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ARCHIVE - 2007年12月

2007
12/16

家族

 祖母みつゑに思い出せる事をブログに記しておこうと思います。
 とにかく上品でおしゃれな祖母でした、きものでいること事が多くそれは古い人間なのだからでしょう。一番記憶に残っているのは、小学生の頃の夏休みの課題の図画の制作で、庭の盆栽の写生に困っていたとき、祖母の絵心に初めてふれ、その才能にびっくり!そして自分の美術の才能のなさをその頃から痛感しました。わが家庭は叔父・叔母のなかにも美術の才能に優れている者が何人かいますが、受け継がれたものだと前から感じていました。
 我が家とて「嫁、舅問題」がありました。叔母は若くして家業から離れ、そのため母にその苦労がいきました。こどもながらに「いびり」を見てすごく感じました。でも私たち子供にはいつも優しい眼差しを向けてくれました。料理も上手で母まかせであまりしなかったのですが、良く珍しいものを「おやつ」に作ってくれました。「こずかい」も家庭・会社的には厳しい時代、普通10円位でした当時、そんな時代でもドンと1000円、気前の良さも一品でした。どんどん歳をとり先のなさを祖母が感じてて、「私が死んだらお前にお金残すから!」が最後の口癖だったとおもいます。病院でやせ細っていく祖母の目はすごく優しく、手を握るとその細った手で「ぎゅと」握った手をなかなかはなしてはくれませんでした。
 私の身近な死は祖母でした。たしかにいろんな嫌な事も多くありましたが、現在から考えるとまだまだ若く(70前後?)長く生かしてやりたかったー。出棺しか覚えてないけど、あまりはなさなかった父ともども涙のなかで、私自身もこんなに涙した事は初めてと記憶している。
 私は独身で、自分の子供に祖父母の優しさや、いる事の良さを教えることができないのが残念です。身近でからんでいる子供たちには、祖父母をもってる良さ今教えてます。
 核家族化が進み、父母と子供だけの家庭が多く、祖父母とも行き来をしない現状がいま我が町にも多く見受けられます。祖父母と接することでの得る事は、「優しさ!」が必要・何たるかを自然に行動から、身につけさせてくれている事がてきる存在のような気がします。
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