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2019
05/27

南三陸町志津川に浸った


今年最後のカキフライです。
貰い物ながら「三陸産」で
手間がかかるのがカキフライ
こむぎ粉・卵・パン粉を付け
洗い物の皿がいっぱい
こんなに手がかかるから美味しいのかも!

昨晩はカキフライとキャベツ千切り・ご飯とお茶だけなのに、朝5時の血糖値測定は「221」といつもの倍の値だった。昨日は好天の中で布団を干し、タオルケットと夏布団の2枚に替えた。久々に気持ち良い朝を迎えた。

一昨日前の寝起きは最悪だった。起きたら天井がグルグルと回った。しばらくの間起き上がれず、無理して立ったらバランスが取れず、体重にまかせ部屋に倒れた。経験をした事のない体験状況になった。「また、風邪?」と思うのもつかの間。テレビ台に手をぶつけ「痛い!」、この日は左手が動かなく、少し動かすだけで激痛が走った。今日で3日に、めまいも手も少しは良くなったように感じる。

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土曜日はシャクナゲを痛みの出る中で植え、昨日も紫陽花を震災慰霊碑の隣りに植えた。さすがに昨日は手の痛みを我慢しながら植えた。砂利の下の硬い赤土は、石もゴロゴロと決して花の環境には適さないが、震災の我が社の跡地を一本でも多くの花で覆いたい。
昨日は3週間前に植えた「あかちゃんひまわり」が芽を出した。一つのプランターに3粒ずつ5カ所で、芽吹きが始まっていた。連日の初夏の猛暑に、毎日のように一回水かけをしている。ツイッターの友達が「赤ちゃんひまわり芽が出たに教えて下さい。」と、嬉しいメッセージをくれた。

5月24日は「チリ津波の日」であり、私の誕生日だった。フェイスブックの友達から「誕生日あめでとう!」のメッセヘジが、20件くらいあった。その友だちの中に、驚きの同じ日生まれが、同級生に一人と同級生の妹さんの2人がいた。私一人だけがこんな不幸の自然災害の日の誕生日と思っていたら、「あの時は1歳の誕生日!」と返事が来た。同郷の知人とのフェイスブックの交流は、意外な発見が時々ある。
最近、私のFBのページがおかしい、投稿も出来ず、返信の「いいね」も確認できない。「既読としている。」事をお許し頂きたい。


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2019
05/26

食卓に花を拙い食卓も美味しく


サボテンの小さな花が咲きました。
食卓に輝きと
幸せが来たようです。
昨日はカーネーションが枯れ始め
別な巨人カラーの花を千円で買い
一人の食卓に添えました。

一昨日の葬儀は静かに厳粛な良い、送り出しの儀式でした。
菩提寺の前には神奈川県鎌倉から送られた「紫陽花」の葉がたわわに育っていた。また、お盆がそこまで来ています。
南三陸町は年間で「200人以上」の方が亡くなり、出生は「30人前後」で、毎年人口は減少の一途です。

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今日の南三陸町は「32.6度」で、そんな暑さの中で市街地の慰霊碑の植栽に行きました。昨日は「シャクヤク」を植え、今日はリビングに昨年置いた物が、今年になり外で元気に成長してくれました。午前に植栽を終え、好天過ぎる気温となり、午後に父を連れ水撒きに再度行ってきました。

天候に誘われるように観光客の市街地散策の姿が見られました。町に商店街に「回遊を生む」が実現となり、仲間で何も無い市街地の浜を散歩していました。ぜひ、我が家の慰霊碑も廻ってもらい、手を合わせて欲しいと思います。


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2019
05/25

病に弱い私になりました


町役場の空コーヒー店舗に行くと
タコをいっぱいいた
さすが志津川はタコの名産地!

テナントは経営不振で町にマチドマの一角を返した。
南三陸町での小規模店舗・商店の経営はますます厳しい。

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一昨日前は志津川地区の河川堤防の施工ミスの件の説明が、志津川町協の主催で行われた。高校生の干潟観察場所のは形はあるが、間違いなく干潟の一部に残土が盛られた。町協の役員の視察は工事現場では難しく、ネンチャーセンター友の会の鈴木氏が、海岸や干潟の野鳥などの観察の時に、現場の異常を見つけた。あれから4か月が経っての対応だった。
また、その他の審議として「南三陸祈念公園」の植栽について、今後の業者と支援団体・町民の関わりについて審議した。町はここも管理委託にとの考えもあるようだ。町の大切な施設なのに、他人任せにする意味が私には理解できない。現在は名簿をモニュメントの中に納める為に、震災死の家族にその確認を取っていると言う。

昨日は「震災伝承館」について、町民の意見を聴く会が、「志津川地区」であった。20名余りの参加者があった。もっと町民の参加が欲しいものだが、町民は無関心といった感じだ。震災後は何に付け町民の町政に対する関心はない。
小泉進次郎氏が自民党総裁への意欲をメディアから聞かれた。国民が安堵しての中で、改革・改変の声が無い限り、私が手を上げる事は無いと言う。今の日本の安定した生活の中では「平和ボケ」している。大きな改革の動き・声はあがらない。これで何かが起こってからでは何ともならなく、日々改革の意識とイノベーションへの取り組みが必要なのに、幸せな日本を感じる。そのツケは税金や格差、弱い者への付け回しと今後も続く。もっと国民全体の事を考えないと、「今度は我が身」とこんな時代が来る。


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2019
05/24

昔は良かった

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5月23日の「南三陸町復興祈念公園」の現在です。
今年の10月には一部開園となり
令和2年10月の開園を目指します。
防災庁舎での悲劇(43名死亡)を忘れないで。

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ここで大きな悲劇があった事を、皆が忘れようとしているように感じる。あの事を思い出すから町を離れた人もいた。ここを観光地として人を呼ぶ事に、金儲けだけに走る事に、少しの抵抗を感じる。静かに手を合わせる事が大切と私は常に思っている。
ここで何があったかを伝える事を、そしてこの地を汚す事の無いように、また更なる不幸がここで起こらないように願っている。

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2019
05/23

いつまでも花を見て綺麗と感じられる自分でいたい


震災で残った南三陸町の小さな干潟
母校の高校生が調査し
多くの水生生物を発見している
人間の高度建設技術が進んでも
9年目を迎えても普通に干潟に入れない
僕たち私たちの干潟(海)に
親しむ事の出来ない町の姿がここにある

海洋調査船で藻場や海中生物を子供達に、見せ手で触れられる「親水」が大切と思います。そして、海は危険と言う事を教えて下さい。私も2回死にかけました。ラムサールの海に暮らす私たちの使命です。

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我が家の玄関に新築以来、4年ぶりにツバメが巣を造り始めた。玄関に糞が落ちると「掃除が疲かれる」と父は言う。「生き物に優しく」と話す。しかし、作り始めた「巣」をほうきで落したと言う。「汚いから」と、私は父の心の方が汚いと思う。
言っても理解してくれない父の行動に落胆した。「ツバメは幸せを運ぶ」と知人は言う。「ごめんね!」父を常に監視出る訳でもなく、………

今日は昔、我が社で働いていた方の旦那様が亡くなり葬儀に参列する。
大震災で自宅は流され、命からがら逃げ家族全員は助かった。となりの市に完成した仮設で、家族が寄り添い生きていた。
しっかりと私も寄り添う事は不可能で、時々、物資を持って行ったり話を聴きに行った。あれから復興住宅に移り2年目になるだろうか。

皆が頑張って故郷「志津川」で暮している。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:25 】


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