、町にも色んな事件が発生している現実を皆さんと共に考えましょう! 「議会懇談会」が9月頃予定されています。活発な町民の意見により、皆さんと「町づくり」をしていきたいと思っています。

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2010
07/01

報酬還元


「冬のソナタ」のパク・ヨンハ自殺は私にとっては衝撃的な事件だった。この韓流ドラマはNHKのBSから放送され、その後でNHKの総合で深夜放送された。テレビでの放送を1話から最後までビデオに収めたのは私ぐらいだろう?それぐらい「韓国のメロドラマ」にはまり、40歳近くになりこのドラマ位だろう。もう15年も過ぎたが「想い出」の場面を幾つか記憶し懐かしんでいる、しかしテープを見ようとは思わない。
 その中のぺ・ヨンジュとチェジューの間に入って来たのが、「パク・ヨンハ」だった。彼女への愛のためなら何でもした、心優しく恋に敗れた役所だったが、私はヨンジュより好感をもって見ていた。その彼の若い30代の死だった。父親のガンの介護と事業・芸能の活動の「ストレス」からの携帯の充電コードでの「自殺!」だった。父のガンは自分のせいと思い込んだという。なぜなのだろう?そんな所にも彼の優しさと繊細さが伺える。音楽番組での「スター」的なおごりもなく、笑顔と司会者への気遣いに益々ファンになっていった。そんな彼がこんなに家族の事で悩み、誰も周囲は気づかず助ける事ができなかったのか?彼の死で居なくなっても存在を忘れる事は無いと思う。なぜなら「冬のソナタ」を見れるからで、いつ見れるかは解らない。私にチョット似ている?

 昨夜も7時には布団に入り「爆睡」だった。昨日の雨に打たれながらの外回りで「風邪」を引いたらしい?夜中1時30分にテレビを付けたらBSで「王子と踊子」と映画名、ボヤーと見ていたら「マリリン・モンロー」が出ていた。朝から濃厚なモンローの「キスシーン」で驚かせた自分のブログとなった!険しい王子が踊子の純粋な「愛!」に心が洗われていく、みたいな映画のような気がした。出逢いと屈託のないその態度に、自然に人と接することで心が繋がる。ついつい英語の日本語訳のテロップをかすれながら見たが、画像だけでも楽しめ目が覚めた。マリリン・モンローの魅力は永遠である!映画だけでなく魅力ある未知の何かをもっている女性と思う。愛に生きた女性と世間が言うが、その影には努力と苦悩が必ずある。楽して栄光は幸福は掴めない・感じられないと言う事です。
 
 昨日国家公務員の期末手当が出た、35.5歳で平均57万円だという。町職員の平均所得が700万を超える中で「ボーナスは?」。自分も12月に貰い、今回は初ボーナス感があり1.7ヶ月で満額で30万が出たが、この仕事でこの額は多すぎる!立候補から議員報酬は是非町民の為に使う事を考えていた。仕事が激減しても雇用の数は減らさず維持し、仕事が無い人には小さくても仕事を作り、自分の給料から回して仕事をして貰っている。これが私がこの町で生き、今の立場になった町への「恩返し」と位置づけている。起業を考え「雇用促進」をしようと、町の補助金制度を使い「還元を!」と考えたが、「結婚支援」も事業として友人と行う事となり、今の多忙での中でのこの部門の参入はもう少し考えたい。

国会議員の年間所得が公表され平均で「2223万円」だという。93年以来最低の水準だという。不景気がこんな所にも現れている。トップはみんなの党の党首渡辺で「4630万円」で、鳩山は「4157万円」という。国民は議員が国民の為に頑張ったと認めたら報酬に関しては何も言わないだろう。何もしないで席に座って「質問もしなかったら」、税金泥棒と言う、当たり前である。

そう言われないように今日も頑張ります。

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