ARCHIVE - 2008年05月

2008
05/31

6月です

明日から「衣替え」となりますが?
 当地方は今月初めは気温とは大違いで、ここ1週間は10度前後で気温は推移して、4月上旬の温度に逆戻りと言った感じで、しまおうとした衣類をまた引っ張り出して着ているしまつです。
 6月から「衣替え」と同時に、「住宅への火災報知器設置」「シートベルトの後部座席の義務」など新たな制度が始まります。そんな中で高齢者「紅葉マーク」の事故が全国的に発生していて連日のようにテレビで放映されています。多いのか?過剰報道なのか?疑問に思いますが。
 とにかく「寒い!」明日からこの地区の「中総体」が始まりますが、今日は雨ですが明日の天気予報は「曇りのち晴れ」是非日程どうりの開催となるよう祈ります。また「JA朝市」が本店駐車場で明日から毎週日曜日に開催?されます。早朝のテレビで政府の方針に「農商工促進連携」に力を今後注ぐとの報道がありました。地域の活性化は国に制度改善や生産者直の補助など、行政主導では現状把握(現状の厳しさはデスクワークでは真実はつかめず統計やデータのたよる指導配分等)は無理ではないかと思います。現場の人々がもっと「声わ上げる!」ことの必要性を感じていただきたい。
 今「我が町」は様々な変化をとげています「銀鮭・牡蠣のブランド化」「都会の人達が町の自然に集まり移住・小規模店の経営」「若者達のUターン組の新しい企業」など・・・町の素晴らしさを実感し、家業を真剣に継承を考え、町の新たなものへの発見・挑戦そして企業としての経営などを模索しているような「ちょっとした動きを肌で感じます!」今が大事な分岐点なのかもしれません。
 町全体を考え「町民一致団結して!」若者の可能性を後押ししていきましょう。高齢化が進んでいても、山の幸・海の幸を食してきた「我が町の敬老人」はまだまだ健康で元気です!
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2008
05/31

6月です。

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2008
05/30

公開

今週の多忙の中、公開授業を見に母校へ。
 先週の21日から30日まで実施された、志津川高校の町民への授業を公開、中高一貫の理解を状況を見てもらおうと行われた。
 自分が在席していたのは、かれこれ37年前になるかなー?高校が上山から今の志津川町内を見下ろす高台に移って間もなくの頃だったとおもいます。
 現在も35年以上経っているけと、全然変わっていません。二階建てのバスケット部と剣道部の体育館ができたぐらいで、当時の雰囲気を味あわせてもらいました。
 少し私の在学当時の事を話せば、家業と学業の両立の「2足のわらじ」状態でした。遅刻早退カードは年2枚(両面使用)をクリア、高校の裏側からゲタにての登校。桜のあの坂を歩いたのは1年の3分の1で、1時間目から4時間目の遅刻は普通で、あげくの果ては5時間目の体育と6時間目の道徳なんていう日もありました。よく卒業できたなー?3年の阿部先生にはご迷惑をおかけしました。
 もとに戻って、授業風景はたまたま女性の先生の授業中でしたが、先生と生徒の間には距離は感じられず、楽しい雰囲気のなかでの授業でした。当時の先生も堅くない先生の授業は楽しく「眠気」も起こらず集中できてた気がします。ジョウクもなく・教科書のみの授業は退屈で疲れている時などは8割は夢の中(当時の自分)で、3教室の授業を参観した感じは「現代の授業」と思いました。先生も生徒も今の世情を映し出すかのような授業風景と察しました。何十分の一しか見てはいないものの、生徒の状況は「我が町の荒れた時代」からの脱皮したと捉えました。一時期は中高の「目つき」で「言動」で大変な情況下と観察する事ができました。高校も生徒も進化途中でかね!?
 やっぱり我が母校の事を書くと長くなりました。中高一貫教育のモデル校として、県下・全国に志津川高校ここに有りと伝えていってほしいです。教育機関・校長・教諭の方々よろしくお願いします。(合唱コンクールも見たかったー)

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2008
05/29

雑草

雑草のように生きなさい!
 昨日の葬儀の弔辞で、今後の行動の力となる言葉をいただきました。同業の奥さんのご主人の逝去にあたり、お孫さんの「おじいちゃんへの弔辞」の中で、お前は雑草のように踏まれても踏まれても立ち上がれる強い人間になりなさい!と常々言われていたと、中1の函館ラサールに入学し、両親とも医師でその道へ努力して進むんだよ、と祖父が語り聞かせていた「言葉」なのです。
 道ばたの「雑草」は本当に強く、自然に普通にある雑草に視点をおいて、子どもを指導する。やはり故人は勉学には強く志を持ち、80歳過ぎてなお学習意欲を持ちつづけ、通信教育を含め3つの大学を卒業していると聞きました。またひとり我が町の知識人を亡くしてしまいました。
 自分の事しか考えない人間が多い中、先人の人間全体、平等に人を思う町の重鎮とも言うべき、人材は少なくなってきたし、そういう人間はどういう訳か、早くそのその思いを達成することなく逝去されてる現状が、今の町にはあります。その重鎮と言われる方も「お年」には勝てず、日々の生活をのんびりと過ごしていられます。「長い間ご苦労さまでした」。若い人達が発奮しないといけない時代になりました。
 この時こそ、「ダメなものはダメ!」と言う勇気を持ちましょう。そして、失敗してもそれを糧として、雑草のように信じた道を進んで行きましょう。(流される人生なんてつまんないから!)

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2008
05/28

葬儀会館

ここ2週間で「焼香」に4回、多すぎます。
 昨日は同業者のご主人が逝去され、御焼香に友人と行きました。町には現在、葬儀社に「葬儀会館」があります。なかなか自宅が狭く弔問客の数が入れない・いろいろと台所とお世話する人が必要・親戚が少ない・墓地は地元だけど家がない・等々・・・の事情で「葬儀会館」を利用する方が増えています。ここにも町の現状が伺えられます。
 最近焼香した方々の状況は、聴く所によると前日まで元気だったのにとか、あと2.3日で退院とか・こないだ病院に行って異常なしとか、なんでもなかった人の「突然死」のような話しを聞きます。原因は様々ですが、脳梗塞・心筋梗塞が突然死のようです。ガンで亡くなる方も依然と多く、入退院を繰り返しての逝去、そして原因不明とか難しい病気も有るみたいです。
 私の両親も84歳、いつ逝っても不思議はなく、毎日のように心づもりはしています。突然の死去へのショツクへの回避と、そうなった時のその後の身の回りの把握が大切だからです。両親もよく言ってくれるのは「何もしなくていいから」「書類はこのカバンに入ってるから」・・・予期しているかのようですね。残った息子には迷惑をかけたくないからと判ってますけど、ちょっと悲しい現実ですね。
 今日も、葬儀はあるし、従業員は雇用主の多忙とは関係なく事情で休みください!2人も、早退したいです。と!また眠れない日が明日から続きます。経営者能力の不足!タイミングの悪さ?どさらとしても待ってはくれないだよね、お客さんも仕事も。こっちもタイミングかな?

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2008
05/27

スポーツ

高体連・中総体・スポ少・・・花盛り。
 昨日の河北新報に「我が町」の関係あるスポーツの活躍が沢山掲載されてました!
 まず一つ目は野球です。歌津出身の気仙沼の小野投手です。ゴルフ仲間のOAさんの息子さんです。地区大会予選を好成績で県大会へ、一回戦は仙台2高に4対1で完投勝利、2回戦は優勝候補の東北と対戦0対7とコールド負けはしたものの、バントや盗塁でかき回されての敗北、9人のチームワークのスポーツで一人では勝てない、安定したメンバーが揃っている所が勝ち抜いていくみたい。残すは「夏の甲子園大会」経験を生かし頑張ってほしい。その他にも仙台商業に志津川出身者がレギュラーに二人、1年生の高橋・阿部選手がいます。今後の活躍を期待したい。
 二つ目は志津川高校の陸上部、三浦俊光コーチの元、インターハイに多くの選手を志高から送りだしています。昨日の新聞には県高校総体陸上の「女子巾跳び」で佐藤朝香さんが5㍍47で初優勝の記事を見つけました。県一位です、なかなか大変な事です。インターハイは御褒美ですね!
 三つ目は、戸倉中に10年前に教諭として初めて赴任地となった「大山佳世さん」現在は名取市連盟に所属35歳が、女子剣道県予選で見事2連覇!との記事が写真てきで載っていました。こんなに凄い先生が剣道部のない戸倉中学校にいたのです。私も数回の手合わせをしましたが、男まさりの身体の筋肉で形もしっかりしていて、やっぱり強い剣士は基本が成っていました。9月の静岡での全国大会では是非とも頑張ってほしいです。 
 やっぱり目標は地区優勝ではなく、県一を!全国制覇と一番上を狙って下さい。スポーツ選手のみなさん。チャンスのその時折々だけの1回だけですから!

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2008
05/26

蕎麦2

昨日の「蕎麦」の題名が出てくるまでにブロクの予定字数を使ってしまった。
 土曜日に前から気になっていた「蕎麦の店」、店名は忘れてしまったけど?そこに出かけてみました。ひころの里の坂を上る途中のちょっと手前に「手作り看板。入ろうとすると「休み!」がっかり。でも車も止まってるしダメもとで、手作り風のお店の玄関を開けると、奥さんの笑顔でのお迎え、「終わったんですか?」の問いに「3食まだあるけど、今夜の食事にあてようと閉めました。」との答え。2人なら大丈夫ですよ。と「本音」の会話に嬉しくなりました。
 旦那さんと二人三脚で蕎麦とコーヒーの店をオープン!というか、好きな事をして楽しく人生を送っているという感じでした。世間の欲と柵のドロドロして喧騒の中から、この「我が町」にたどり着いた。って感じです。作りかけの玄関、自宅は自然の木を使った「アンティーク」なデザイン、同席したお客さんも気さくな方で、店主さんとは友だちで私たちとも快く会話してくれました。
 また、草内山で養豚業をされていて「写真家」のS氏とも、店主さん・お客さんも大の友だちと聞き、なるほどと納得。生活するにもS氏のアドバイスを影響を大きく受けています。と話してくれました。店内にはジャズの音楽、SGさん今度、腰痛の癒しに「蕎麦とジャズ」はいかがですか?Gさん夫婦とも会話がきっと会う、ご主人と奥さんですよ。
 小さい町の喧騒から離れての、ギスギスさを忘れさせてくれるスペースでした。
 また身の回りに不幸が2件、今週も忙しくなりそうです!

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2008
05/25

蕎麦

伊里前小の運動会は晴れてよかった!
 日曜の今日は朝から雨模様。毎年この時期の小中の運動会は雨にたたられ、順延順延が続いて学校関係者の頭を痛めさせていますが。今年は予定通り5校とも無事に開催となりました。どこにも子供たちの笑顔がいっぱい有り、ご両親の見守る眼差しがそこにはありました。
 潮干狩りも今年最後になりつつあります。今まではなかった地区での開口の形をとっている事を知りました。伊里前・寄木・泊浜など、浜の管理自然を守っている方々への、自然の恵みのように感じます。昔は海のアサリ・ふのり・まつも・つぶは海岸には豊富にあり、こどもの「磯狩り・磯遊び」は自給の食糧・おやつの調達の場所として、磯場で自然とふれあい・体力基礎の強化の場だったような気がします。今は親が学校がそういう時間を作ってあげないと、なかなかそのような所に行かなくなり、また行けない環境にあるのかもしれません。
 現在「ウツ病」の患者が10年前の2倍、77万人に達しています。それが20代30代の働き盛りの人がウツ病を発症していて、働けない・家族を養えないなど、様々な状況に追い込まれています。治療は十分な休みとクスリ等の治療で改善されます。また、自分の症状をコントロールしていく必要があるそうです。それには家族の理解協力と、自分の今の状況を早期に発見し医師に相談する勇気を持つ事だと思います。
 こどもの頃から自然と親しみ、運動を通して話せる友を作り、心穏やかな状況を自分が周りがさせる環境づくりが大事だと思います。ウツ病は「心」の病気じゃなく「頭」の病気なんだそうです。やはり早期診断と治療ですね。(自分も色々有りすぎ考え過ぎて「頭」の病に侵されてかも知れない?)

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2008
05/24

避難訓練

朝から取材で大忙し!
 今日は私の誕生日でもあり35年前の「チリ地震津波襲来」の記念日です!朝6時5分の津波避難訓練の始まりです。空には防災ヘリコプターと取材ヘリが飛びかい、避難時のあてられた上山緑地公園には、消防関係者とボランティアの町民の方々で埋め尽くされました。その中に避難協力として志津川中学校の児童生徒が、車椅子・担架による避難訓練に参加していました。
 避難訓練参加の町民がぞくぞくと避難場所まで、急な坂を上り部落ごとに別れ避難訓練に同調していました。少しすると、町長と職員・自衛隊・消防団・町民・中学生の大行列です!議会で一人の議員の方が、昨年に町長への質問で「入谷中学を動員しての避難訓練は町長のパホーマンスではないか!」という質問があった事を思い出しました。今どきの中学生は誰かの主導じないと動いてくれない傾向にあると思います。津波の恐ろしさを忘れないようにする啓蒙は、語り継ぐ上で必要な事とおもいます。町は「チリ地震津波」を観光の一部にすえていますが、なんでも有り!はどうかと?
 私も実は津波経験者で当時5歳でした。津波以降の五年ぐらいは、地震の度に避難・避難訓練にも必ず参加していました。しかし、ここ38年近く旧高校に避難した記憶はなく、両親も同様かな?(母は部落の人々とついこの間まで避難してました)
 今日の上山避難所は凄い、関係者の多さにビックリ、炊き出しの人・消防関係者が避難してきた人と同じぐらい動員されていました。町民の意識も低下している現実がそこにありました。50年には一度必ず「大地震」「大津波」が起こると気象庁では警告していますが。私もそうとは思います!
 その時は真っ先に私は逃げるでしょう!?しかし、私には守るものは両親だけで、がむしゃらに生きる事への気力は低下しています。自然災害、その時はみな一緒なんだからと考えてます。
 生きると言う「支え」が「今は欲しい!」   (愛が。笑って)   今日は20アクセス誰が?

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2008
05/23

日記帳のようにブログのパソコンに毎日向かっています。
 52歳になろうとしている最近、昨日あった事を思い出せない事が多々あります。そういった「自分の生きた証・軌跡」を記録しておく目的でブログを始めました。
 自費出版(購読料もありますが!)「マイタウン誌」を発行により、町の動きを知ってもらいたい!町民の私たちはもっと町を色々な角度から知らないといけないんじゃないか?との思いを「町民のみなに投げかけたのですが?」あまり反応を感じないのですがどうでしょう。もう平成15年8月の第1号発行から次号で第20号(平成20年6月発行予定)になります。自己満足もありますが、もっと町を周知していただきたい。発行を楽しみに毎回見てますとの応援も一般の方からもらい、続けてて良かったんだとの実感を得る事もありますが、対価を得られないままの自分の自己資金資出も会社経営を圧迫してきています。(発行中止も視野に!)
 でも、なんでも続ける事の大切さをスポーツ少年団の子ども達にも「継続は力なり」と説いてきましたけど、「もういいかな」って感じです。
 平穏に見えてる生活の中に、将来を見据えた人生を模索しつづけています。自分の家庭・子どものいない今後の生き方を「もう決める時期」にきているのだと、ちょっと焦り気味の気持ちです。一度とかない人生、周り「しがらみ」も後少しで全て解消できそうです。自然と生きたい気持ちが募ってきている今日このごろです!(笑って!)

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2008
05/22

中総体

4月の新学期が始まり2ヶ月がたちました。
 この時期になると私の中学校通いがはじまります。中学から親の指導もあり「剣道」の道に入りました。周りからはあの先生の息子、強くて当たり前のような目で見られ、それなりに自分も努力して、早くから選手のメンバーに選ばれました。当時は1つ上の先輩が8人いて、同級生が10人ぐらいの5人の選手の代表になりました。自分の6番目で2年に補欠になり仙台の県大会に連れていかれた事今だ当時の「剣道漬け」の生活でした。それなりに楽しい学校生活でした。
 このような部活を楽しんだので、その恩返しのつもりで顧問の先生のお手伝い感覚で学校に行ってます。今の子どもたちは体格にも恵まれているのに、身体が弱い、昨日は選手が2人しか練習していなく、残り3人は足の亀裂骨折・体調不良・・・で休み、来月1日が中総体で3年間の剣道生活の集大成、練習もできない「悔いを残す」ことが試合への思いが今後の後悔にならなければイイと思いますが? 自分は多くを「剣道」から学びました。一生懸命やれば結果がついてくる!失敗をバネにして経験から強くなれる!自分一人では生きられない「団体活動」の大切さ・人と共に何かをする事の必要を知る・・・・など多くの事をまなびました、子どもながらに、出も気づいたのは大人になってからです。今なにもわからず、がむしゃらにスポーツしている子ども達にその事を伝えたいのが本心です。
 勝つ事・負ける事から色々なことを学べる!でも一生懸命に活動しないとそれは得られない。泣き笑いがそこから生まれてくる。それはこれからの自分の人生に大きく影響される事です。家族で応援してやって欲しいとお願いしたい。
 今日も4時には仕事は従業員にまかせて、恩返し学校にしないと!

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2008
05/21

情報依頼

地元民は地域の情報に飢えているようです。
 昨日も情報取材依頼がありました。町防犯協会の総会という事で6時30分の警察署3階での会議でした。携わっている人々は地域の代表として30名が集まってました。仕事が終わってからの集まり、そしてボランティア、この時間しか空いてませんよね!多忙故、町長・署長の祝辞はなしで総会が進められました。支部長の勇退にあたり新支部長選任の場面での、取材退席させてもらいました。
 町の色々な団体がありますが、参加されている隊員・会員の年齢の高齢化が進んでいるように感じます。若者の参加と交代を促進する必要があります。確かに30から40歳代が少ないのも判りますが、積極的に参画していないのもたしかです。自分たちの町です自ら構築していって欲しいものです、また勇退という形をとり世代交代の促進を図り「我が町」を考える事も必要かと!(ただ30~40歳世代は生活に追われている地元の状況もありますけど!)
 若者から高齢者まで取り巻く生活環境は益々厳しく、5人に1人が高齢者(65歳以上)・基礎年金を消費税で賄うと18パーセントになるそうです。14歳で硫化水素自殺「毒ガス注意」だそうです。赤ちゃんポスト(熊本の産科)隣県から17人の幼児が置いていかれた(5~3月)。物価の上昇、マヨネーズ14%値上げ、日本製紙のティッシュ等は2~3割りの値上げ(自社に取っては影響が有りすぎます、それでいて加工代は20年前と変わらないどころが、去年までは過当競争の中「下がり続けた」と言う屈折した状況でした)。賃金の低下・職場不足など問題山積している我が町です。 
 いやな事ばかりが頭の中にあります。また自然に癒されてこようかな今日も?!

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2008
05/20

不安

昨日は自分のブロクが22回誰かに鑑賞かれてる。
 自分は「立ち止まるのが怖い」人間です。だから悩んだり・考えたり・生活がストップする事が凄く不安になります。話すことも苦手ですし、説教する柄でもなく、まして経営者なんて将来にはありませんでした。なにも責任を持たなく、ただ人を自分なりに否定したり肯定したり、している方が楽に生きれると思いながら生活きてきました。
 今日のこんな雨の日は、益々気持ちがめいってしまいます。毎日がすがすがしい青空のもと心地よい風を受けながら、「晴耕雨読」が今の自分の将来の生活の形と夢みています。いろいろな煩わしさから離れ自然に自然と生きれて死ねたら最高の人生かも?
 また、こんな事書くと友だちが心配するかも?連休から続いていた多忙から解き放たれた、瞬間が今日で色々な事考え始めています。人に異性について説いてた自分が、今は恥ずかしく、自分には喜びも悲しみも共に共有できるパートナーは見つけられない気がいましています?!
 自分の世界の小ささと視野の狭さを今実感しています。心と心が通じ合うことの難しさ大変さを又思い知らされ、こんな憂うつな日はじめじめと身体の心まで伝わってきます。
 サメは動かないと死んじゃう?俺も人間だけど同じかなと思いました。
 またこんな「作家きどり」で文章をだらだらと書き込んでしまった。「人間は悩める葦」なのです!やっぱり。今日は何をしようかな、動いてないと死んじゃう!?
 

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2008
05/19

試練

仕事の多様化・減少と試練のみの将来です。
 今後も見ると新たな仕事の発生は望めず、新しい事業にも同様の事業を進めようとする、町の有力グループの動きがあり、自社のような弱小企業では競争するにしても、30対1ぐらいの戦いです。武士は負けるのが判りきってでも、立ち向かう勇気を持ち備えている(剣道精神)。ただ討ち死にするのはあまりにも悔しい!どうせなら相手にも刀傷のひとつも、見舞ってやりたいのが自分の生き方のスタイルです。「目には目を!」の考えです。
 週初めから物騒か内容ですみません。会社の体形も新たにしていかなければならないかなと考えてます?1月からの新事業の展開の誤算から、余計な経費の出費を余儀なくされました。会社での出費ではなく自己の損失に組み入れてます。自分の資産などなく小額の積み立てを切り崩しての自社経営です。人員削減も視野に入れての方向です。人を切るのは簡単ですが、従業員の一人ひとりの会社への思い入れ、努力から判断していきたい?
 昨日は親友の一夜の恩義返しで「一宿」の楽しい一時を共有できました(5時間も大宴会を駅前で)また、町内の行事がめしろおしで入小・歌中とカメラ撮影、さすが「歌津のツツジ祭り」に田束山へは無理。でも親友を入谷の「龍門院」という童子山の麓のお寺まで送っていきました。そこに昔のままののどかな頃の「我が町」発見です。いなかといった感じで、田植え作業とため池では蛙の鳴き声、のんびり動いている時間に心が癒されました。
 ぎすぎすした・ドロドロした小さな町の自己利益のみと、クループのみの私利私欲の世界から「一時」でもその戦いから抜けただせた、「瞬間」なのでしょう!?別な意味で良い物を得る機会を彼からいただきました。 あ・り・が・と・う!

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2008
05/18

運動会

昨日は2校の運動会が開催されました。
 歌津中学校は明朝の雨の為、早めに中止を決めたのか?出掛けてみると誰もいなく、校庭には運動会の万国旗がたなびいていました。せっかくなので、18日に開催予定の「歌津つつじ祭り」に上ってみました。祭りにあわせた田束山への道路は16日に開通式でした。歌津のまちから普通に行っても15分前後で山頂レストハウスまで、随分近くなりました。しかし新道から田束山道に入ると道は変わりなく、山を縫うように続くつつら折の坂はさすがに、車の運転は大変で慎重になります。
 レストハウスからの山つつじの群生は今一!花芽が3分と眼下の太平洋は霞がかかり、つつじ越しの大パノラマは見る事ができませんでした。でもすぐ下は見頃の状態、前日にもかかわらず多くの車がつつじを求め山頂を目指してました。
 山頂は地区民の方々が今日の「祭り」に備え・竹を立てたり・登り旗を掲げたり、多くの人手が見受けられました。町民の手で作り上げてる事を実感しました。ただ気になったのは「若者がいない!」
 志津川小は清水・荒砥の統合合併により、盛大な運動会となりました。車の数・人の数のビックリ!天気が良いせいか、多くの家族連れが応援に来ていました。戸倉小も子ども達の応援・声援が響きわたり、父兄の方々のカメラ・ビデオに我が子を収めていました。
 18日今日はまちがいなく歌中は運動会、子どもたちが多くの思い出となる事をいのります。
 同級生の「スナックわがママ」頑張っているそうです。「居酒屋IRくん」のんびりしていられないよ!昨夜の人数じゃー?決まり切った町内のお客さん、よそに行ったらその分減るのは判りきっているし、まして友だちが「飲み屋さん」飲む友だちも同じなんだから、貴方も「若い女」を入れたりして、お盆の帰省客の取り込みの努力しないと!今から準備しておかないと遅いぞ、「負けてられるか!」と「いったいどうすれば?」とか、どんどん頭つかわないと、自分だちの身体は退化しているのだから!

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2008
05/17

恩返し

今日は親友が東京川崎から帰郷する。
 三月の叔母の一周忌の折に世話になった、SHくんが親類の葬儀で帰郷するとのことでした。
 常日頃から自分発行の「マイタウン誌」の同郷生の通信欄で、故郷に帰り何かあったら連絡下さいと話していたので「このど帰るんだけど世話になっていいか」との事「OKです。何もないし、宿泊だけだぞ!」と返したら「それでイイ」との返事でした。
 6時30分の気仙沼線に迎えに行き、今日はビールでものみながら昔話でもしようと思います。彼とは高校時代に自分のパチンコで取った景品を貢いでやっていた、その頃からの付き合いです。東京へ就職して、帰ってくる盆正月には必ずハメをはずし飲みあかした友です。
 3月右も左も判らない神奈川を、イイ店ないかと遅くまで物色し廻った、気の合う同級生です。今日は大接待してやるつもりです。明日に影響がでないように?!
 また2.3日前、近所の同級生IRさんの母親が逝去され、焼香に行った際に30年ぶりに彼女に会いました。3軒隣なのにほとんど会う事がなく、互いの大きな風貌の変化に驚き、でも同級生でした。
 我が町でも葬儀に関しては家庭の事情等々から「3日で全部終わらせる」という風潮になってきました。彼女も同じで弔問に訪れるお客さんの対応に追われていたのが現実で、1分ぐらいの対面でした。
 昨日の疲れがとれない!今日も小学校の運動会が町中であり取材で忙しい。でも友との夜の自分への御褒美のためにがんばろう。

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2008
05/16

記念日

地域に津波訓練の打合せの広報が回ってきました。
 昭和35年5月24日は私の4歳の「バースディー」にあたります。この日にチリで起こった地震による津波がアメリカのハワイを通過して、志津川湾のリアス式海岸特有の湾の形が、入江の町に高波となり襲来しました。
 まだ4歳の私の記憶には、その後で何回か起こった「地震」での幾度となく避難したことぐらいしか覚えていません。旧高校が避難場所で多くの町民100パーセントがその当時は避難してました。「チリ地震津波」を経験したからの恐怖への行動なのでしょう。
 現在毎年「津波避難訓練」が24日に開催されます。近年は町のパホーマンスとか、観光の一端としての位置づけとしていますが、どうでしょう?
 50年間に一回大きな地震・津波が「我が町」に襲来すると、気象庁は予測しているようですが?これがなかなか起こらない!「のど元過ぎれば・・・」人間という動物は忘れてしまうのです。中国四川省での大地震による被災者1000万人、またサイクロンによるインド洋でおこる台風により250万人が死亡行方不明か?など自然界からの天災が地球から「戒め」のごとく各国でおきています。人間は経験しないと行動に移さないところがありますね。
 私自身の「チリ地震津波」の現状は写真でしか見た事がなく、父親よりの屋根の軒下まで水がきた、人が流されていった、流される人を助けた・・・など話しでしか知らないのが現実です。ただ親の津波への恐怖を子が語りつがれ、また避難の必要性を説いています。 
 こういう自分も、もういいやと思って避難には参加しません?いいでしょう幼年の時何回も避難したのでから?

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2008
05/15

地域貢献

大オーケストラが我が町にやってくる!
 6月15日の日曜2時に町総合体育館に「陸上自衛隊東北方面音楽隊」の大オーケストラが演奏会を開催します。数年前の夏まつりでの演奏会も企画されたのですが、野外での為当日の雨天により中止となりました。今回は体育館ということで間違いなく開催かれます。
 隊友会宮城三陸支部のSK氏(支部長)の企画でこの運びとなりました。氏の自衛隊に対する熱意と地元のこども達に本物の音楽を聴かせたいとの気持ちが形となり実現します。
 地元の小・中・高と金管楽器の吹奏楽が本吉・気仙沼地区では盛んで、志高では県下でもレベルが高くS先生の指導の元、小中の技術アップを目指し日夜頑張っていると聞きました。
 当日は自衛隊のイラク派遣でも活躍した高機動車や装甲車などが会場に展示され、こども達の目を釘付けにし、国防の意味を考え・隊員の方々の活動を理解し感謝の気持ちを忘れないでほしい。でも戦争の悲惨さと傷付け争う事の無意味さを、再確認してほしい。
 是非、そういった文化に触れてほしい、会場は遠く足を運ぶのは大変でしょうが、町民みんなで来てくれる楽隊を盛大に迎えてやりましょう!「我が町」の町民は文化への関心が他町村から比べると関心が低いとの話しを聴きます。そんな事はなく文化協会の団体数・団員数は人口に比べると多いと思います。めったに来れない「陸上自衛隊大音楽隊」の演奏会を町民みんなで成功させましょう。
 今、5時仕事を始めます。多忙だけど「したい事を出来る今が楽しい!」です。50歳まで生きたのだからお世話になった「我が町」の今後の発展への恩返しをしたい!

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2008
05/14

親孝行

このところ黒ネクタイを頻繁に使うことが多い。
 同級生の両親の逝去に接することがおおくなりました。昨夜も同じ地区の同級生の母親のお通夜があり線香をあげてきました。ついこの間も同級生の父親の逝去にも線香を手向けてきました。やはり同級生の両親も高齢になり、天寿を全う平均寿命に達しているからでしょう。我が両親は二人とも健在で同じ大正12年の84歳です。いつ迎えが来てもおかしくないと思い、時々死について両親と会話しています。必ず通る道「万が一の時の準備」と思っています。
 私は兄弟3人ですが、両親を送り出すのは自分(二男なんだけど)の役目だと思っています。持病をもっていますが、なんとかその仕事だけは自分がやらないと!と病気の進行に留意しながら、自分の事も楽しくやっています。
 昨夜は親友と「耳ふさぎ」をしましたが、それって何?この地区の焼香の後の儀式なのですが。私はいろんな事(死)を話しあう機会なのだとおもいます。死去に接し自分を含めた家族の今後をみんなで会話でこれからを考える時間なのだと!ただとんどん酒にまかせ、話しは逸れて行くみたいですけど、二人きりのよい時間でした。
 今日は大変多忙な一日になります。機会整備・仕事の外注準備・東京の仕事・地域の仕事・・・と納期のギリギリの仕事が山住です。
 そういう訳で今日は「竹の子堀」にいけません。残念です。兄貴!明日にでも行きたいと思います。大金を預かっていますので。

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2008
05/13

死亡率

この町は人口の割りには死亡する人が多い!
 こんな話しをある先生から聴きました。(ちなみに人口減少率の一番高いのは東北秋田)その理由はなぜか?「我が町」には若者が求める安定した職場がない事で、若者が残らない。新しく町に来る人は、おいしい何かをもらえ、自分の利益がある事がはっきりしている、人々のみの移住者しかない。(しかも少数)
 若い夫婦がこの町に住みたいという経済環境を町は作っていなく、作ろうとしていないか?作ろうとの方策・思考が乏しいのか?首長・議員とぬるま湯の中の自治体職員の責任もあるのではないか!
 苦しい中で成功をおさめている自治体は全国に沢山あります。そういう所は職員全員が待ちに自分の時間を町民・市民全体に目を向け、捧げて改革しているようにおもいます。自治体はこれから益々厳しくなる社会情勢を、どうしたらこの町を住民が住み良い町に、いま変革させなければいけない事がわからないかなー!(DCはDCとして)
 この前、ある人から「イベントを企画しているだけど、首長さんの出席はお願いできまかす!」の問いに町の上部関係者が「なんでもかんでも首長が出席しないといけないんですか!」との対応だったそうです。その町の対応、実際私も上部人の「あの会社はその仕事できなから!あの会社に頼むよ。」
などと、一部の会社への自治体としての責任ある人の言葉に耳を疑いました。それはさておいて、町長が忙しかったら副町長・総務課長がいるじゃないですか!勤務時間以外でもあなた方は時間外手当があるじゃないですか。今の事業所経営者にはそんなものありません!
 今日は打ち込む内に興奮してしまい、ちょっと過激になりました。(反省)また情報が流失します。

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2008
05/12

ゴルフ

悲喜こもごものゴルフ大会。
 私が加入している同級生のゴルフ倶楽部も今年で20年を越え?大会回数も67回を数えるまでになりました。会員数は同級生が9人と10歳年上の「還暦組」と後輩たち約7名の23人前後で構成されています。職種も医師・歯科・薬科・建築関係・公務員・サーピス業・・・と多様です。
 今回の大会は急逝された会員佐々木さんの「追悼コンペ」ということで、会発足以来表彰式の場となった佐々木さんのお店にて、秘蔵のビデオ編集により昔を振り返り「若い若い」を連発、そして奥様家族も参加されての故人を偲んでの映写会となりました。
 結果は最多の優勝数の阿部くん(同級生)のブッチギリの優勝で幕となりました。
 我がゴルフ会では、「団体戦」「馬券発行」などユニークな趣向を凝らしての、プレーの後の楽しい表彰があります。今回は事務局の横暴とか?言われてますが厳正真摯な事務処理にて、素晴らしい運営のもと幾多のドラマがそこにはありました。(下手な人には商品はありませんとの前置き)
 団体戦は上位と下位との組み合わせが偶然重なり、安定成績の方に結果が出ました。馬券も勝者二人(1.2位)には配当がないという面白い結果に、会員からなんで自分を信じないの?との意見も出されました。優勝者は前日まで右膝痛で参加を危ぶんでいた阿部くんの85での優勝となるなど、最後までドキドキの大会となりました。
 こうした会を通しての人と人との交流は有意義なものがあり、ゴルフというスポーツは精神的に自分を鍛えてくれます。欲が出ると崩れたり、一生懸命無心でやると良い結果がでると言う、メンタルな競技です。スコアより楽しさを!商品よりプレーの喜びを!歳は関係ないスポーツ皆さんも是非。
 結果訂正BMのST氏は提出者のスコアミスで15位となりST氏がBMとなりSM氏がBBです。下位の方からの位置と順位の拘りへの指摘です。似たようなイニシャル、判る人には判る内場の楽しいジョークです。これからもできるまで続けましょう!

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2008
05/11

ジャズ

久々のコンサート。
 昨日も色々行動した一日でした。秋保の岩沼屋から帰り、留守してた分の事務処理とお客さまとの打合せとこなし、来週への段取りを済ませ、今度はスポ少の書類を事務局に出し、今日のゴルフの準備をして、兄貴みたいなゴルフ会のJさんと仙台のコンサートです。
 何とハードな、午前中に仙台から帰り午後に又仙台へというハード過ぎる日程です。そしてコンサートは「ジャズ」で仙台東口にある「ゼップ仙台・ライブハウス」です。しばらく振り・ライブハウス・ジャズ・そしてJさんと!全てが最近にはない新鮮で、右おう左おうのゼップ仙台の会場でした。
 ジャズバイオリンニスト「寺井尚子」を知ったのもJさんからでした。10歳年上で群馬出身、都会の人間で服装・生活・思考も「我が町」にはいない人物です。ジャズなどの音楽好き又・・・・好きの「ちょい悪おじさん」です。
 ゼップはライブハウス、アーティストによっては会場はファン立ち見での熱気むんむんにかるホールなのですが、さすがにジャスしっとりした雰囲気の中での、中高年ちらほらと若者の姿もありました。私は2.3日の疲れからか第1部は「居眠りが止まらない」状況でした。2部に入りやっとジャズを身体が受け入れてくれました。身体が自然とリズムを刻んでいるのです。会場でビールやドリンクが飲めるなどライブハウスの雰囲気を大いに体感してきました。
 寺井尚子さんゴメン寝ちゃって!彼女の波乱の音楽人生は前にブログで紹介しましたが、私はジャズより彼女の音楽ライフに共感して好きになったファンです。歳と共にきっと理解できる日が来るでしょう。また連れてってください、兄貴のJさん!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:22 】

2008
05/10

起業

小耳には挟んでいた情報が現実に!
 同級生のMくんの新たな起業に拍手と応援しましょう!昨日の朝刊に「居酒屋スナックわがまま」のチラシが入り、今日のオープンという事でした。最近はどの業種も経営は厳しく、なにかをしなくては!が経営者の悩みの種です。そんな折での彼の思いきった挑戦です。
 私自身も過去の事となった「弁当屋」、そして今の「情報誌」と挑戦を続けています。利益の追求ではあるけれど、地元の食材の発掘・発信、地元の出来事を知らせる、という「お金」だけじゃない事を判って欲しい。誰にも迷惑をかける事なく、自分がしたい事を自分のやり方・方法で、ひとりでやってきました。そして頑張れとか、素人なんだからとか、ありがとうとか!みなさんの励ましのお陰でここまでやってこれました。(いける所まで突っ走ります)
 彼の頑張りを影ながら応援します(この前のブログはごめん)韓国の料理とお酒を・・・
 昨夜は秋保で県の印刷組合の総会に行ってきました。岩沼屋でしたが、やっぱり「我が町」の民宿の料理は凄い!ちょっとしたホテルと比べても決して劣らないぐらい、量・質とも私は気にいっています。もっともっと「民宿料理」の凄さをいろんな角度から発信していってはどうですか!戸倉「松波荘」の朝ごはんの凄さ、是非テレビで放送してもらいたい。色々民宿・ホテルの朝飯食べたけど、新鮮さとボリュームは一番でしょう。男女とももしかすると食べきれない?かも。
 私への障害またあり。こんどはなにを起業しようかな、みんな楽しみにしててください。またビックリすることしますから。同級生仲間にはこれ以上迷惑かけられないから、こっそりあることにきめました!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:21 】

2008
05/09

モラル

羞恥心はにいの?
 又いろいろな事が町で起ころうとしています。このブログにも書けない・そして情報が流れでしている事の不安、見ているみんなも真剣に考えてください。
 値上げラッシュの中、家庭生活は日増しに厳しく、そんな中で「賃金格差」から「生活格差」へとつながっていってます。60歳を過ぎたら、もっと自分だけの事をしたいと常日頃考えています。
 自給自足です!「我が町」と言い続けていますが、今の状況の町では暮らしたい気持ちがどんどん薄れてきています。今まで生かされてきた事への恩返しのつもりでしたが、人間は感情の動物つくづく今後の町が怖く感じています。たまに思うのが隣町への脱出、遠い島への移住でもしようかな!です。みんな(私含めた)町民が快く暮らせる町の再編に自治体の努力を期待します。1戸でも世帯が流失しないように!町で人口が減ってるのに世帯の増えてる訳が、やっとわかりました。昨日のブログの母子家庭と核家族化なんですね。
 この毎日の快い過労での疲れが、大変重く感じるのは、取り巻く将来への不安なのでしょう。
 この間「自死遺族の会・・藍の会」の事テレビで見て、自殺により残された遺族の胸中は大変なものがあると聴きました。たまらなく後追い自殺を考えるのだそうです。当事者は同じ状況を話せる、国県レベルでの施設が欲しいと話してました。同じ悩みを打ち明けられる所が必要と!
 取り巻く状況・環境は違えども、自分は友には有りのままを話してきたつもりでしたが、全員がそうでない事に気づきました。人間不信です(自分は違うよ周りのみんながすきだから!)

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:35 】

2008
05/08

生活保護と母子家庭

我が町には母子家庭が多いような気がする。
 この件は前にも触れましたが、最近また身の回りで「離婚」により母子家庭になったよ彼女、先生どう?こんな冗談の問い掛け。問題は男性の抱擁力のなさと、女性の忍耐力のなさと、二人の子供を思った、問題解決への努力の低下ではないでしょうか!
 私も3人兄弟(男だけ)ですが、兄・弟とも父親の考えてた、みんなからの祝福による結婚式は挙げず、自分二人での考えた結婚をして、両親を呼び入れたみたいな式でした。(幸せで暮らしていければいいとは思いますが!)ただ私は結婚式は自分だけのものとは考えられず、親としての喜びを感じてもらい、親の友だちとも周囲親戚とも一緒に祝して欲しいという、両親の希望を叶えたい気持ちが非常に強く、自分の将来も考え一回目の結婚式に至りました。(このような考えは彼女には失礼かも?)でも自分のことしか考えない人間が多いせいで、離婚も増えてきているのが現状だと思います。周囲も考え・両親のことも考える気持ちを持っていたら、少しは「母子家庭」も減っているでしょう。
 今振り返り思うと、自分にもっともっと相手を包むだけの包容力と、相手にはもう少し優しさと忍耐力が、その一時に発揮されていれば、現在4人の子供(男1女3)に囲まれ毎日が苦しくても楽しい家族生活がおくれていたのかな?と思いますが、どう考えますか。
 ただ今の地域社会情勢下でのこの家業では厳しいとはおもいますが。特別じゃなく普通の生活が一番とはいうけど、自分の取り巻く環境ではそれは基本的にむりで、私生活と会社経営の両立は自分の力量では難しいのかな?でも二人でいると、癒しと安らぎが(生まれる)!?

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:20 】

2008
05/07

一週間

連休も終わりいつもの生活へ!
 自分にとっては休みも平日もあまり変化はなく、ただ違うのは従業員が会社にいるか、いないかという事だけです。5.6と2日間の分の対外的は事への対処で今日が大変かな?
 今週はとにかく予定がびっしり!7日はスポ少金曜の埋め合わせ、9日は秋保で印刷組合総会、10日は寺井尚子のゼップ仙台のコンサート、11日は三一会春季ゴルフコンペと仕事と遊びを身体が疲れないように、楽しみたいと思います。
 今週がゴールデンウィークだと言われるかもしれませんが、一番落ちつくのは家でのゴロゴロしている事なのですが私にとっては。
 今週末はそのために情報誌は休刊といたしました。たまには休む事での地元情報誌の大切さ必要性を理解してもらいたい。ちょっとはその努力を認めてもらいたいかな?
 3.4.5日と連休の情報をいっぱい集めましたが、それが16.17日の新聞ではつまらないとは思いますが、なかなか外に出られないおじいさんおばあさんへの、町で開催・行われた事の風景を写真による回顧でも、結構楽しんでくれるとの私の考えです。とにかく今年は行事が多くあったと思いますが、私がしらないだけで連休には「我が町」にはこんなに、色々は事が開催されているのかもしれません。
 三一会ゴルフは今年になり急逝された、会の顧問のSTさんの「追悼コンペ」としました。私は係わってくれた人達の思い出を大切に「ずーっと」心に残したいと常々考えています。なぜかと言うとその人のおかげでここまで生きてこれたことえの感謝の気持ちを持ち続けることが、自分がこれから生きていける「力」となっている気がするからです。
 さあ仕事しないと。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:24 】

2008
05/06

刺激

楽天の観戦5時間に!
 楽天対ソフトバンク戦はシーソーゲームとなり試合としては面白いのですが、結果が敗戦となると脱力感だけが残り翌日に引きずってしまいます。
 結果は5対7で11回の表の2点が入りました。9表に2点で逆転、その裏1点を取り同点で延長の末の敗戦です。天気は降水確率40パーセントと雨を覚悟しカッパを準備して臨みました。8回まで1点リード、雨にもたたられず1点差の好ゲームで、気持ち良く帰れるはずでしたが?
 延長は本格的な雨の中の試合となりました。四時間を過ぎ私の疲労もピークに、連休3日間の疲れで、なんと球場のボックス席で眠ってしまった、雨の中ですよ!信じられますか。さすが延長で2点とられた裏は帰路につきました。「我が町」からの応援団もさすが延長のあの雨に負け早々の退散となったようです。連休中の最後の楽しみだったのですが、ちょっと寂しい終末となりました。
 帰りは戸倉荒町を過ぎた処に、救急・検察・消防の4.5台の赤の点滅、帰省の車を塞ぎ登りは大渋滞となりました。記者としての血が騒ぎ事故現場へ、何と軽自動車が横転していて、救助作業中でした。さすが通行止めの長期化を予想し、横山峠から大船を迂回しての方策をとりました。水尻の合流点には下りの車の姿はなく、まだまだ通行不可能の実感確信しました。(色々あった子供の日)
 6日は明日からの仕事の段取りです。今週末は夜は剣道・総会・コンサート・ゴルフと7日から11日まではスケジュールがいっぱいで、今週末の情報誌は休刊にしました!仕事もして・半ボランティアもして、充実しててその道にはやっぱり障害も発生して、生きる事の大変さを痛感し楽しんでます!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:27 】

2008
05/05

行列

連休3日目のこどもの日、きょうは楽天観戦、でも雨!
 昨日も町内の探索に走りました。始めは伊里前川のしろうお漁に行ってみました。うたちゃん橋の下のガザ?仕掛けの名前だと聞きましたが、聞き間違い?1000円で1パック買い求めニラとのお吸いものに良いだしが出て最高ですた。
 その足で歌津魚竜館へ「うに丼」を食べに、駐車場は車で埋め尽くされ、店の前には行列が20から30人ぐらいはあったと思います。その他に食べてる人が外までいました。「食事処」の行列ははじめてみました。
 その足で折立川の潮干狩りに10時に出掛けたのですが、予定より早く終了とはり海岸からアサリの入ったバケツの家族連れの行列となっていました。
 45号線は昨日に続き車の列、町内での交通事故が無いのが不思議なくらい、車の往来となりました。神割の潮騒まつりへの取材は渋滞に巻き込まれそうなので、今日は断念しました。
 夕方に南町の魚屋さんに酒のつまみを買いに行ったら、隣の「しお彩」さんに今日は大行列ができていましたとの情報を聴きました。やっぱり今年の連休は何かが違う!
 お昼ごろにワラビと竹の子の収穫にゴルフの兄貴のところへ、腰痛で今年に山へ出掛けられず一人で収穫に出掛けました。竹の子はまだ早く後一週間ぐらいすると「にょきにょき」でそうです。
 午後帰ると父親が喉がおかしいと「日曜当番医」の先生のところへ!風邪だそうです。
 今日を入れてあと2日の連休、いまのところ充実した日々を過ごしています。町の地元紙に変わる変な動きがある見たいです、知人が地元紙の再生にあたり50万円の出資を依頼された?どんな人達が再発行するにあたり、情報を町民主体・目線でお願いしたい!地元の格差社会の成功者ばかりの出資者では、底辺の情報は伝わらないと思うのですが?また情報が入りしだい、このブログでお知らせします。実名は伏せますが、「えっ!」という方々です。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:15 】

2008
05/05

行列

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:44 】

2008
05/04

タイムスリップ

山村体験の宿「さんさん館」。
 昨日は「我が町」の魅力を色々発見しました。歌津への新聞配布の途中、浜周りで人口海水浴場を通り靄の志津川湾の神秘の風景に遭遇、自然と一眼レフのカメラのシャッターを切っていました。靄の中から船が走る光景、昔から繰り替えされているけど、この歳になって感動でる事かな。
 そこから3分ぐらい車で走ると「荒澤神社」がありましす。丁度お祭りの日でした。浜沿いの袖浜地区周辺の守り神として多くの氏子の方々がいます。「法印神楽」が奉納され今年の平安・大漁・安全を祈願していました。神楽の素晴らしさを後世に、子供達に伝える義務を町民全体で考えるべきと思いました。また神社が二十数代続いている話しを聞き歴史を感じさせられました。
 町に帰り今度は入谷地区の「さんさん館」へ。投稿をもらいその新聞の配達です。今月末に田植え体験があるという「参加者募集」の内容でCO2の排出削減プロジェクトの一貫なのだようです。こども達と家族で農業体験をしてまらい人との交流・自然の良さをしってもらうのが目的だと思います。旧林際小学校が「さんさん館」に生まれ変わり廃舎に息吹を吹き込んでの宿泊の場としての復活です。正面玄関から入った瞬間笑い声が、私はこども達の学校に来たと錯覚を起こしてしまいました!それはゴールデンウィークは入り家族連れで宿泊していた家族の声でした。人の出入りがなければ家はどんどん、朽ちていき蜘蛛の巣が部屋を覆い再生する事は難しく、それを地区の人々の学校を無くしたくない気持ちが、宿泊体験・農業体験の宿として生まれ変わったのです。
 こんなにも皆さんが知らない動きが町にはあります。ちょっと出掛けて触れて話してみませんか!一日が有意義なものとなりますよ。
 私は今日も町のよさを探しにいきます。(実は取材なんですけれど!)

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:05 】


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