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2017
09/25

私利私略の国政・地方政治

「党利党略」「派利派略」と言う今回の安倍総理の「衆議院解散」。今日の午後に記者会見をすると言う。「働き方改革」「仕事人内閣」など、事ある毎に安倍総理の記者発表は、「自分を自分褒める」と言う、メディア露出方法で、自分はこんなに国を考えているとの、自画自賛にしか聞こえて来ない。
加計学園の岡山理科大で「オープンキャンパス」が開催され、四国の獣医学科が建設されるとの加計氏の、安倍総理の特区政策への後押し行動と見える。まだ開学の審査中である。友達・仲間政治はもうたくさんだ。
国連からの外遊でも、夫婦でタラップから降りる二人の姿は、国政の混乱を何とも思ってない姿に見えてくる。「政治不信」が募るばかりだ。
私だけではない、現在の内閣の混乱で、身内の内閣府副大臣の福田氏が、小池新党に自民党を抜け合流する。これまでの国会の「真実を隠す」、こんな政治に「うんざり」なのだろう。国会議員と官僚の嘘と隠し事への、内部反発と私は感じ讃えたい。民進党からも、そして「日本のこころ」の中山代表も小池新党への合流を、党を離れる行動をとる。昨日の中野正志氏の日曜政治討論の姿に、隠れ自民党なのだから自民に行った方が良い。討論のこしを折る発言にもう「うんざり」していた。

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昨日は洗濯をする。独身男性の仕事であり、独身でも清潔にしていないと、人は寄り付かず、生活が乱れる怖さがある。
国民の心は疲弊し、被災地の生活や、若い人たちの独身主義の拡大などの問題の中で、「安倍のミクス」の成功と、第三弾と言う安倍総理の政策は、日本国民の持っている「底力を削ぐ」政治手法に感じる。消費膳の10%は31年の10月から予定どおり実施し、1%の1兆円を子育て支援に充てると言う。それよりも高齢者増の社会保障と、国民意識の改革が急務だと私は思っている。人間の持っている「自然治癒力」「社会適応力」など、子育て家庭で国が成っている訳ではない。以前の強い国だった頃の時代を思い出して欲しい。

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昨日も「三滝堂」道の駅に野菜を買いに行った。
私の欲しい「なす」は無かったが、駅の買い物場の通路は行き違いをするのにも大混雑で、その盛況ぶりは道の駅の効力を最大限に発揮しているからだろう。
我が町の「道の駅構想」の町長の提案と、商店街の提案を元にしたの、商店主たちの構想があり、他の「道の駅」とは考えが大きく違う。
この計画実施にも、南三陸町の「農協」「漁協」の勢いが消えうせた感がある。道の駅の主導は第一次産業の、農家・漁師ながら、「商工」の関係者の力が町長の後押しで、町の中での勢力が巨大になっている。私の知る漁協の組合・その幹部の力の凄まじさは、行政も従う程のものだった。現在の漁民を守る漁協は、行政の力無くして存在も難しいのか? 決してそんな事は無い。若き海のリーダーに地元の漁業の継続の為にも、行政にしっかり「物言える」、昔のような商店主がならう、漁業の活気と隆盛を昔のように取り戻して欲しい。
私は現在進む道の駅の商店街に駐車場整備の為の構想は反対です。商店主が価格を決めるなどナンセンスで、道の駅の在り方を破壊する行為と思っている。

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イオンに買い物に行く。
下着がパンツ4枚で1900円だ。パンと大好きな「銀だこ」、つまみの買い物も2000円と、その格安で贅沢感を味わってきた。町がこんな一部の人間の為の町政から、私もこれに対抗する行動が、時々行く買いだめ行動にある。
銀たこ店には家族連れやカップルが列を作り、子供達の声が賑やかに、店内に溢れている。昔のような喧騒はもう我が町から消えて行く。それも年々とだ。あるのは観光客の町の誘致活動だけだ。

選挙でこんな生活を望むか? 考えないといけない。昨日は「千葉さん町長にでらい!」、こんな話しも聞こえてくると言う事は、我が町には人財が居ない事を意味していると感じた。




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2017
09/24

先祖の墓の前に座り

私は執念深い人間です。自分の中で整理出来ない事は何時までも、考え苦しみ結果を出して前に進む。そんな生き方をここまで続けて来ました。多くの失敗の中で、一つの正道を歩み続け、多くが損を残し、そこから多くの事を学んだ。決してただでは起きない、そんな私の性格です。

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何時までできるか判らない「墓参り」も、私一人で行くようになり20年は越えただろう。今年は春・秋のお彼岸も、昨年8月の逝去もあり、今年の初盆と重なり何度も我が家の墓地に足を運んだ。そのせいか家庭にも会社にも大きな事件は無い。先祖への感謝がある。昨日も祖母と母にお茶を上げ、残ったお茶で今の我が家の報告をした。何てゆったりとした時間となった。

還暦の同級生の「角塔婆」と本浜の方が建立した「観音様」にも線香を手向けた。「かっこう、ばかり!」と言われても良いが、多くの人達に囲まれ今の私が居る事を痛感している。
未婚のままで亡くなった同級生も多く、この仲間の為にも町を何とかしたいと思う。全国的だが独身者の多く、我が町の中でも同じで、一人でもイイから、そのチャンスを与えたい。先月にはそのキッカケを創ったが、結婚への道は二人にとってもいばらの道で、成功とはいかなかった。独身者にはたった一度の人生、悔いなく自分の為に生きて欲しい。これは自分の結婚問題での経験から、同じ過ちをして欲しくないがある。何もしない生活では結婚や、二人の生活を望むのは「夢のまた夢」である。
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昨日は突然に以外で以外な人が、彼岸で母の焼香に来てくれた。震災後の死亡の情報を知る事は非常に難しい。生活・住宅再建など、津波震災を受けた人しか判らない苦労と苦悩がある。5年を過ぎでその状況が露わとなってきている。身体と精神に異常が出ていると私は実感している。

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2017
09/23

線路の跡地の裏に震災前の志津川の町が脳裏に浮かぶ


先輩に言われ「田んぼアート」の場所へ行った。今年の日照の低下と台風の影響か、赤米の色付きが悪いのか、高台が近くにないのか、アートがなかなか見えにくい。来年はその辺も考慮して作付お願いします。
ここは中瀬町の志津川高校下の、墓地に向かう途中にあった。震災前は家々の隙間に田んぼがあったと記憶する。気仙沼線がその裏を走り、また裏には志津川の市街地があった。この写真だと、以前のままに町並があり、「高野会館」の頭が見える。そんな感じにも見られる。

「田んぼアート」はタコだろうか? これも観光の一端だろ。6年半で初めてこの場所で稲作を行った。日照もあるが中瀬町の圃場した田んぼは、収穫の大部分が牛の飼料用となり、その引き取り価格も高いと聴く。
町が復興しているとのアピールの一つとしての事業であり、1200万のコンバインも町の補助・国県補助からだと言う。これは見せかけの復興か、一歩ずつ進んでいるかは、各々が判断すればいい。

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隈研吾氏の「国立競技場」の設計建設に、南三陸町の商店街を設計した繋がりで、「南三陸産材」の活用が大きく期待されている。昨日の新聞に競技場のイスへの木材使用はコストがかかるからと、木製イスの使用を取りやめたとあった。隈氏の建築設計家の名声が判るが、その名声と言う言葉だけが、町内の設計した建物に伺える。建設関係者は言う、工期は短く、建設費も安い。正にゼネコンが下請け・孫請け状況が、南三陸町の復興にも垣間見られる。

金沢の「つつみ門」や「雷門」に隣接する建物の設計は、木材を使用した画期的な構造は、世界に誇れる「日本建築」を感じる。地元の建設会社での商店街の設計でも、勝るとも劣らない物が出来た気がし、町民の愛着と震災支援の方々も喜んで来て見てくれた気がする。

南三陸町の7月に完成したスーパー街「アップルタウン」に、有名なラーメンショップの「幸楽園」が完成した。多くの町民が店を訪れている。震災から再建した町内のお店に影響があるのは必至だろう。今日は雨、寂しさと大変さを増して感じる。

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2017
09/22

また見つけた震災物故者の碑


お通夜(逮夜)の時に地元の住職さんの法話に心奪われた。
亡くなられた方の先祖の経過や、法名の意味など20分にも及ぶ説明は、これまで無い住職さんの御言葉だった。総ての理解は無理ながら、檀家と菩提寺の繋がりを強く根強い事を知る。
「1760年の寄進」は、仏像・高楼などがあったと言う。今も本堂と境内に安置されていると、方丈さんは葬儀の席上伝えた。東日本大震災でも大津波の被害が及ばない場所にある寺で、過去の檀家の情報が「加古帖」で残されている。
私の親戚は本堂が津波で被災しながらも、強固な本堂も倒壊したしたものの、過去の伝えてきた物も残ったと聞く。地域内にある菩提寺は、先祖代々の流れを記録し残す場所だったと言う事になる。

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津波で海岸線の町の町並と共に人命が失われ、記録・記憶の多くが海の藻屑となった。100年・千年に一度の大津波の記憶を残す為、我が町では寺院がその役目を果たしている。大震災から6年半が経ち、町で建設する慰霊碑・慰霊塔・追悼の場は、工事の真ん中にある。職員の多くが亡くなられた防災庁舎と、ここから移設された木製地蔵と、雨風で風化しつつある焼香台が、嵩上げ工事の中に隠れ埋もれている。これが南三陸町の震災で亡くなった方々への対応だ。余りにも悲し過ぎる町の考えと姿だ。
この当事者の首長が、10月の町長選で「無競争」となる公算が強い。誰も町のリーダーとなる人材も町から消えうせてしまった。気骨ある人材も町から離れ、選挙資金も無く現状のままで良いと、呆れている町政の実態を嘆かずにはいられない。

昨日、また一つ、そしてまた一つと、震災の記録を残す場所を見つけた。300段とも言う階段を登るとその場所にたどり着く。今月中にはその場から、荒島と海が引き潮で無くなったと言う現在の海を、この場所から現在の風景を紹介したい。

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2017
09/21

さんま食べたい!

さんま9.17大船戸
気仙沼市の「海の市」でのさんま祭りが中止となり、「目黒のさんま祭り」がさまんの調達が出来ないと、冷凍さんまを使用して開催したが、集まった皆さんには「美味しい!」と話し、気仙沼市民の活動に感謝の言葉が届いた。
気仙沼港に「さんま水揚げ!」。この時期なら当然の漁港風景ながら、今日は入ったが明日は判らないと言う。志津川の「みうらさかな」さんでは、大が一匹250円で、小が150円だった。りっぱで安い!
まだ手が届かないので、冷凍物の「焼きさんま」を買い求めた。3尾で400円、安い!
父に「さんま買ってきたから!」と言うと、「高いからいいぞ!」、無理して買うなという。サンマも高級品になってしまった。昔は旧志津川港にもさんま船が入港した。何故なら「さんまが獲れ過ぎて安く、気仙沼に水揚げとても安値だから!」だった。市場へ行くと「さんま持ってげ!」と船員の方に言われ、バケツいっぱい持って帰った事を、今も子供心に懐かしく思い出す。私は良き時代に生きて幸せだった。

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昨日、病院と町のケアセンターの間の、テレビモニターから「バスが到着します!」とお知らせが鳴る。アリーナ前のバス停は、病院前に移転したと言う。しかし、高速バス輸送シカテムには乗る人の姿は無い。上りは登米市柳津まで、下りは気仙沼まで、多くの町民の利用者は日々疎らだ。今後、さんさん商店街内に「バスターミナル」が完成すれば、利用客が増加するだろうが、商店街形成が今以上の盛り上がりとなるかは難しいと私は思っている。
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外国の観光客が既に2千万人を突破した。残り3か月も経たずにだ。政府は2020年までに4千万人の観光客の拡大を目論む。しかし、地方への観光客の増加は、国策的に活動しても、東京・京都・福岡など、観光地の客数が増えるだけで、陸の孤島の僻地へは足は向きにくい。地元で暮してきた皆さんの「里帰り」の来町者の拡大を目指す事で、人口が少しでも維持・増加していきそうな気もする。

佐藤仁南三陸町長がまた告訴され、裁判所は「不起訴処分!」となったと、朝のラジオは伝える。何でわからないかな、「首長を辞めて欲しい。」「殉職した職員は貴方の町づくりは望まない。」と家族が言っている事を。

安室奈美恵が今年の25周年記念コンサートを終え、来年までの1年間の、30年9月?で活動を終わる。ここまでデビューから歌のトップを続け、情報には40歳となり自分の幸せの為に生きる。こんな方向性も考えているとスポーツ紙は言う。

県知事選が選挙となる。市民団体が候補者を出し、野党の民進党・共産党などが支援をすると言う。投票結果がどうなるか、地方から「自民一党国家」へ意見を述べる投票行動となる事を祈りたい。

昨日のお通夜と、2軒の焼香を済ませ、今日の葬儀となる。従業員まかせの個人の多忙の中で、感謝・かんしゃ・です。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:13 】


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