ARCHIVE - 2010年03月

2010
03/31

歌津泊から


夕方6時歌津泊崎地区の高台から、志津川の方向の風景で、山並みを太陽の夕陽が照らし出し、こんなにも日暮れが遅くなったことを実感させられました。初めての歌津の民宿「清観荘」さん、田の頭が住所名です。
 この時期は学校・県職・町職・警察・消防など、人事異動の3月年度末4月年度初めと、歓送迎会が色んな場所で開催されています。「我が町」には民宿が点在していて、町内から周辺に人が流れます。
 こないだタクシーの運転手さんに「忙しいでしょう?」と聞いた。全然人が町内に居なく動いてない、「昔は違ったのに!」と、今置かれているこの町の現状が商店街にはあります。
 今回の送別会でしたが、42年という長年の勤務、本人のご苦労と町職員としての、町民生活への尽力は「感謝」の一言に尽きます。高校卒業まもなくの臨時での町職員としての勤務、私の叔母2人も職員・臨時職員でしたが、町職員はその頃は就職人気はなく、多くが会社への就職を望み、その理由には賃金が安かった事と聞きます。
 今でこそ安定職の「公務員」、私たちの世代ですら手取りで「3万」?とも聞きました。今回町の管理職は4人の退職となりました。入れ替わり私たちの同級生が「教育総務課長」になり、管理職・行政執行部が4人となりました。議場での顔会わせとなります。
 三一会ゴルフ倶楽部の春季コンペを今週4日に控え、週間天気も晴れのち曇り、12℃と最高のコンディションとなりそうです。昨日の臨時会で、私たちの同級生のメンバーの「東北カネタ」のTM君が、年商400億?の会社社長になったと、新聞で報道、議会では創立55周年と言うことで「400万円」を町に寄贈との報告があった。初代が林地区出身で、のり生産者から仙台卸町を拠点として、さきいかなどの珍味販売を始め、現在は海苔はもとより食品加工など、「酒の肴」の全てを生産品目にしている。日曜に会うのが楽しみだ!
 漁協さんでの支所所長からの説明に、漁業への夢と活動の方向性が、少し見えてきた気がする。先月にNHKの連ドラでの、町おこしに一人の漁師が、漁協組合員の増加を図る「研修生」を募る。との内容を放映していた。それと同じ「研修生制度」を漁協では模索していた。年90日間の漁業体験が実証されれば、組合員にもなれる(組合員費納付により)。
 第二の人生に「漁業」。不景気時代に「漁業研修生」。都会の皆さん海の美しい「南三陸町」、我が町で一緒に暮らしませんか!
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2010
03/30

婦人防火クラブ


昨夜は地域の「婦人防火クラブ総会」に参加してきました。本浜地区は85戸前後の区民と現在はなっている。この数字は防火クラブの会費を集める戸です。現在は無人の家屋もあり空き地が目立つようになってきました。
 この日の集まりには30名近くが集まり、年間活動報告・収支報告が出され、会員からの役員7名が行政の防火活動に参加、その参加機会の多さに意識の高まりを感じさせてくれました。
 役員改選の中で現在の地域の状況を見る事ができました。「我が町」全体に共通する現実が有りました。「高齢化」です。班ごとに別れ毎年役員を送りだしていたのですが、高齢化により「身体の自由が」「年を取り参加できない」など、また「実働できる人不足」もあり、班ごとのみでの役員改選は難しいと、多くの議論が交わされました。活発な地区の防火婦人部の活動に頭が下がりました。
 我が家も以前は母親が熱心に下で参加していましたが、現在は挙げられた全ての用件に合致して、現在は参加できない88歳を数えます。同じ家庭が多くなり、結婚問題も在るようにおもいます。そんな環境で地域自主防災に取り組む地区の区長初めとする、役員・班長・婦人部の姿に地元に居ても何もせずに来た、今までの恩返しを今後していきたいと考えています。
 また、昼間は社長の同級生の奥さんの葬儀に出席しました。石森出身でお兄さんの印刷業を始めるキッカケを作ったり、お弥勒寺に私の従兄が嫁いだりと、色々な人との繋がりがありました。魚屋さんということで買ったり貰ったりと、私も小さい時から可愛がってもらった記憶がある。加工小屋の火事もあったと思います、内陸への魚の行商もされ、そこから築き上げた現在の大会社となっています。現社長の息子も社会人となり、「弔辞」は心打つ物があり立派なものでした。父の同級の前社長も耳も遠くなり弱くなったと、昨年会ったときに感じました。次は「我が身」と常々感じています。
 郵政の積立金が177兆でその80%が国債に回っている。グループ4社の消費税の免除は400億円にも上る。官から民へとJR・銀行などもあるが、多くの恩恵の元に経営がある。こうした組織力と政治の関係が今問題になっているが、「・・・族」の議員がこれなのだろう。互いに助け合うはきれいだが、「持ちつ持たれつ」の中が、無理なことを通したり、変な物の流れが生まれる。
 社会では当たり前だと仲間もいうが、弱者はいつまでも「弱者」のままという事になる。私は弱者に耳を傾けます。町民の声の「市場付近の崖崩れ、行政に連絡してください」。が写真です。現場に異変あるかなー?

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2010
03/29

今年度最後の卒業式


昨日は「戸倉剣道スポーツ少年団」の卒業式祝いの最後の大会・納会となった。志高からの卒業式で志中・志小、そして荒砥・志津川と2つの卒園を見届けた。
 戸倉剣道の最後の大会でも勝つ事への結果は伴わなかったが、子供たちの成長が剣道では「礼儀・思いやり・勇気」などに繋がった気がする。直希・湧也・和明と個性たっぷりの子供だった。最長では6年間一緒だった事は、小学生時代を共にそして卒業とともに、一端剣道から離れ中学生となる。「文武両道」が私の願いです。戸倉剣道の最終目標の「初段」は中学2年生の7月に試験があり、その習得が最終到達点である。戸倉剣道卒業で「親への一言」での「ありがとうございました」との言葉に、涙する子に「頑張ってきた証」と「素直に育ってくれた事」を実感させられた。22年度は6年2人・5年3人の、最小での精鋭で剣道と大会に望む。
 納会の後は4日の「GC」の下見に出掛けた、三一会GC顧問の64歳組に呼び出された。昨日の寒さは最高3℃の中でのプレー、初めは中止と話してはいたが、青空も望め・無風だったので4人全てが参加し練習となった。この寒さでの安定したスコアに、還暦を超えても侮れない顧問達、台風の目になりそうである。私への昨夜は激励を受けた
「君は変わった」・「言葉を選び話し・書くようになった」と、先輩達からの嬉しい助言でした。
 日曜朝日放送の「サンディーブロジェクト」は欠かさず見ていたが、昨日はファイナルだった。剣道大会でビデオをセツトし、納会が終わり偶然目にしたのが、菅副総理の「聞いてない」と亀井金融大臣の「耳が悪いのか」の、言った言わないの「水掛論」だった。生のテレビでの与党の同調のないやり取りに、法案の決定がこんな政治で、世間の政策決定となる事への、現政権の不安は募るばかり、それを見ている自民の谷垣総裁も唖然顔、日本の政治・地方議会・地方自治体も含め今はおかしい、前からそうだったのかもしれないが?
 その場面は録画ビデオから、偶然見た場面だった。6時間の途中の録画つけた瞬間がその箇所で、この水掛け論の全体に「えっ!」と思うばかりだった。そして日曜映画のジョニー・デップ「パイレーツ・オブ・カリビアン」を、その上に録画しもうその場面はない。しかしこの消す前にこの場面を見届けた偶然、自分にはこうな出来事が多い、偶然にあう幸運を、掴みにいっている自分が今あるからなのか?
 アフガンではカルザイ大統領が政権下にあるが、家族縁者による汚職が多発している。戦争の中でのアルカイダの制圧による政権、トップになると「利権を求めたアリ」のごとく、親近者が営利をむさぼる形となっていくのが政治なのか?と今思うようになって来た。
 今日は葬儀に大雄寺、寒いだろうな?きっと。

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2010
03/28

冬?


昨日の寒さときたら「もう春」が嘘のような、厳寒がピッタリの一日だった。道路の温度標識は「1℃」との数字、今日の剣道の体育館は子供たちには大変だ!また還暦越えの仲間のゴルファーには辛いプレーになるなー?と下見フレーを心配していたら、夜に「寒いから明日は中止に」と一報が入った。
 楽天イーグルスはいったいどうしたんだろう?ケースタも昨日の観客の服装は春とは思えなく、スタンドにはビールタンクを担いだ「売り子」が、暇だった事が伺える。遂に4連敗!ブラウン監督の奇策はまだ!押さえの福盛の大乱調?2回の最後のストッパーとしての役目が果たせない。2度ある事は3度ある?今日も厳しい寒さの中の試合だが、北海道の高校出身の「マーくん」なんとかしてくれそうだ。 
 亀井郵政大臣の預金額を1千万から2千万は、経済の資金の流れを抑制し、企業への貸し渋りに繋がる。積立保障が2千万になるから、一般銀行から郵貯へ預金は流れるのは当たり前で、現在140兆?と聞いた気がした。郵貯は銀行のように貸し出しをしないから、また困ってしまう。経済不況下での融資は「運転資金」「つなぎ融資」へと経営には欠かせない。政府の決定で金融経済は混乱する。
 鳩山首相の今後の経済悪化への懸念に、「ダメ」と「ノー」と言えないトップは、益々の経済不安へと国民悲劇を生む。政治の流れを理解している国会議員なら、全員「ノー」と言うだろう!
 これが「多重債務」への流れとなるかも知れない。一般銀行での資金不足で貸し渋り・貸しはがしに繋がり、その貸し手を「ヤミ金」などへ求め、最悪の経路となりうる。
 悪い方向への「風が吹けば桶屋が儲かる」のパターンに流れる。政府が決定・容認により大きな問題へとなる。
 帰ったら社長の「弔電」と「納会」がある。今夜も爆睡かな?

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2010
03/27

街歩き


商店街まちおこし第1弾「しづがわ街歩きツアー」が昨日実施された。商工会商業部会とおさかな通り大漁市実行委員会が協賛しての「我が町再発見」なのだろう。
 老舗のお菓子屋さんの「兼田屋菓子店」さんを、一店目めとして次に「佐藤輪業」さん、「松原食堂」さんでは春つげ丼の試食、最後に「マルセン南町店」さんで、地場産品に特化した地域密着店を視察する。
 参加者は10名で申込を募り集まった。メンバーには「我が町」を政治・商店の発展を見続けてきた方の顔、地元のお母さんや主婦の方々が、体験出来ない菓子づくりや、自転車の乗り方や志津川の良さ、名物発信の「飲食店組合」さん観光協会・町との「キラキラ春つげ丼」を味わい、町の新たな観光発信、旬の食材丼で観光客の呼び込みを図る。こうした取り組みへの体験など、盛沢山の「街歩きツアー」で、南三陸町を肌で体感してもらう。
 自転車屋さんの佐藤秀昭さん、交通指導隊での子供たちへの自転車運転指導、写真の腕前はプロ級と私は数々の写真を通して思います。「我が町」南三陸町の自然風景や、動物・虫などの自然の営みを写真に収め、何気ない町中の風景に気づかなかった街の良さを、「ふと」感じさせてくれます。多忙の中でも「サンライズクラブ」に参加され、「歯にもの着せぬ」発言・感覚・思考に勉強させて貰っています。今回も志津川の為ならと協力の事と思います。こうした人々が一人でも多く居ることで、町には活気が生まれてくる気がする。
 10名のツアー参加者の皆さんの、町への思いも伝わってきました。お世話役の「昆野さん」の町への、観光振興・商店の疲弊からの脱却の熱意が、話からひしひしと伝わってきます。情報機関も2社が尽きっきりで、ツアーの動向を取材していた。新聞メディアの有効活用は欠かせなく、大きな影響力を生み観光客の興味をかき立て、週末や連休・イベントへの集客へと繋がる。
 昨日は20年以上も続いてきた「のぞみ作業所」の閉所式を迎えた。今後は「洗心会」の社会福祉法人の中での活動となる。宮川会長さんの築き上げた子供達の自立への道が、新たな環境により継続される。子を思う親の気持ちは皆同じ、願いは子供たちが安心して生活できる場と環境、残された子供の未来が安定なものになる事だけだと思います。特別機関と行政・福祉団体の協力連携で、誰でもが幸せになれる日本国民の憲法保障のもと、安定生活ができるよう希望し支援して行きたい。
 今日は貯まっていた用件を片付け、明日の戸倉の剣道大会の引率の準備です。昨夜の練習も寒かった「子供達よく頑張っているよ!」。明日も寒くなる怪我だけは皆さんしないように柔軟体操からです。

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2010
03/26

終了式


志津川保育所も初めての「終了式」出席でした。父母も若く世代の移り変わりを強く感じた。
 体育館での式に当たり懐かしさを感じる。ここは昔は「志津川高校」の音楽室・図書館だった気がする。たしかその前には「テニスコート」がありました。神社前は本校舎で、現在の教室には二階建ての後ろ校舎があった記憶がある。子供の頃はよくこの辺が「せみ取り」のルートとなっいた。
 ここにも子供たちの元気な顔が溢れていました。その子たちと今いる私の当時は、純真さは変わらない気がする。退場での鉢花を手渡す時の「おかあさんありがとう」の卒園のこども達の言葉が、今も頭にある。「ギュッ」と我が子を抱きしめる母の姿、自然に受け止められました。
 卒園とは書きますが、保育所なので「保育証書授与」となっていました。長い子供で5年間の保育を受け、仲間との交流を通し人との接し方の第一歩です。
 私は4年間だった気がする。親は毎日の仕事で子供を見る余裕もなく、祖母はいたがとにかく家に居ない遊びばかり生活だった。高度成長時代なら、お母さんは育児で家庭にいたが、現代の厳しい雇用体系と賃金の低迷では、共稼ぎが当たり前で子供に多くの手がかかる時代、子育ての大変さを痛感する。
 昨夜の同級生の仲間との勉強会で、第一声の人口減少は凄すぎる。と言っていた、私も現在多くの資料を手にすることで、5年・10年での2千人近くの人口減に、驚くばかりである。仲間は年代別の人口の異変を感じていた。町の力ともなる世代の減少に不安感を覚える、という。観光客の流入・老人ホームの建築・田舎暮らしを推進・・・での人口増は、真の意味の町の財政維持には繋がらない。
 私たちは強い危機感を持って今を見て、今を生きている。家庭の生活環境と会社の経営維持の崩壊の中に今ある町民が多々いる。この現実を行政は本当に理解しているかが、良く判っていない気がする。生活の困窮の立場に立たないと理解はできない、行政には難しいのかも知れず、マニアル通りに行かないのが「世の常」です。
 亀井大臣の発言に3党連立が「赤信号だ」、与党の立場での意見の食い違いが、毎日のようにテレビで報道されているが、与党の軸・芯が弛み・統率力の無さが原因だろう。
 今朝は二日酔い気味で、支離滅裂な文面をご容赦いただきたい。今既婚者に3割りが今後離婚すると予測がでた。この調査に負けないよう頑張ってほしい。

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2010
03/25

荒砥保育所11名の巣立ち


昨日は荒砥保育所での卒園に出席してきました。控え室に入り他の来賓者を待っていると、4人の各地元の地区の区長さんが入るや、「おめの顔なんかみでぐね!」と厳しい言葉が有りました。
 議会の対応への「叱咤激励」と受けました。よく言われる話ですが「選挙の時ばかり来て、終わるとさっぱり来ない!選挙の時だけ頭下げて!」と言う事なのだろう。4人ば漁業従事者で、出荷間際のホタテが大被害だったという。3年間育ててきた物がこの津波で8割かたダメになったという。個人差はあるが大変な現実がここには有ります。
 11人が荒砥保育所から志津川小学校へ、悲しくて淋しくて嬉しくての、「涙」の溢れを止められない子どもの心境が私の胸を突く、花粉症と涙が相まってボロボロの状況だった。こんな子供たちのためにも、一生懸命に職務・仕事、町への貢献と尽力を惜しまない気持ちが、増幅していく気持ちの高まりを抑えられなかった。
 子供の旅立ち・先生の子供たちへの思い・両親の成長への喜び・感謝がそこにありました。出席者皆が感激の涙・なみだの卒園式となりました。今日は「我が母なる保育所」、志津川保育所の卒園に出掛けます。きっと涙が止まらないでしょう?46年ぶりの保育所だからです。荒砥も24年度に志津川に統合との話も聞きました。
 メディアの観光活用がある。テレビを通した「我が町」の発信がこれまで以上に必要となっている。今日までとなった仙台市民広場での「志津川海の市物産組合」が23日から25日までのイベント、NHKの取材があったという。町に帰って「幾度となく放送されていたよ!」と町民に話しを聞く。町からの補助も受けず南三陸町の産品の発信をしている。じみちな活動がこうした取材へと繋がっている。
 今日の朝も「石巻市役所閉店デパートに移転」とNHKの全国放送されていた。五階までのフロアーの有効活用をしている。駅前のシャッター通りの活性化、三陸道沿いの大型店進出からの、住民の呼び込みが今後期待されると言う内容だった。公共の鉄道も発着し町中の再発展を期待する。県内第2の市としての今後の市政に期待が寄せられる。新市長となり斬新な新たな市の取り組みが伺える。何階かに「市民広場」「こども広場」で町民交流も図る。
 首長・旧職員・議会の長い陣容は、新たな取り組みへのブレーキと感じている。既存を守る体制から、新たな人材による取り組みを起こさないと、町は年々閉塞を辿る気がする。長期計画の中でも人口の減少が10年先まで予想されている。この打開策としての何点かの改革案で、維持も難しいく地域過疎化が進行する事を予感する。
 今本気で新改革の神輿を挙げるとき、馴れ合い・保身など言ってられない。住民・世論に耳を傾け、「住民奮起」が世の流れです!皆で叫びましょう。
 

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2010
03/24

高速が町へ


朝5時もう薄明るい!夜明けもこんなに早くなっている事に今日気づかされた。夜2時目が覚め眠れず「深夜ニュース」に耳を傾けていた。
 中国でも自殺志願の男性、一人では死ねないから人を巻き込もうと、大人は抵抗されるから子供を狙おう。と小学校に登校してきた13人に包丁で切りかかった。8人が死亡5人がケガをしたとの報道。医師?との話だったか、精神病院への通院歴があったという。
 今後も生活環境異変・未熟大人増加の中に現代はある。今、自分が行動している事の反省や、知識を高めたり対応能力の向上も図れない人間が、年々多くなり、そんな大人が、子供に手を掛ける事件の多さに驚かされる。
 栗原市の自殺の人数が全国平均の2倍という。10万人人口での死亡者が「48人」、宮城は「28人」、全国は「24人」で、栗原市は飛び抜けて高い。原因は「多重債務」によるものと話していた。2.3年前から市と県弁護士会が連携して自殺防止の、相談窓口を開設し減少を計っている。交通事故が減っている中での3倍で、人の死の3番目に自殺が位置し、こんな現代が今日本に存在している。経済も政治も人間も病んでいるの!?
 昨日は時間に追われながらの、米谷IC開通の時間取材と、仙台での物産組合の市民広場での、南三陸町志津川の物産市を見に出掛けた。志津川駅からのスタートで米谷ICまでは14分、登米まで3分、桃生まで7分だった。結果的には戸倉経由とあまり変わらないという事になる。入谷地区からなら15分の桃生まで、これまでの仙台への道程の20分の短縮になる。
 帰りに米谷ICを降りてからの「米谷街道」は、車が少なく高速の感じで走行してしまう。何台かが途中止められていた。何処もそうだが高速状態からの一般道は、ついつい高速運転になりがちである。安全運転と元気帰宅への高速運転抑止となる、「命の尊さ」をもう一度家族で話し合う必要を感じた。
 昨日突然「我がG会」の会員が家族を伴い、第2故郷に錦を飾った。家族で「ディズニーランド」への旅行だと聞く。若干彼にとっては遅い結婚、可愛い子供たちと心おきなく遊んでほしい。羨ましい限りで、私を含めた未婚の仲間への刺激となっている。「このー!」
 昨日も色々ありました。行政の中身を知れば知るほど、努力は感じるが、「所得格差」だけは何とかしたい課題です。人事院勧告は勧告で地域にあった自治体報酬が望ました。地方分権になれば真っ先に改定されるべき、行政の体質改善です。
 全ては私が健在でそこまで達するかが疑問?毎日を大切に生きましょう。

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2010
03/23

田舎暮らし


南三陸町歌津地区を、館浜より田束山を海岸から望んだ風景です。
 今町では「いなか暮らしをしませんか!」と、第2の人生の場所として、都会からの居住者を募集しています。企業戦士として老後を「土・海」と親しみながら、都会での喧騒や人混みからの脱出により、余生をのんびり「スローライフ」で過ごしませんか!と呼びかけている。その環境が今日の風景写真に納まっています。
 春には山菜と草花が咲き乱れ、可愛いトカゲやヘビも顔をだします。春の海では潮干狩りや岸壁からの釣りが楽しめます。物価も安く、ご近所が農家・漁業者だったら、海山のお裾分けがあるかも知れません。そんなのんびりした時間の流れが「我が町」南三陸町にはあります。
 昨日は三陸縦貫道の米谷インターができ、遠回りではありますが開通、鳴瀬からの無料区間がまた少し伸びました。仙台~気仙沼間の120㎞のうち71㎞が完成し、8年後の全線開通の予定です。南三陸町までは民主党の「コンクリートから人へ」の政策により、予算の削減で進捗が遅れていますが、しかし確実に高速道路時代への流れが、この町にも良くも悪くも影響を及ぼす中で、迫って来ています。
 内閣支持率が30%と最低の水準、危険値まで下落しました。1ヵ月で15%のダウンは、「政治と金」の旧来の政治の体質の変わらない事への不審感の何物でもない。小林議員の北教組との選挙資金問題、辞任も離党もしないは「できない!」からと評論家は言う。小沢幹事長の建設会社からのヤミ献金疑惑、秘書だった石川議員の辞任しない事や、他の秘書の逮捕との政治的からみによる。一人が辞めるといったら皆も辞めた方がいいと言う流れに。そういう理由もあるからだという。鳩山首相の「こども手当て」と馬鹿に比喩された、親からの資金提供も、発覚し納税すればという考え、政治家のモラルがこれなのかと、政治不信はつのる。
 タイガー・ウッズが来月に始まる「マスターズ」で、謹慎から参加を表明した。何人もの女性関係が発覚「セックス依存症」と診断され、今もカウンセリング治療を受けている。華やかなゴルフでのプレーでの観客の視線と反応が怖く・不安と話していた。女性ファンはシビアで反応が直ぐ出る。女性関係のスキャンダル・不潔・不倫・・・など、その反応が顕著に表れる。
 政界・芸能界・スポーツ界も、「女と金」の問題が大きな影響を及ぼす。女性の反応はなお顕著だ!
 今日は米谷インターから仙台に向かう。

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2010
03/22

近隣との連携で


昨日は「田束山つつじシンポ」でパネラーとして参加した須藤さんの話を聞くことができました。
 気仙沼と本吉の境にある「徳仙丈山」、ツツジ保存会事務局として、管理保全に取り組んでいる。今後は「田束山と徳仙丈山」との連携により、観光の発展と地域の活性化、広域連携による観光地の拡大を視野にいれ活動としている。「徳仙丈ツツジ」を語る時の須藤さんの情熱と、ツツジの育成環境づくりの知識には驚くが、30年~50年にも渡る2代に続く下積みがある。
 「つつじ祭り」だけの時の環境整備ではなく、普段からのツツジの成育に気をこらし、つつじが終わり葉っぱだけになった、ツツジの木いm下草・木々の管理が必要で、この時期の緑のつつじも又良いといっていた。「田束山のつつじはこれからですね!」と話す。標高の違いによるツツジの開花で、南三陸のつつじは二つの山により<長く楽しめると言う利点を、観光に活用していきたい。連休の後と夏休み前の6月という観光の空間を、埋める時期として又良い。
 三陸道の今後の進捗もあるが、登米市を通り「徳仙丈ツツジ」を楽しみ、帰りは海岸線の雄大は太平洋を望み、美味しい海の幸の食事・お土産を買い、時間の余裕で「南三陸温泉」「民宿宿泊」などの、目と味で南三陸の良さを感じて頂きたい!と観光ルートの提案もしていた。また人の流れの「経済効果」もある。昼食・買い物・ガソリンなど、あらゆる面での地元への貢献も「田束・徳仙」は連携により生んでくれる。
 南三陸には止まらず、宮城以北・岩手南部との「広域連携」にも意欲を見せていた。自分がやれる事からコツコツとやっていく!という。これは今まで築き上げてきた、実績の成せる行動・思考とおもう。自分までもが須藤さんの構想に引きこまれました。そこには個人的な私欲は感じなく、これが共感となった。
 阿久根市の市長の発言に?地元の公共事業を予定価格の「1円差」で、妹の経営の建設会社が落札した。市長の話だと行政の落札最低価格は長年の経験から読み取れると言う。そうなら国・県・地方自治体の公共工事の入札で、大経験者はもっと把握できる事になる。440万・・・5円の落札価格だったとおもうが?
 失業に伴う「国保税」の軽減が政府でなされる。国保税の算定基準は昨年の所得に応じ計算される。昨年今年のリストラ・解雇での失業、所得ゼロは家族の健康の3割負担も厳しい。そんな中で500万所得の家庭で3割の所得の計算として14万8千円ですむ、20万の減税となる。国保税が払えなく全額実費という事で、病院に係れない町民もいる。全国になると87万人いるという。
 御殿場の野焼きでの3人の30代の若者のの焼死は痛々しい。それもボランティアでの参加だという。野焼き代表者の「経験で決定をした」は今の現代無謀とも言える。気象データは「ネット」で分刻みで、把握はいつでもできる。昨日の「爆弾低気圧」は台風なみの威力があり、オゾン層の減少による「異常気象」が起因です。今、地球は人間でも解析不能の異常気象が頻発している中で、人災とも言える。
 とにかく色んなことが起こる、自分の事ばかり考えていられない時代だ!

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2010
03/21

ペンは刀より強


昨日の三陸河北新報「リアスの風」に、議会への痛烈は指摘記事が踊っていた。
 「南三陸町議会活性化道険し」。「一般質問90分に短縮」。「90分制2年で撤回 内容の質の低下が一因?」。「目立つ準備不足 多くは陳情型」。など週一回となった「河北新報気仙沼地域版」が議会の現状を写真と共に紹介していた。委員会の議員名をしっかり掲載しての報道、「頭を殴られた」ぐらいの衝撃と私にはなった!
 町議会での一般質問の形態の、議員からの事前通告に対し、執行部からの事前に「答弁書」を議員へは、本町以外でも当たり前の議会の形と認識していた。しかし、これは議員からの要請で始められたもので、「県内では異例!」だと知った。これに対し町長は「いかがなものか」「どのような質問にも対処できるように勉強や準備が必要で、これで議論が深まる」と記者に答えていた。答弁書のやり取りでは、議会はただのセレモニー化してしまうと指摘、議員個人が町政や施策に見識を持ち執行部に迫るが、「一番の晴れ舞台」議員の更なる奮起を促す。と町長が記者に話した。と私は読みました。
 定数削減により果たす役割は大きくなり、地域の代表だが「ご用聞き」ではないと書かれてある。同感だが、私は「全町民の代表でありパイプ役を果たそう」と思っている。最後の結びで「議員個々の力量アップと有権者の意識改革が求められる」は常々考え勉強しているつもりだ。仕事の片手間で「報酬ドロボー」と言われないよう、生きたお金の使途を町の為になる「報酬」の使い道を考え実行している。
 議運の委員長は「60分が適当との意見が大勢を占めた」と新聞社に話していた。3月定例会でもこの議論がなされ、「議運の決定は尊重しなくてはならない、60分に収める努力の必要がある。時間が足りないのは議員の力量不足だ!」と、ベテラン議員の事をある議員と言っていた。私は前のままでイイと思うが、各委員会の代表による議運の決定を大勢・尊重は腑に落ちない。最後は多数決、大勢ではないのは確か、全面に名前の公開をと思う。
 また、3回以内の質問の中で、資料の棒読み・考えがまとまらず質問を延々とする議員、執行部から「何を問うているのか判らない」などの議員の、準備・勉強不足も目立つとの、論評も記事にはあり、自分の未熟さを指摘されているようで、地方議会の在り方をまた考えさせられる、機会と認識させられた。
 来月の気仙沼市での「議会議員選挙」があり、30人に35人+2?と新聞での説明会参加があった。気仙沼市は議会のネットでの公開はしていないが、他にない形を取り入れ、議会の活発な活動・行政の斬新な取り組みが、パホーマンスにも見えてくるから不思議である。
 昨日は議会議員の在り方と、議会の町民の代表としての責任を、考えさせられた新聞の「ペンの力」に脱帽でした。報道機関の「歯も衣きせぬ」発信を国民は見て願っている。昨日は多くの人から「議会ってそうなの?」と聞かれました。

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2010
03/20

志は高く 夢は大きく


昨日は10時からの「志津川小学校」の卒業式に出席いました。校長室での校長の話に「今年は羽織袴の卒業生が17人?います」との事だった。体育館への入場の卒業生の大人びた姿に、小学校からの旅立ちと一段階アップする自覚が見えました。
 今日の朝「戸倉剣道」のお父さんから電話を頂きました。卒業の3日前になり息子が「インフルエンザ」にかかり熱を上げ、参加が危ぶまれたが「参加できました」との事だった。小学校のステージからの初めての卒業、風邪であっても松葉杖でも、子供達の初めての団体から門出はなんとか出席させてほしく、50歳を過ぎた私でも未だにその記憶は忘れる事がありません。多くの仲間達友達と共に「旅立ちの場の共有」は団結にも繋がる。志小でも赤い羽織で卒業を迎えた女生徒が、咳き込みの苦しさの中で参加していた。学校を初めとした友達の理解、親家族の願いが叶い、出席できた事、同席した人間として「おめでとう本当によかった!」と心から思いました。
 同席した議員さんに「取材だね!」と声をかけられました。私的には公人としての出席で、この感動を町民の皆さんに自分の感じるままの思いを伝えたい、「喜びを分かち合いたい」が根本にあります。利益を度返しした活動とご理解下さい。「我が町」の子供たちの喜び門出は、町民全体の喜びです。
 昨日は面接がありました。経営者として未熟ゆえに、ついつい説教と前置きが長くなりがちで、二十歳前の子供には「いやな会社」的に受け止められているのかも知れない。現在の企業の現実と就職したいという、求職者への心構えと社会情勢の把握が必要と、教育しているつもりなのだが、「理解するだけの知識と余裕」がないのだろうか?取りあえず職に就き、給料を貰い「いやなら」辞めればいい的考えが、今の地元の求職者には多いように思う。将来はこの仕事で地元で家庭を作り暮らしたい!と、希望でも「ウソ?」でもいいから、就職面接での基本的心構えを示してほしい。求人票を見てくる訳だから、決意と覚悟を持って臨まないと!経営者のしたたかさには勝てない。
 志小・戸小・入小・伊小・名小の5校の卒業が「我が町」南三陸町で昨日開催されました。不安と希望をもっての中学生活、仲間・友達づくりを優先にする、これが自分の中学生活安定に欠かせなく、クラス・部活など自分と意識・考えの共通者が必ずいます、良き先輩もいます。引っ込み思案にならず進んで、活動し生活を有意義なものにしてほしい。この時期に人間間形成が築かれていく、未だにこの時代の仲間が私に多いことが、これを実証している。辛い・苦しい悩みは、先ず友達に両親に、先生になど身近な人に話す事で、解決の糸口となります。蓄積されると「心の病」となる。その前に周囲が手を差しのべましょう。「南三陸町の希望の宝」ですから!

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2010
03/19

地域の音楽館


今日は「我が町」の小学校の卒業式です。我が社の若いアルバイト従業員が「あさひ幼稚園」の卒園式の風景に涙してしまった。と取材から帰り話していた。昨年は私も、子供が母親に卒園証書を「ありがとう!」と言って渡すシーンに涙した事を思い出す。南三陸町の今後を担う若者たちに、こうした現場を見とおす事により、ふる里の息づきを知り「故郷愛」を深めてほしいが、私の考えの中にあります。誰かの御陰で生かされている!決して一人ではないと言うことを判ってほしいのです。涙した子は剣道の教え子でもあり、純粋な成長に嬉しくなりました。
 クロマグロ禁輸のワシントン条約会議が、モナコのカタールで開催。国際取り引きの禁止の方向で、クロマグロが食べられなくなる、五分五分の投票が予想され、日本の工作が続けられた中、68対20と棄権30で、否決となった。中国の経済成長がその影にあるという。大西洋のクロマグロの輸入禁止で動いていたEUも分裂し、大きな予想を覆す結果となった。しかし「人間の食」は種の保存の規制なく、絶滅も過去にはあり調査資源保護は、今後の大きな課題となっている。子供たちに「昔はいたが今はいない」なんて事のないようにしたい。
 昨夜は登米市に、昨年開催され南三陸町でも大絶賛された、東北北部方面隊の音楽隊の「ふれあい市民コンサート」を観てきた。地元の「自衛隊隊友会理事」の西城さんから、招待を貰い出掛けた。登米市「水の里ホール」には一千人を超える市民が近隣から集まっていた。観客を見ると小・中・高学生が多い事、地元開催時にはこんなに若者が集まっただろうか?と「ふと」思い返した。生活圏の安定感により若者が残っていると実感した。音楽隊の「クラック」のパワー溢れる演奏に、一時の安堵感を覚えた。一部を終わり時でも観客からの拍手は鳴り止まなかった。音楽への市民の多くの精通がここにはあった。
 登米市佐沼に行ったからには、この時点で「クロマグロ禁輸」の可能性もあり、「かっぱ寿司」に入ってみた。平日での超満員、今日の小学校卒業で小中高の全ての卒業となるためなのか、家族連れが多くいた。「我が町」は7時を回ると人影が町中から消える、やはり商店・繁華街の停滞を大きく感じ見る事ができた。なんとかしないと行けない現実の中にあるのだが、その打開策に「良案」は見付からない。でも小さい事から一歩づつ何かをしないと!
 あっ!「マグロ」一皿は食べたかな、中国の最低賃金が20%上昇したと報道、広州ではそれでも「13600円」と言っていた。農村部は「7500円前後」だという。日本の企業進出もこの上昇で厳しい状況となるらしい。そんなに「価格破壊」が世界にはある。これで良いのかと考えさせられる。
 志小の卒業は午前晴天、多くの涙が今日も降る。

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2010
03/18

民意


昨夜は気仙沼市の津波被害の処理作業風景がテレビで放映されていた。大型クレーン船を使っての養殖の漁具の引き揚げだった。ホタテ・カキ・ワカメの施設が一塊りになり、クレーンで吊り上げられる。海底でカキ・ホタテがすれ合い、商品にならない状態から、出荷出来る物を選び出す。手間と労力の割りにはお金にならないと、作業の漁民は語る。「漁師やめっぺとおもってます!」とも言っていた。
 気仙沼漁協での被害は養殖イカダ3000台で、被害額は13.6億と言っていた。「我が町」は2.7億で、ケタ違いの被害となった。しかし漁民の減収や天災被害は、仕事への意欲の低下と後継者問題のからみで、廃業など地域の今後の水産業への影響も予想される。水揚げの減少は「仲買・小売り」にとっての、南三陸町産品の減少による品薄状況にもなる。「我が町」の死活問題でもある。観光・雇用などの補助資金の有効活用を、こんな時には使えないのだろうか?補助金の使途についての「縛り」なんて言っていられない、説明づにより色々活用すればいい、その最大の英断は首長トップに懸かっている。
 クレーン船は使用料が一日「100万円」と聞いた事がある。チャーターして一揆に処理作業を行い、漁民の労苦の軽減を図る事も必要と思う。早く普段の生活に戻す事も行政の役目と思う。
 テレビで滋賀県の「大江八幡市」と「安土町」の合併の是非について町長・議会・町民の活動行動が説明された。合併推進町長リコールで反対町長が5対3の比率で当選、議会の合併賛成に今度は「議会リコール」で、反対議員の多数の当選となり、「民意は安土町の合併反対」と出た。しかし民意の6回の反対行動の出た結果でも、ある議員は「私の町への将来を考えた合併推進とした」と話す、これが「是々非々」なのだろう。反対と賛成の住民もいるが、町の今後を考えた住民の方向性なのだろう。しかし合併をくい止めるのには時間がなく、合併へのなる。新町長は今後合併解消を県・国の総務省に申し入れるという。安土町長・議会・町民の行動力を見習う事を強く感じた。
 町長と議会が合わないと、ここまで「町行政」は混乱する。これは良い意味での発展的な議論ともいえる。「我が町」を考えるに、つい頭を抱えてしまう。「・・・・・」と。
 とにかく「人間は怖い!」、福岡での「バラバラ事件」、まだ判ってはいないが、バイクの追突事故が原因で、ここまでの衝動を人が行うか?と思う。自転車で家の前をうろうろ・イタズラ電話「ワンギリ」など、嫌がらせだろうが、もしこれが原因で人をバラバラにしてしまう、行動とはどこに原因があるのだろう。普段日常的におこっている事が、ここまで発展したとしたら、「人間は病んでいる!」としか言えない。無残な姿に・・
 「我が町」も意識の都会化が進む、志津川魂を持ちつづけたい。

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2010
03/17

津波被害


「来るのが遅い」「船準備している」「現場を見に!」と色々な言葉がありました。昨日は海上現地視察にとの予定でしたが、昨夜からの低気圧の為、海上での視察は無理という事になりました。
 波伝谷地区と荒砥地区の2ヶ所に別れての、現地視察でしたが中止となり、荒砥漁港の漁民の皆さんが「議会」の視察を待っていました。岸壁には浮きやロープが山となり積まれていました。漁協からの説明がなされ、被害現場はまだ把握されていない部分もあり、漁民の苦悩となつている。議会への支援要請をお願いしたい!が提示された。「激甚災害指定」が一つのカギとなっている。26億を超える被害だと、国の指定になるという。宮城県の単一漁協となりまとまりはあるものの、広範囲の被害と海底の見えない部分の被害もあり、被害額の確定になく、今日の志津川漁協全体会議で、おおよその全体被害が漁民より示される。
 農業に比べ漁業への、災害への支援の指定に差がある、と今の国の制度への疑問も語られた。「我が町」の主要産業の漁業、自給率は200%にもなり、日本の食料供給の根幹をなしているのにもかかわらず、制度の不備に今後の日本を考える上でも、強く政府への要請・制度改正へ働き掛けて行かなければならない。
 4年前の「爆弾低気圧」の被害でも、大きな政府の支援は無かったという。今回も「貸し出し金利の補助」「被害漁具の処理費補助」「融資の据置・上限の拡大」などの支援は出ているものの、出た被害への補てんや助成はなにもなく、売上減と借金の残りに、また新たな融資を受けなければいけないという。2重3重苦に追い込まれている。「激甚災害の指定」がなされると、補助・助成支援など、手厚い国の救済が受けられる。県・国に町と議会と漁協、そして漁民が一体となった、陳情活動が求められる。諸々の理由がある中での、その対応の遅さが漁民のイライラ感を生んでいる。カキ・ワカメの最終期と、昨日聞く「ホタテ被害」が、志津川地区では深刻と説明していた。
 「ニーチェの言葉」なる本が売れているという。社会・仕事・人生にゆきずまった時に、自分の人生の今後のヒントがここにあると言う。長い歴史をいきずいた言葉に、「生きるヒント」を古典から学ぶ!のだと言う。私も是非購入したいと思っている。
 昨日は「サンライズクラブ」の会議があり、今年の事業結果が報告された、「町づくり」への意欲と、個人の利益主導をなくした活動だと再確認した。遊休農地の活用や新たな産品の開拓、人口減少への取り組み、南三陸町の産品の他市町での販売と、新しい挑戦に向かっていた。次年度には「婚活支援」などへの協力など、町の山積している問題にも支援したいとの話もでた。こうした町民一人ひとりが「町づくり」への行動が、現在の停滞した町の刺激となり、新たな「街」を作り出す。微力ながら私も参画していきたい。

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2010
03/16

磯開口


昨日は久々に仕事ができました。ハローワークによる雇用支援対策の充実に驚いています。実習型の雇用に1ヶ月目に10万で、実習実用になる6ヶ月50万・又6ヶ月に50万の、政府の支援があるとの話でした。我が社は「ウインドーズ」「マッキントッシュ」などのPCの技術の習得に、今までは自費で講習1日5万円があり、仕事ができるまでは6ヶ月から1・2年と、個人差はあるものの時間を要していた。そんな中で今どきの社員は、3ヶ月・9ヶ月での適応性もあるが、「この従業員は育てたい」と思う人間が、突然の退社となるケースが多々ある。
 景気が良く・低価格でない時代は、会社で社員育成の投資は当たり前で、半年・一年は利益にならない状態の社員も雇用していた。不景気・就職難とはいえ、ここまでの支援も疑問に思う。しかし国の制度として使わない手はない。今までの苦しみの分を活用したいと考える。だが「会社の為」「町の為」に頑張るという人間が、地元に残っていない気がする。会社は答えてくれるよ「一生懸命の姿」には、時間働けば・社員交流なんか・他人の為になんか、なんて考えている社員は不用です。頑張っている社員の為にも、勇気で切るぐらいの経営者が残り、別な形で存続の道がある。優秀な人材の発掘が、南三陸町と地元会社に今必要です。地元の若者達の努力を見ていきたい。
 「表現の自由」が叫ばれているが、一定の基準とモラルの上に成り立っている。県条例に児童ポルノ規制法がある。東京都ではマンガの性描写に18才未満の規制を掛けるという、法案が都議会の「総務委員会」で今日審議されるという。漫画家の私たちの時代の作家が猛反対している。現代の若い漫画家には過激な描写が多いマンガが多々ある。作家と見る側に規制を掛けないと、性的衝動や男女間の現実とかけ離れた事が、マンガを通し見る側に伝わる。10代前後はこれを事実・現実と取る未熟さの中にいる。犯罪予防の観点からも考えなくてはならない。
 反面、子供の成長の中で「ある程度」は、男女の性的交流も知識として必要と考える。中学生での異性への興味は人間的に当たり前で、これを全否定すると成長過程での「性的未熟」が、晩婚・少子化へと向かう気がする。作家へのモラルと親としての見る物ものへの注意、この辺で解決してくれれば良いと思うのだが。
 昨夜はスポ少で戸倉中体育館へ、とにかくまだ寒い!準備運動から始まるが、気を抜くと子供達が「手を抜く」何も無ければいいが、突然大ケガは起こる。サッカーの「ベッカム」が終了間際、何気ない動きで「アキレス腱」を切り、半年のサッカーを棒に振った。南アフリカでの4年に一度のワールドカップも絶望だ。怪我でも何かを学ぼうと私はするが、こども達のこの時期は特に大きいロスとして跳ね返る。指導者の気配りの大切を常々思う。
 今日は津波被害の現地へと説明会がある。

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2010
03/15

発散


昨日も地震が発生した。福島県沖で「樽葉町」?で5弱でM6.5だった。チリの余震の「M6.9」でも被害がでたが、日本ではないのは木造建築と耐震建築の力で、地震国なればこそと感じる。
 夕方5時に何気なくテレビを見ていて、画面に出た映像その2秒後に発生した地震、予報がでても何もできないのが現実だった。多少長い地震で「大きい」と感じたものの、「震度4」だった。その時の画面を急いで撮影した。私の部屋は三階で、とっさに何にかをするには無理があり、地震がおさまるまで待つしかなく、三階ゆえ大きく揺れ恐怖も少し感じた。
 先日も震度3・M5位で、最近は頻繁に起こっている。こないだは内陸で今回は福島沖、ちらばっているが、地層の歪みを拡散している事を願いたい。50年後に起こったチリ津波、宮城県沖の大地震大津波の発生予想も、東北大地震研究者が必ず起こると予想する。それが50年から100年以内と、しっかりした予想は地層の状況でしか解らない、自然と人間の頭脳との知恵比べ、自然現象は予想不可能で比べられもしない。
 こないだの議会で身に起こった事件がある。普段から近眼・老眼・乱視の3弱にある私の目、遠くは見えるが小さい物が見えない。会議の中で「メガネ」が気になっていた。最終日ポケットからだしたら、レンズが外れていた。枠にハメて掛けたら、メガネが壊れた。書類が見えないどうしよう?一個しか持ち合わせて無く、焦った!
 自分は仕事の段取りをお昼に帰り、従業員に伝えていた。期待と不安の中で「ふと」胸ポケットを見た、会社にあるメガネを偶然にも入れていたのだ。メガネの損傷を察知していたかのような、自然な自分の行動に驚いた。今までの会議では持ち合わせた事などなく。「本能」が働いたか?「運」か「神様」か?とこの事の不思議さを思った。次回からは一個「メガネ予備」をガバンに持参する、急務を知らされた。
 東北の景気の良好が3ケ月続いているという。「デフレ」は未だに続きコンビニの従業員の将来不安は続いている。理由は「エコポイント」による、車・家電・建築が販売順調かららしい。今までは不景気でお金はあるが、今後の不安から預金している為だったのか?私は「格差」は益々酷く今後も増して行くと思っている。自殺も貧困も虐待も増え続けると。心の教育である「道徳教科復活」にその解決の糸口があると思う。教師の親の意識改革が求められている気がする。
 病院の未収が136億あり、1医療機関あたり550万円と、病院経営ならず家庭生活の不安定がここにある。

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2010
03/14

神秘と薄学


先般の大被害の津波が、海底の地形を辿りそのままの状況で1700キロを、「我が町」まで襲ってきた。場所により被害の大小はあれど、大きな被害となった。
 消防団の方の「私はボランティアと思っています」、謝礼はあまり関係ないです。との町への消防防火の支援、こうした心が一人でも多くのと町民からでてこれば、明るい南三陸町となってくる事と思います。ブログ意見謝
 「普天間問題」は私がブログを通して語るのには、薄学ゆえの考えの甘さがあるかも知れません。日本の沖縄という観点に立ち、今後の民主党の基地対策の方向性・対処を見ながら、国民が一票としての賛否を夏の「参院選」で表すのが、一番の形でと思います。外交と自然保持そして国民の安心平和、大きすぎる課題です。ブログ意見謝
 「グループホーム」の火災が北海道で起こり、7名の死者をだした。入居は8人で夜間一人の宿泊・施設の管理維持だった。認知症・痴呆症など老いの最終状況と感じる。今日のニュースでは消防の施設の不備を指摘されていた。火災報知器など基本となる事が設置とれていなかったという。全国に9800人1440施設?違う数値かも知れないが、年に300から400施設が増え続けているという。今回の火災はストーブの上に洗濯物が?という話だが、施設での火災は入居者の身体の不自由な事もあり、多くの死者への繋がる。家族・日本のために働いてきた最終結果が、このような悲惨な形は悲しすぎる。
 今日の写真は先月26日、スポーツ少年団役員会で「アリーナ」を訪れた時の、志津川湾の海底での生物の写真展です。海に小さい頃から親しんだ、イソギンチャクやクラゲ・干潮時の岩の海水だまりで、生物と手で触れ合ったことを思い出す。アメフラシは棒で突くと色んな色がでる。ミズクラゲは張りがねを曲げて何匹採れるか競争もした。岸壁からシュリ貝を糸で巻きカニも釣った。海との多くの遊びを通して自然の共生をしていたが、その意味が今になり判る。この地方での「ケッパリ」は服を着たままで長靴に水が入る事や、海に落ちる事だが、私は数多く経験していると言う事は、海と共に生きてきた証でもある。
 地元から沸き上がるのが「町起こし」、他町の人間にそれができるだろうか?という疑問が私にはある。観光・自然監視・人・・など、地元の活性化に多くの人達を町で呼び込んでいる。成果・結果も現れているのだろうが、なんとか「我が町」は自分たちの手での、再生を行いたい。以外と経費を傾注している気がしてならない。
 言うばかりではなく・思うばかりではなく、自分たち・若者がこれに当たる事で、町の「昔ながらの風景・人情」が生まれるのではと、常々考える、しかし私ひとりでは?

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2010
03/13

もう春


ひころの里の「シルク館」のシルクフェア、平日なのにこの賑わいを見せていました。14日までです、遠く山形から四時間掛けて見に来てくれたご夫婦もあったと聞きました。この取材に若いスタッフを送りました。毎日を生活に追われ、「我が町」の伝統文化を知って貰うこと、南三陸町の催事と見ることで「心にゆとり」が生まれ、郷土を愛する気持ちが増すことと、人との出逢い・語らいに成ればと思います。
 シルク館の中の華やかさを見ると、春がきた「行って見ようか!」との気持ちが募ります。明日までの開催です、ぜひ町民の皆さんにも楽しんでもらいたい。町内からの見学を申し込みを受け、中心の町役場への集合により、高齢者も一緒に出掛ける事で語らいの場を作り、話を聞く事も良いかなーと感じます。
 議会も昨日の会期9日間目をフルに使い、予算の審議・委員会を終了し、町長行政の提示どうりの予算の執行となります。雇用促進・活気溢れる政府の3次の補正により、多額の予算を景気対策費として、割り振りされました。観光への町の依存体制を感じ、公立病院経営の厳しさと「3億」を超える、町からの補助が今後も続く事への不安があります。町の高齢化・少子化の加速の行政の歯止めの思案が見付からない。高齢者の生活支援も必要、商工業の安定への予算の割り振り、第一次産業の支援、子供の環境安全はあるが、人口の減少は「世の流れ」、しょうがない見たいに「町長の声」と思うのは私だけだろうか?この部分に一番の拡充が必要と私は思う。何かやれる事があると!
 60歳を超え「立ち止まる」と、「心の風景・来し方が見えてくる」と酪農家の人が言っていた。「立ち止まる勇気は停滞ではなく自分を知り」「深く進化する方向を転換する」とも話していた。ふと「杉田徹さん」の顔が浮かんだ、こういう人達には多くの人が集まる。この二人に共通するのは「農民と自然は向き合い共生している」と言うことです。人間が自然に立ち向かっても、最終的には自然が残る現実がある。
 こないだ「宮城島」なる名称がテレビから流れた。沖縄県の島だった。今政府の大問題となっている「普天間基地」の移転の候補地として浮上している。3月までには鳩山首相が決定すると言うが、沖縄に戦後の時代を感じさせる問題として、政府の行動と横暴さを感じる。「まだ沖縄の人々を苦しめるのか?」と、しかしながら県民の中にも米軍依存の裏の姿がある。「普天間」と聞くと、目を背け聞こうとしない自分がある。次々の変わる候補地の住民の立場は本土で何の苦労も知らない、官房長・首相には政治問題だが、沖縄県民は生活の安全とまだ戦争が終わっていない感じをもっているだろう。「ウミンチュウ」、沖縄人は「海で暮らす人」というこの言葉を思う。
 昨日は議会も終わり、少しの安堵から飲み過ぎた。16日は津波被害の現地視察です。

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2010
03/12

町民の声


ここ2週間時間に追われる日々が続いている。1分2分の大切さと時間をフルに使い、何とかこの難関を乗り越えられそうである。こんな時に限って人生の会社の岐路的なものが発生する?不思議だが「無理はするな」の警鐘なのだろう。しかしこの局面の打開もまたワクワク楽しくも感じる、今の自分がいる。「生かされている」、決して「自分で生きてきた」なんて考えは、今は持ち合わせていない。
 今の自分は、会社専務・剣道スポ少代表・マイタウン新聞発行支援・議員と、4足のワラジを履いている。現在は剣道の大会を今月の末に控え、この4足が混在し活動している。もう一つ自分の頭を鍛える意味での「ブログ更新」の毎日があった。さすがに昨日は「議員活動」を優先にして、ブログの休みとなった。
 「町民の声」を今回の予算議会で、皆さんからの「聞いて下さい!」「困っています」「言って下さい」などの、町の声を行政に全て言うことができそうである。行政にとっては、たわいもない事だろうが、当事者にとっては早急に対処して貰いたいが、切実は声である。町の予算の使われかたの疑問や、使途が解ったときに、不自然さも大いに感じる。一年生議員として何ができるか?と考える9日間の会期が今日終了する。昨日は町長から「新人だから何言ってもいいんだぞ、どんどん質問しろ」と暖かいお声を頂いた?!とにかく「町民の声」を伝えるパイプ役としての使命を果たしたい。
 チリ中部地震の「我が町」の漁業被害が出た。2億7千万と新聞での報道もあった。歌津地区での被害が「ゼロ」だった事に、志津川湾の海底の地形との津波の関係があった。入江に達する時に津波が増幅する事が実証された。昨日のチリでM6.9の地震が発生し、現地での泣きながら避難する姿に、その現場での実情を察する。50年前の津波以後の志津川地区の町民がそうだった。地震が起こる度に「上の山高台」へ避難する、私を含めた多くの町民の姿に似ている。「災害は忘れた時にやってくる!」の言いつたえ、宮城県沖大地震の発生は間違いなく起こり、それは私の時代かは微妙である。津波が来ると海岸線の地区から人が消えた、ある人が「犬も猫もいなくなった」と言っていた、動物の本能は凄い、この他にも「鳥の姿が消えた」とも聞いた。思い起こせばそうだった気がする。
 昨日の議会で「消防団員謝金」の少なさを知った。朝夜問わぬ出動に対しての報酬としては安いし、団員のなり手がいない事に火災発生時の不安を感じた。町の置かれている現在の環境は、全てが大変だと言える。
 町長・行政・議会の活動行動が今後の町を形成する。それを選ぶのも町民で、「私心」を捨て全町の子供たちの未来の事を考えたい。「南三陸町の子供達は宝」なのだから!

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2010
03/10

議会改革


朝6時の白銀の世界です。私の部屋は3階の工場の上ですが、近所にも三階建てが随分増えました。「我が町」はまだまだ冬ですね。通勤の皆様お気をつけて車の運転お願いします。15㎝ぐらいの積雪かな?
 名古屋の河村市長がまた市政への改革を打ち立てた、「市議会改革」である。議員の定員を75から38人に、報酬を1600万から800万円に、政務調査費を600万円に、だったと思う。政務調査費は町の議会にはないが、町のだいたい2倍の数値です。でもこれだと議員は誰も立候補しなく、理想の「ボランティア」的活動を進めるという事なのだろう。
 昨日の議会は自殺の防止の予算が県から補助され、講演会や抑止の活動を行うという。余りにも自殺予防への予算割当の少ない事を、軽く考えているように思った。農協の同級生職員の死にも、行政に質問が飛んだ。2人の議員の質問で、私の周囲の人間の自殺の思いが走馬燈のように巡り、なんとか今後の自殺の抑止防止を自分なりに話す機会となった。今後も続くとされる、「うつ病」は自殺の予備軍となっている。「昨日まで普通だった人間の突然の自殺の阻止は難しい」と私ならず皆の総意で、近所の声がけと地域の交流を広げ、防止を叫んでいきたい。
 JAYWALKのボーカルが覚せい剤で逮捕された。「・・・夏」という歌が好きだったが、59才でも歌の創作活動の行き詰まりから、覚せい剤への手を出すのか、家宅捜査で大麻・コカインなどが見付かり、常習性を感じる。一部の芸能界での覚せい剤事件が、「皆やっている」気にさせる。地獄への入口です「覚せい剤」は!
 田束山は霊峰で神社もある、歴史をひもとけば本吉地区ならず、周辺の地域との歴史的繋がりが大きい。友人の歴史マニアが言っていて、良く古き歴史や思いを馳せさせてくれる。歴史には疎い自分だが、田束山には毎年3・4回は車で頂上までの風景を楽しんでいる。田束大橋の眼下の「払川ダム」がある、現在進行中で「ダムとつつじ」で観光を町では推し進めている。自然のままを生かした観光地の想像を計ってる。
 「密約」「極約」なるものが外務省から見付かった。自民海部首相時の米軍の核兵器の国内の出入りを暗黙の上で認めていた。という。「持たない・作らない・持ち込まない」が基本にある。「密約」はあってもいいが、私欲のための密約はあってはいけない。何処を向いての密約なのか?それは国民であり、町民です。

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2010
03/09

道すがら


役場帰りの道すがら八幡川の中橋から、志中を望んだ。ここが50年前に津波に沈んだ橋だったり、6日の志中卒業に同席できる事など、この川をとおした思い出は多い。
 チリ中部地震の「大津波警報」により閉められた水門がある。もうすでにその水門の後ろでの「アサリ潮干狩り」の姿が水門の下から伺える。人間は強いのか?生きるために精一杯の行動なのか?旬のアサリを求めにまだ、冷たい海と川の合流点に集まっていた。
 82回アカデミー賞が決定した。タイタニックの「ジェームス・キャメレン」の「アバーター」が、自分作のタイタニックの興業収益を抜く、最高高収入となり3Dの新しい分野の確立による。作品賞の最有力だったが、前婦人の「キャスリン・ビグロー」の「ハート・ロッカー」がアカデミー賞の9部門のうち6賞を取った。3D対平和との戦いともいえる。侵略からを阻止!と戦争の悲惨・命の大切さ!の審査員の判断。イラク・アフガンの今の現実と、平和な時代だったら「アバター」だろうが、米国の兵士がまだまだ戦地で命を落としている。現実に今起こっている「爆弾処理」に関わった兵士の現状の映画化には、3Dの新時代とて勝てないだろう。
 また日本に取っての「伝統・歴史の継承」への問い掛けの映画が、長編ドキュメントの賞を取った。題名は忘れたが三重県太地町での「イルカ漁」を撮ったものだった。クジラ・クロマグロ・・などの種の保存への警鐘の作品らしいが、漁協への撮影許可なくしての「盗撮」との話だ。町民は「イルカは昔から食べている」。先人達の伝統文化を守ると胸を張り言っていた町民の言葉に感銘を受けた。イルカの可愛さは解る、人間は生きていく為に最終手段として、目を覆う事も昔からある気がする。
 テレビで宮城の地場生産品のアピールが展開されている。先頃などはゴールデンタイムの番組で「油麩丼」が、宮城出身の「高橋ジョウジ」によって紹介されて、タレントは口々にうまい・美味しいと豪語、何億とも言える経済効果だろう。「カツ丼みたい!」、など見た目とカロリー・格安面からも高評価で全国への発信は進む気がする。
 昨日は町中交流館にNHKが来てるとの情報をもらいました。晩ご飯を食した「宅の店」のお母さんが、「今から志津川がテレビに出るからみていがい!」と。飲食店組合の試みは、キラキラ「いくら丼」から、「春つげ丼」ということだった。南三陸町の野菜「ちじみホウレンソ・・・」と海産も「メカブ・・」との、マッチングだ。
 今度は7店ぐらいかな?全部の試食を・・・頑張ります。

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2010
03/08

卒業はスタート


義務教育の小学6年・中学3年、卒業そして高校生活の3年、両親家族は「我が子」を、町民はみんなを見つめてきた。これからは各々が自分の進む道に向かい、自己責任を持ち立ち向かう。きっと辛く・苦しく泣き出したりするけど、それは自分の力となり、生きていく「術」となる。「どうしようもないとき」は、両親に家族に、そして友達・仲間に話すと、その打開策の糸口が見付かるかもしれない。だから友達の存在は大きい、しかしながらいろんな友達がいる、一人の考えに突出しないで、できれば多くの仲間の考えを聞いてほしい。必ず自分にあった「道」がみつかるはず、その道は「寄り道」となり蛇行するだろう、しっかりと目標を見つめ進んでほしい。写真のように両親・後輩・先生が見守っているから!
 遂に私の「南三陸町から愛と死と希望を見つめて!」が、1000回の更新を達成した。毎日1回の打ち込みの積み重ねで2年7ヶ月間、楽しくもあり辛くも、ブログ依存症状態となったが、文字に気持ちを打ち込む事により、その時々の心情や体験・事件を記録に残す事ができた。日に日に健忘症ぎみの自分の脳の、維持と活性化になっている。アクセス数は2万を超え。宮里藍がゴルフの結果サイトHPの900万件?の「アクセスパンク」というが、一人でも見てくれる人がいる事が励みとなっている。南三陸町「我が町」の今後への進捗を、少しの偏見と事実を自分の目線で今後も紹介していきたい。昨日のアクセスは日曜なのに「86件」と、何時にない動向を見せた。先般の津波の状況を一日一日を綴ったのが、効果があったのかも知れない。
 「南三陸町が好きだから!」。その志津川町で生かされている意識を強く持っている。強い力に対抗する気持ちが自分を前へと推し進める。立場の変換から行政の「まつりごと」に疑問をぶつけられる。町民そして子供たちの実情・実態を見つめ改善し、皆が笑顔でいられる町づくりをしていきたい。やっぱり「皆」が笑える事は無理なのか?
 今日は何かが起ころうとしている?しかし一番身近な「会社」に笑顔がないのが、辛い。会社理想への実現が人が出入りする事で、落ちつくまで時間が掛かる?そんな事はなく「皆が周りを思いやる」。これがあれば問題解決となるのだが、個々の生活・環境・若さが障害なのか・・・。んー。自分はどう思われようと良いのだが、従業員どうしの笑い声を聞く事の少なさをがっかりしている。理想と現実は厳しい!
 まあ前向きに「一生懸命」に歩んで行くだけですね。卒業生のように「53才」も町の為に頑張ります。だからみんなも頑張って下さい。

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2010
03/07

自然と観光


志中の卒業式の後は、歌津で開催された「田束山やまつつじシンポジューム」に出掛けました。
 会場には90名近くの入場がありました。全戸に町での配布があった割りには参加の少なさを感じました。南三陸町を代表する観光地の一つとなっている、つつじの群生と南三陸のリアス式海岸の眺望、他に引けをとらない観光スポットです。若い人の参加の少なさに将来に不安を感じた。
 参加者を見渡すと、町長さんの出席があり、行政職員の多さには驚きました。地元の観光知識の取得ともありますが、人出の少ない事への埋め合わせと勘ぐってしまいました。教育長さんも地域の勉強に来場され、10人を超える職員来場と見えました。観光協会からは阿部会長、パネラーとなった浅井事務長と職員、報道は町長さんで印刷している「南三陸新聞」を含め3新聞社が取材に来ていました。
 つつじ祭りの開催中に天気に恵まれた、「田束山」「リアス式海岸」の山と海のコントラストは、実際に目で見た絶景は格別な物があります。そのつつじ群生が「かび」「虫害」により被害をうけ、群生の整備保存を今後どうするか?また隣町にある「徳仙丈山」のつつじとの連携しての、観光地としての今後を考えるシンポでした。
 ニュー泊崎荘の高橋さんの話に、「四阿」はあるが他は何もない、トイレ・自販機などいちいち下の広場にさがらないと用をたせない。観光地としては配慮に欠けるとの話も出た。田束山レストハウスの存在は、旧歌津町の頂上への観光客の必要要望を加味して建設、大きな役割をはたして来た。現在の行政の「選択と集中」には、一部分に配慮の欠ける部分が多々みられる。財政難もあるだろうが、又別の動きと思案が伺える。
 学校の卒業・入学時によく出る話に、「地域の貢献できる人に」「人を思いやる人間に」「仲間を作り話をする」・・・町民多くの方に話しかけ・呼びかけているが。私自身その恩恵は薄いように思うが気のせいなのだろう?子供たちの純粋な言葉に、大人は無くしてしまいかけている、「人への公平な優しい心」を思い起こしてほしい。
 皇太子さま・雅子さまの愛娘の「一週間での不登校問題」がテレビで、大々的に報道された。学習院初等科2年の同学年の男児の、大声・物を投げる・脇を走り抜ける・・・の事から、不登校になったという。特別視される立場にあるが、普通の女の子的に周りが接して、「愛子さま」も友達と多く作り、こうした普通に学校である事への、順応性や対処・耐える事を子供の内から、身につける事を皇太子ご夫婦が教育する事が大切です。天真爛漫に成長していくことで「子供は強くなる!」。過保護が子供の精神面を欠如に繋がっている気もする。
 これだけでは無いと思うが、子供の虐待が続いている。経済不況・大人であっても「子供が子供を育てる」、こんな時代になった、最大の被害者は「子供たち」です。周りの人間で監視・見守っていきましょう!
 本吉の須藤徳仙丈山保存事務局長さんの30年間の保存にあたり、一番の喜びは来客に「綺麗だ!」と言われる事だという、おかあさんも知っているが「手弁当どのお茶の提供」、来てくれて嬉しいという。親子3人で全国的なツツジの観光名所とした活動、本当にご苦労様です!

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2010
03/06

深刻な大被害


昨日は多くの知人から今回の被害状況を聞くことができた。
 ミニストでは同じ地区の「ワカメ業」をしている方の話では、「半分どころか今年は終わりかも」と聞き、戸倉地区の「カキ・ホヤ漁」の方は、全滅で仕事が無いと話していた。「カキ業」の力を入れてる地元の方も、本当にどうしたらいいのか?と、顔に何とも言えない表情を浮かべていた。
 南三陸町の以北の三陸海岸線の、被害現状も徐々に判明し、漁業を辞めようと考えている方も少なくないように話していた。政府の自給率のアップを考えているのなら、こうした水産業の天災による被害を、早期に把握して対策を迅速に行うことが、第一次産業の維持になり、食の自国での生産の拡大になる。遅ければ遅いほど、国の食料事情が悪化となっていく。民主党の手腕が問われる問題となっている。
 今日は9時30分からの「志津川中学校の卒業式」に出席してきた。まさかの涙・涙の式典となりました。卒業証書授与から式辞・祝辞と次第どうりに進み、終わり間際の卒業生の合唱。いきものがたりの「エール」で、「さよならは別れの言葉じゃなくて夢へと続くエール」歌詞を聴きなるほど、聞き入ると良い歌だと再確認。これぐらいでは私の涙腺は弛まない、歌のメロディーの途中で卒業生が、学校に・先生に・後輩に・仲間に・両親に投げかける、涙まじりの言葉の数々に会場が涙で包まれていく。子供達の卒業・別れ・感謝の切ない気持ちを、「涙」と共に叫ぶ言葉に、感動でした。私にも純粋な心がまだ残っていたのでしょう?子供達の純粋な言葉は胸に響きます。この気持ちをいつまでも持ち続けてほしい!が、集まった大人たちの気持ちだろう。
 最初の卒業生の入場で1組の女性担任が涙まじりの入場が始まりだった。気丈な立場で臨む卒業式、卒業証書授与の生徒名の呼び出しで、その名前が涙で言葉にならなかった。卒業式も多くを見てきているが初めて光景だった。前にも仲間のSS君が息子の卒業「涙々だったやー!」と、聞いた。我が子の場合ならそうだろうけど、子供達の演出・先生?この席に参加できる機会をくれたこと、感謝に堪えない。子供のいない私が町の子供のために活動している事への「御褒美」と受け止めている。本当に素晴らしい卒業式を「ありがとう!」です。式の終わりに卒業生が「もう二人志中を卒業する人がいます」、サプライズである「中村校長」と「あさお先生」で生徒から卒業証書が贈られた。話だと志中の伝統らしい?定年退職ということである。
 今日は歌津に「田束山のつづじ」のシンプジューム・パネルディスカッションに午後出掛ける予定です。南三陸町での人との出逢いを楽しんできます。
 19日は今度「志津川小学校の卒業式」に参加します。昨年も参加したが今年は立場がチョット違う。また別な感覚で南三陸町の子供達を見つめていきたい。

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2010
03/05

津波の爪痕


津波の爪痕が長期に影響を及ぼしそうだ!カキの1年2年後の稚貝からの養殖にあたり、3年で大きくし出荷しているカキの生産者の苦痛に満ちた顔の蔭には「落胆」の表情が伺える。
 行政にはこの深刻さは海の関係者、漁業者にしか解らない部分がある。バクチ的な要素も多々ある海の資源、市場価格の動向に左右され、自然の異常気象・天災には、漁師も為す術がないのが現実です。
 昨日は県会議員・国会議員が南三陸町にも、津波災害の視察に現場に出て状況を見て回ったという。前議員の方からのアドバイスで「会期中だが町議会でも現地(海)に視察をやった方がよいのではないか!」と言われた。他の議員からの話だと、警察のほうで「現場がまだ混乱しているので許可が出なかった」と話していた。議会でも「早期の現場被害の状況を町でも把握する必要があるのでは?」の質問に、町長は「職員の生命を守る私には義務がある」旨の答えだった。漁民は「大津波警報下」では漁具・船舶の被害防止処置に陸地で動き、「津波警報」から「注意報」になった時には、会場で養殖施設の確認と対処に臨んでいた。「私が行きます」との行政関係課長の一人の勇敢な行動があっても良いような気がする。まして2日からの議会でのやり取り、行動は取れるように思うが町民・漁民のみなさんはどう思いますか?現実には漁業者の被害は2億とも3億円とも言われています。
 起業家への町の支援補助事業が沢山ある事を、行政に入って初めて知った。行政職員の新採用情報も上部はとっくに把握し、適材者を剪定している、そんな募集のあり方も不思議に思う。まさに関係者・仲間の優遇がそこにはある。公平・透明・平等はあるのだろうか?広報に示してあるというが、議会での説明を受けても理解できない部分も多々あり、仕事・生活など明日に追われている町民には、利用は難しいと私は大いに思った。
 今週に気仙沼市の広報に「市職員臨時雇用募集」なるものがあり、まだ募集期間中にもかかわらず、「終わりました」と言われた!との事だった。5日の〆切・試験とも聞いたが、ここに行政の蔭の姿があるように感じる。
 今「ペット損保」なる会社が一部?上々に株式を公開した所、予想の2倍の値が付き「一株4千円」で、初公開になったという。新しい分野への起業の始まりがある。ペット社会の進む中で、子供の15歳までの人数とペットの数が同じとの報道に「えっ!」と絶句、たしかに自分の周りにも多いが、ここまで来ている「ペットの家族化」。子供がいなくても心の癒し・空いた空間を埋めてくれる。男性に魅力が無くなってきているのかなー?
 起業するには安定まで2・3年掛かると先輩に言われた。始まりが遅くなればなるほど、緊急な将来への可能性は減ると思う。
 とにかく勉強・学習・人を見て学ぶ日々が続いている。

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2010
03/04

長ーい一週間


津波の被害が「我が町」では志津川湾の内湾に集中した。湾の入江に向かう津波は増幅され、湾入口より大きく影響を及ぼす。ワカメがこれから中盤という中での被害は漁業者への痛手は計り知れない。カキも吊り下げられた5割から多い所では7割が落ちたという。施設の処理に追われるここ数日です。
 次の朝は大雪となり、津波の被害への処理活動の障害ともなり、水産業の停滞に拍車が掛からない事を願い、行政・国からの支援活動を行っていきたい。
 28日の交通網の寸断もあり、今後大きな問題となっていきそうだ。45号線の冠水による、横山から・米谷から・気仙沼からの侵入は、警察の規制線によりシャットアウトされ、午前中に南三陸町から出掛けた人の足をふさいだ。戸倉の海岸線は勿論出入りが規制された。気仙沼線も一日運休となり、「大津波警報」と50年まえの悪夢の再来で、町の中から人影は消えた。
 我が社の従業員も雪で倉庫が倒壊したと、昨日休むとの電話もあり、至る所に影響となっている。
 「高校無料化」へ参議院で法案通過が計られる。3人の大臣が遅刻で、桝添が「参議院をなめているのか!」と激怒、前原・千石・原口の3大臣陳謝、原口総務大臣は「ツイッター」の更新を8時52分にしていた。記録により議会間際までの行動の証拠となった。多くの会議があるのだろうが、本会議の時間ぐらいは秘書がいるのだからなんとかしてほしい。高校の授業料の12万を公立高校への生徒支援、私立は12から24万だという。経済低迷での家計には大助かりだが、「あまえ」とならないか?、意欲の低下が懸念されている。
 ではこれぐらいでご勘弁をいただきたい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:18 】

2010
03/03

志高卒業式


3年続けての3月1日の母校「志津川高校」の卒業式に、志津川情報センターといて出席してきました。同級生の子供さんや顔見知りの方々の出席の親の姿があり、子供がいない現実にチョット残念に思いました。里親制度・養子をもらう等と、今後の生き方や町への貢献にも、思案した一日となりました。何かするにも先ずは相手を見つけ・説得し、自分にあった生活スタイルの構築を考えたいものです。
 チリ地震津波から丁度50年目を迎えようとしていた、矢先の今回のチリ津波は、水産業の被害は内湾に被害が集中しているとの情報がありました。漁協・行政で調査中との事でした。漁民は普通の状況でも大変な今の生活の中で、更なる苦悩の今後1・2となるようです。行政の各方面からの支援や協力をお願いしたい!しかしながら財政難から、政府の災害指定での支援助成金頼みである。
 国の予算が92兆となり、その内「国債」が44兆円超という。経済の困窮・不景気で税収の落ち込みに、借金をあてる政策です。今後の見通しはどうなのだろう?この不況からの次年度が脱出できなかったら、また44兆の予算の半分を国債という形で借金するのか?地方自治体・国民も我慢する事をしていかなければいけない時代になっている。
 朝の解説に、年末に政府で決まった予算は通常総会で、今議会での議論で討議されても変わらないのが現実という。ある議員の方からきいたが、町の予算も議論して変わるものではないが、使い道・額などが適正に示されているかを、問う会議だという。行政の出した予算書どうり粛々とすするられる物と知った。
 チリ国での混乱が毎日のように伝えられている。震源地付近の小さな漁村が15メートルの津波を受け、壊滅状態という報に驚きを隠せない。300から400メートルの陸地まで一揆に波が押し寄せたという。その後の跡形もない姿が、今回最悪の私のシナリオにはあった。「命があればなんとかなる」である。
 津波がありオリンピックの又の偉業が隠れてしまっている。スケートの「パシュート」である。田畑・小平・もう一人?そして補欠に回った最年少の高木選手、100分の2秒差でドイツに敗れた。スケート競技初の「銀メダル」です。一生懸命頑張ったから、涙・悔しさがここにあります。
 政府機関に「観光立国推進本部」なるものがある。ゴールデンウィークの春秋への分散が検討されている。町の「観光立町」も今年が正念場となる。まずは水産業を守る事から!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:02 】

2010
03/02

水産業に大被害


日曜のチリ津波の状況が少しづつ解ってきた。
 陸上生活の私には見えない部分で、テレビでの報道から見えてくるものが全てだった。岩手の久慈や宮城のリアスの海岸線に大きな被害となり、映しだされた。
 ビデオでの平磯地区の津波の状況も記録したものの、1.3メートルという今日のテレビでの記録発表、画面でも街への被害は南三陸町にはなかった。しかし、海の海底や波の流れでの状況は、目で見える範囲では理解しがたい部分である。50年前の「チリ地震津波」を想定しての、現在の堤防で堤防には会社もあり大きい津波被害だったと聞く。
 南三陸町の海の状況は漁民に深刻な被害となっている。友達から聞いたがワカメの養殖の縄と浮きが津波で流され、一つに固まり「ゴチャゴチャだ!」らしく、カキのロープも海底で津波にあおられ流され、吊り下げたカキも落ち、又イカダやロープが絡み合い、酷い状況だと言っていた。今年のまだいいが一年もの二年のもなどの来年再来年になると影響が現れてくるという。
 テレビでも言っていたが、昨日から片付け方に追われているという。今年はカキなどは半分以下の収入しかないだろう?と漁民が壊れたカキイカダを見つめて言っていた。テレビ局が漁協に取材で来て、漁民の後処理風景をカメラで撮影し取材していた。
 津波被害は南三陸町の疲弊に拍車がかかり、益々厳しい財政と町全体の生活の落ち込みになりそうだ。こんな形での「南三陸町」が全国で報道される事は、「津波の町南三陸町」を観光面で、皮肉だか「宣伝」となっている。
 地元の産業の根幹である漁業、第一次産業の町としての救済活動、働きかけを国・県に行政が町長率先により、早急に動いてほしい。津波対策本部は私の電話した6時44分の後、7時に立ち上がったと聞いた。遅すぎる!
 今日から議会が始まるが、行政の対策と現状報告がなされるだろう。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:44 】

2010
03/01

大津波警報


28日町中から人の姿が消えた一日となった。私の地区に海岸から100㍍とあり、3㍍と予想される津波により地域が自主防災で一体となり避難した。
南米チリから17000キロの日本南三陸に津波が押し寄せる。50年前の記憶が50歳以上の皆さんの脳裏をよぎる。142人が死亡した「チリ地震津波」である。1960年5月24日私の4歳の誕生日の出来事だった。何気なく家族で上の山の高台に逃げた記憶が、うつろだがある。遠く黒崎の海岸に津波が押し寄せたような?
 町内の全て水門が閉鎖され、消防署・消防団の消防車が町中を巡回、高台に逃げるよう広報して走っていた。本浜地区は津波到達時間の1時間前の、12時30分には地区から人並みは消えた!こんな本浜を私は見たことがない、全ての家が戸締まりされ、6時を過ぎてもその状態が続いた。7時を過ぎた頃やっと「大津波警報」が「津波警報」にかわり、地震の専門家はまだまだ油断はできない、警報が消えるまで避難を呼びかけた。
 高齢者を抱える私は弟に87歳の両親をあずけ、地域の逃げ遅れや避難先を聞いてまわった。親戚の家々に身を寄せる方が多かったなかで、独居老人の方を区長が確認、避難場所・経路を支持して廻った。
 荒島とデベソ島で大津波の行方を見守った、到達の1時30分には多く人がこの近辺に集まり、海を見つめる姿がありました。潮位の変化がないので、本浜に出掛けると人っ子一人いない道路があった。昼間の2時過ぎこんな光景を初めて見た。袖浜から荒砥への中間に位置する「深田地区」、平磯の港を一望できる場所で同級生と話しをしながら海の状態を見ていた。
 3時ごろ大きな潮位確認と消防の人が叫ぶ、沖合の3つの岩が隠れ、海面に異常な波を確認、一つの堤防が徐々に隠れていく(写真)、船は波に振られ左右にと向きを変え、次に船上げ場にも海水が上がる、もう一方の高い堤防も半分まで水かさを増し、沖のテトラポットも消えそうになった。10分程度の急激な干満の差を目で確認した。
 南三陸町で1.5㍍の津波発生とテレビで報道されていた。その時が最大だった気がする。新市場に海水が上がり・本浜地区の低い道路にも海水が溢れ・袖浜のかき剥き場は完全に冠水した20㎝位とテレビで見えた。
 以外なのはサンオーレでの大きな潮位の変化がなかったのが不思議だった。4千人以上の避難者を町が確認、指定の避難場所へ町民が逃げた。志小体育館にも50人?と夕方のテレビ、助作の高橋先生が当時の津波の記憶と、津波は洪水の様に襲って来たと話された。
 何も無かった事が一番で、避難は大変だったものの津波襲来が無かった事を喜びたい。「潮位計」「検潮地」のある場所の津波の潮位が全国で流れたが、1㍍50㎝も記録した「南三陸町」が何処にも出てこない事に不思議に思った?
 町の観光イベントの「かき祭り」やマルセンさんの開店にぶつかった。この損出の計り知れない。しかし、津波の襲来が無かった事が一番です。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:04 】


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