CATEGORY - 未分類

2017
11/21

もらい物で大ごちそう


テレビをチラ見しながら食事の準備、タコの豊漁を商店主が紹介していた、これまでのタコの水揚げは、3年前の2015年が「35トン」で、昨年が「75トン」だった。漁期は9月~2月? だと見たが、今年はまだ中盤にさしかかった時点で、「175トン」と異常な水揚げ状況となっている。
昔の状況を知る術を持たないが、私が中学生の頃には、「タコ開口」があり、親戚の「ぜんこちゅん」の船に父とタコ釣りに行った。その頃とてタコがいっぱい釣れた訳でなく、最後に私の仕掛けが何かに引っ掛かった。ぜんこちゃんは仕掛けの糸を掴み、勢いよく糸を手繰った。「釣れてるぞ!」と船べりまで来て、タコの姿が見え始めた所で、「するり」とタコは海底に消えて行った。また、友達とのアナゴ釣りでも、夜中に「重い」と船頭がアナゴの釣り糸を手繰る。「タコかもしれないぞ!」と、引く手に力が入る。これもまた船べりまで来て、するりと闇夜の海底を泳いで行った。タコ釣りの体験はまだあるが、一度としてタコを釣った事はない。しかし、そのみんなで行くタコ釣りの、楽しさが記憶に残っている。子供の頃の思い出が多い。

CIMG6630.jpg
昨日は二人の友達が野菜を各種類届けてきてくれた。我が家は二人暮らしながら、私が料理を作り、父が少し料理を食べる程度だ。
大根・白菜・みずな・春菊・あぶら菜? など、新鮮なうちに食べないと、美味しさが半減する。「大根とイカの煮込み」「春菊とわさび菜のお浸し」、「油菜とさば缶の煮物」は自分が料理し、「大根の酢漬け」「サケと野菜の天ぷら」は貰いもので、ビールも頂き物です。
冬に向かうこの時期に、こんなにも多くの野菜が、南三陸町で獲れる事に驚いている。今が旬の自然の物を食べる事は、健康にも繋がると私は思っている。少しのアルコールがあれば、至福の食卓で、それを自分が全て演出をする。
「よぐやるな!」と友達は言う。「好きこそものの上手なれ」を地で行っている我が人生、これもまた私の一部分です。

今月は後輩達との「忘年会」も企画する。50過ぎた独身4人での忘年会、行き着く所は「色気」となりそうだ。

スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:21 】

2017
11/20

震災から何も変わらない漁村の風景


私の叔母と義理の叔父が暮らしているのが、「南三陸町細浦」です。
震災の年には漁港の被害状況調査で訪れたことを思い出す。湾の左右に漁港があり「防潮堤」「船揚場」が津波で破壊され、一時的な利用工事には入っていた気はするが、昨日の光景は遠くからは何変わっていないようだ。
宮城県の気仙沼から三陸海岸の防潮堤工事は、10%も進んでいなく、震災から10年での津波防災対策としての防潮堤の整備の完成は無理で、15年が経っても全て完成とはいかない気がする。写真は午後4時近くの物でボケているが、手前の家の二階まで津波は襲来した。

171119_161010.jpg
この海を見渡す高台の墓地に私の叔父が眠っている。海と共に72年の一生を終え、土に帰ったのは海の傍となった。
石には「和」の文字が刻まれ、「千葉大和」の「和」を取った。海の男として50年は続けたのだろうか。荒々しい海の男としての一面を持ち、その反面、子供達は勿論、人には誰にでも優しく、頼まれれば断る事ない、気持ちの人だと言う事を、ここ15年で私は知ったかも知れない。

人の世界では「和の大切さ!」を知っているものの、多くの野心や野望の中で、時にあたり「和」を乱すのが人間ながら、それを堅持する人間こそが、人の繋がりを守れる。「怒った時は5分間落ち着き考える」とある人が言っていた。怒った時に何も考えないで、言葉と行動に表す事で、人との和(輪)が崩壊に至る事が多い。

今日は「和」を心に置き行動したいと思う。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:32 】

2017
11/19

みんなの笑顔を見ているだけで幸せ


同級会は太白区の「蘭亭」を会場に、午後6時から11時までの会ながら、ビンゴや独自のゲームで盛り上がった。我が「三一会」の幹事諸君の頑張りがあり、それを多くの同級生が支援する。そんな我が会のやり方で、移動同級会は町外の仲間が商品を出し、最初から最後までその演出は、同級会の女性達に大いに「うけた」ように私は感じる。
二次会のカラオケ・ゲームは全員が参加し、昔の若者達に返って行く感じに、私は静かにみんなの笑顔を見ていた。

今日の朝9時の解散時には、仙台の初雪は蘭亭の窓越しの風景で、帰ってからテレビで「仙台の初雪」とニュースは報じた。

私の部屋は偶然にも志津川中学校の剣道部の四人の相部屋となった。同級生が集まると「病気の話」「クスリの話」と、還暦の私たちも同じだった。また5年後10年後に会えたらと、仲間に健康の対処法と、何もしないと「こうなるよ」と助言の席となった。同級会から部屋での会話で、今後の生き方が「良き年の越し方」となるよう、今後の再開を願い「三一会(さいかい)」とのネイミングに会名がなった。同級会の名前の由来にある。

仙台太白区の蘭亭の近所に「スーパーさいち」があり、そこの「おはぎ」を仙台の仲間は、全員へのお土産とした。グッド・アイデア!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 14:22 】

2017
11/18

意地と強がりで


冬はもうそこまで来ている。私に取っての11月は特別な月だった。年末年始の喪中葉書や年賀状の印刷は、15~20年前は印刷会社の働き頭だった。現在は家庭の印刷内化や多くのスーパーや郵便局で年賀の印刷を提供している。時代には勝てなく、今でも「千葉印刷の年賀状で!」と言ってくれる、お客様を大切にして行きたい。

「岩泉ヨーグルト」が昨年の台風の岩手から初上陸で、岩手県の岩泉町は人的・物的大災害となった。被災した工場の従業員は、会社の事もさる事ながら、町内の被災した住民の後片付けなど、町の再建にいち早く取り組んだ。その後1年以上も掛けて工場を再建し、最大の主力商品「岩泉ヨーグルト」の販売にこぎ着けた。生協から一本買い求め食べ、何も変わらない味に大満足だ。こんな商品が南三陸町にも欲しい。しかし、町には三陸ワカメや、今年豊漁の「志津川の真タコ」もある。全国の皆さんに喜ばれる、販売価格や流通体制が必要と私は思っている。

国内に発生する異常気象の自治体の体制は「大丈夫」なのか。こないだの南三陸町の台風の豪雨は、町内4カ所の降水が通算100ミリを超えた物の、一時間降水量は最大で折立地区の6.5ミリだったと言う。これでも至る所で雨水に寄る冠水があり、町内の交通網がダウンした。現在、多くの地区で100ミリを超える時、同様の降雨が南三陸町を襲ったらどうなるだろう。市街地の状況は、高台の造成地はと、私は大きな不安がよぎる。町は政府と県との連携で対応して行くと言う。そのうちに大きな災害が起こりそうな、現在の町の姿を懸念する。

今日・明日と「移動同級会」で家を空ける。昨日は父の二日間の食事を買ってきた。寿司と天ぷら・焼き芋で、好物ばかりを準備した。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 05:05 】

2017
11/17

落葉


昨日は仙台の東北大学病院に行った。朝6時に出発し多賀城ICまで高速を使い、仙台中心までは1時間と、市内は当たり前に時間が掛かった。

私は佐藤徹内科さんの先生が主治医として、私の生活習慣病の治療にあたり、眼底出血では登米市の「みうら眼科」への紹介、眼科から「石巻日赤病院」で治療をし、目の重篤状況に大学より派遣の先生に、設備の揃っている「東北大学病院」を紹介され、失明の危機から車が運転できるまでに回復した。

私の「セカンドオピニオン」は、大学病院と石巻日赤と決め、いざという時は診察券で直接、病院は県内最高の医療を受けようと思っている。緊急時の救急搬送の南三陸病院はしょうがないとしても、転院をできれば希望したいし、直接に高速を使い石巻日赤に搬送をお願いしたい。総てのカルテは日赤にある事もその理由にある。毎月3千万円の赤字負担は私の税金の一部が使われているから、この判断でも良いと私は思っている。多くの時間を病院で無駄には出来ない。

大学病院前は落葉樹は今年の終わりを告げながら、黄色・赤・茶の葉が寒そうな地面を覆っていた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:01 】


TOP