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2017
09/23

線路の跡地の裏に震災前の志津川の町が脳裏に浮かぶ


先輩に言われ「田んぼアート」の場所へ行った。今年の日照の低下と台風の影響か、赤米の色付きが悪いのか、高台が近くにないのか、アートがなかなか見えにくい。来年はその辺も考慮して作付お願いします。
ここは中瀬町の志津川高校下の、墓地に向かう途中にあった。震災前は家々の隙間に田んぼがあったと記憶する。気仙沼線がその裏を走り、また裏には志津川の市街地があった。この写真だと、以前のままに町並があり、「高野会館」の頭が見える。そんな感じにも見られる。

「田んぼアート」はタコだろうか? これも観光の一端だろ。6年半で初めてこの場所で稲作を行った。日照もあるが中瀬町の圃場した田んぼは、収穫の大部分が牛の飼料用となり、その引き取り価格も高いと聴く。
町が復興しているとのアピールの一つとしての事業であり、1200万のコンバインも町の補助・国県補助からだと言う。これは見せかけの復興か、一歩ずつ進んでいるかは、各々が判断すればいい。

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隈研吾氏の「国立競技場」の設計建設に、南三陸町の商店街を設計した繋がりで、「南三陸産材」の活用が大きく期待されている。昨日の新聞に競技場のイスへの木材使用はコストがかかるからと、木製イスの使用を取りやめたとあった。隈氏の建築設計家の名声が判るが、その名声と言う言葉だけが、町内の設計した建物に伺える。建設関係者は言う、工期は短く、建設費も安い。正にゼネコンが下請け・孫請け状況が、南三陸町の復興にも垣間見られる。

金沢の「つつみ門」や「雷門」に隣接する建物の設計は、木材を使用した画期的な構造は、世界に誇れる「日本建築」を感じる。地元の建設会社での商店街の設計でも、勝るとも劣らない物が出来た気がし、町民の愛着と震災支援の方々も喜んで来て見てくれた気がする。

南三陸町の7月に完成したスーパー街「アップルタウン」に、有名なラーメンショップの「幸楽園」が完成した。多くの町民が店を訪れている。震災から再建した町内のお店に影響があるのは必至だろう。今日は雨、寂しさと大変さを増して感じる。
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【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:55 】

2017
09/22

また見つけた震災物故者の碑


お通夜(逮夜)の時に地元の住職さんの法話に心奪われた。
亡くなられた方の先祖の経過や、法名の意味など20分にも及ぶ説明は、これまで無い住職さんの御言葉だった。総ての理解は無理ながら、檀家と菩提寺の繋がりを強く根強い事を知る。
「1760年の寄進」は、仏像・高楼などがあったと言う。今も本堂と境内に安置されていると、方丈さんは葬儀の席上伝えた。東日本大震災でも大津波の被害が及ばない場所にある寺で、過去の檀家の情報が「加古帖」で残されている。
私の親戚は本堂が津波で被災しながらも、強固な本堂も倒壊したしたものの、過去の伝えてきた物も残ったと聞く。地域内にある菩提寺は、先祖代々の流れを記録し残す場所だったと言う事になる。

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津波で海岸線の町の町並と共に人命が失われ、記録・記憶の多くが海の藻屑となった。100年・千年に一度の大津波の記憶を残す為、我が町では寺院がその役目を果たしている。大震災から6年半が経ち、町で建設する慰霊碑・慰霊塔・追悼の場は、工事の真ん中にある。職員の多くが亡くなられた防災庁舎と、ここから移設された木製地蔵と、雨風で風化しつつある焼香台が、嵩上げ工事の中に隠れ埋もれている。これが南三陸町の震災で亡くなった方々への対応だ。余りにも悲し過ぎる町の考えと姿だ。
この当事者の首長が、10月の町長選で「無競争」となる公算が強い。誰も町のリーダーとなる人材も町から消えうせてしまった。気骨ある人材も町から離れ、選挙資金も無く現状のままで良いと、呆れている町政の実態を嘆かずにはいられない。

昨日、また一つ、そしてまた一つと、震災の記録を残す場所を見つけた。300段とも言う階段を登るとその場所にたどり着く。今月中にはその場から、荒島と海が引き潮で無くなったと言う現在の海を、この場所から現在の風景を紹介したい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:39 】

2017
09/21

さんま食べたい!

さんま9.17大船戸
気仙沼市の「海の市」でのさんま祭りが中止となり、「目黒のさんま祭り」がさまんの調達が出来ないと、冷凍さんまを使用して開催したが、集まった皆さんには「美味しい!」と話し、気仙沼市民の活動に感謝の言葉が届いた。
気仙沼港に「さんま水揚げ!」。この時期なら当然の漁港風景ながら、今日は入ったが明日は判らないと言う。志津川の「みうらさかな」さんでは、大が一匹250円で、小が150円だった。りっぱで安い!
まだ手が届かないので、冷凍物の「焼きさんま」を買い求めた。3尾で400円、安い!
父に「さんま買ってきたから!」と言うと、「高いからいいぞ!」、無理して買うなという。サンマも高級品になってしまった。昔は旧志津川港にもさんま船が入港した。何故なら「さんまが獲れ過ぎて安く、気仙沼に水揚げとても安値だから!」だった。市場へ行くと「さんま持ってげ!」と船員の方に言われ、バケツいっぱい持って帰った事を、今も子供心に懐かしく思い出す。私は良き時代に生きて幸せだった。

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昨日、病院と町のケアセンターの間の、テレビモニターから「バスが到着します!」とお知らせが鳴る。アリーナ前のバス停は、病院前に移転したと言う。しかし、高速バス輸送シカテムには乗る人の姿は無い。上りは登米市柳津まで、下りは気仙沼まで、多くの町民の利用者は日々疎らだ。今後、さんさん商店街内に「バスターミナル」が完成すれば、利用客が増加するだろうが、商店街形成が今以上の盛り上がりとなるかは難しいと私は思っている。
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外国の観光客が既に2千万人を突破した。残り3か月も経たずにだ。政府は2020年までに4千万人の観光客の拡大を目論む。しかし、地方への観光客の増加は、国策的に活動しても、東京・京都・福岡など、観光地の客数が増えるだけで、陸の孤島の僻地へは足は向きにくい。地元で暮してきた皆さんの「里帰り」の来町者の拡大を目指す事で、人口が少しでも維持・増加していきそうな気もする。

佐藤仁南三陸町長がまた告訴され、裁判所は「不起訴処分!」となったと、朝のラジオは伝える。何でわからないかな、「首長を辞めて欲しい。」「殉職した職員は貴方の町づくりは望まない。」と家族が言っている事を。

安室奈美恵が今年の25周年記念コンサートを終え、来年までの1年間の、30年9月?で活動を終わる。ここまでデビューから歌のトップを続け、情報には40歳となり自分の幸せの為に生きる。こんな方向性も考えているとスポーツ紙は言う。

県知事選が選挙となる。市民団体が候補者を出し、野党の民進党・共産党などが支援をすると言う。投票結果がどうなるか、地方から「自民一党国家」へ意見を述べる投票行動となる事を祈りたい。

昨日のお通夜と、2軒の焼香を済ませ、今日の葬儀となる。従業員まかせの個人の多忙の中で、感謝・かんしゃ・です。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:13 】

2017
09/20

こんなに多忙でよいのだろうか


昨日は先輩の自宅での焼香の受け付けで、普段話す事の無い多くの人達と会話ができた。震災からの個々の生活に「寂しさ」を感じた。
別の方は10時からの葬儀の自宅からの葬列は、荒町地区に続く風習として、残すべき姿と思った。孫の祖父への「送る言葉」では、参列者の涙を誘った。小さい頃に祖父から教えてもらった多くの事に、「孫返し」しないままで亡くなった事を悔やむ。なんて優しい孫の成長は、祖父の普段の生活に教育があった。
現代は子供達も孫たちも、「自分で育った」かのような考えが、広く世間に蔓延している。こうした親から親へ「教え」が繋がる事で、これまで日本が地域が成り立ってきたと私は思っている。
先月の議会広報を参考にして、「陳情書」を議会に昨日多忙の中で提出をした。内容は「町内の事業所で出来る業務発注は町内事業所へ!」です。現在は議会中で来月には議員の改選がある。議会に混乱は求めておらず、一端議会事務局で預かると言う。今後どうなるか、どうしていくか推移を見て行きたい。

昨夜は知人が「会わせたい人が居る」と8時過ぎに来社した。多くの政治家のスキャンダルを暴き、政治家の乱行をあからさまにした。私にどんな事を求めて来たかは、ここでは言わないで置く。帰ったのは11時近くで、勉強になる議論となった。豊田議員の記者会見の、記者がやり取りで執拗に質問していた、誌記者のやり取りを不快に思ったのは私だけでない。まるで犯罪者扱いは行き過ぎの感が強い。
彼は町の復興や将来の事を語っていた。誰かが「義」を貫き、以前の繋がりのあり、町民輝く町にしたいと言う。多くの情報を聴くと、町の復興とこれまでの事業に多くの疑問が拡大した。「議会議員の若き後継者がいる」「林地区に慰霊碑が建てられた」「行政の不適切な海外外遊」など、知らない事を次々と語られた。震災から6年、南三陸町に住所を移し活動をしていると言う。町には大きな夢を持ち町に移り住む人が居る。この人はそんな皆さんとは一風違った町との関わりを持っていた。

今日は6時からお通夜で、友達の奥さんと別の家に焼香を付き合う。午後にはもう一軒の焼香を済ませたい。今日は「友引」ながら、私には何も関係がない。今日しかない逝去から葬儀の流れがある。午前には役場に用事がある。
友達の不幸の場合は「一緒に焼香する」が通例ながら、仲間達も町内での大事な立場にあり、なかなか皆が一緒とはいかないようだ。

昨日は「父の風邪」との診察を受け、病院にも同行した。今回の逝去の連鎖で亡くなっている方は95歳・90歳・87歳・95歳と高齢者が多い。こうした方々が志津川町を創って基礎を築いた。

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2017
09/19

荒町は悲しみの中に


私の群馬から志津川に住み、大恩人の10歳年上の先輩がいる、そのお母様が亡くなられた。昨日の午後の火葬は、台風の荒天から一気に大晴天となった。
大震災後に私は戸倉地区の荒町に「臨時営業所」を開設し、それを快く承諾してくれた先輩とお母さんだった。「ガンバライよ!」と私に笑顔でいつも言葉を送ってくれたお母さん。震災から3年間お世話になり、その御蔭で今の会社があると言っても多言ではない。
荒町では17・18日と3人のご近所さんが、天命を全うして天国へ召された。荒町の電気会社の御婆さんは私が御世話になった先代社長さんの母であり、いっぱい遊んでもらい、仕事でも私の会社がこれまであるのも、先代社長があっての事だと思っている。また、私の同級生の奥様の父も逝去された。荒町の友達が私の支援で動き、廻った所がたまたま同級生の奥様の嫁いだ実家だった。「ガンバライよ!」とここでも声を掛けられた。
昨日の朝は商工団地内の自宅の隣の、水産加工会社の一個年上の社長のお母さんも亡くなった。震災前から良く知るお母さんで、父に話すと「会いたかったなー!」と寂しそうに話していた。こんなに身近な人達の御両親が一気に亡くなる事は今までは無く。我が家も父の余生を考え、生きたいように見守ろうと決意を新たにした。

志津川町内の国道は台風の影響でまた通行止めとなった。それでなくても復興工事の為に道路が次々と町中のルートが変わる。旧南三陸警察署の前の道路に当たる写真の場所は、震災後もたびたび通行止めと大雨の時にはなった。水尻川の排水量を超えると道路に雨水が逆流する。現在写真の右側に「新国道45号」が10m近い嵩上げされ工事が進む。あと半年で完成するだろう。八幡川に架かる橋の完成で、南三陸町志津川市街も整備が一気に進む事となる。

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「安倍の、安倍による、安倍の為の解散!」が
来週には発令される。豊田議員が不祥事の記者会見を昨日おこなった。「埼玉にパワハラ議員はいらない!」と事務所前で女性達が声を上げる。埼玉の…区からの出場ながら、自民の公認は無く、別の自民候補が立つ中で当選は難しいだろう。一つの一時の異常な状態の中の発言でも、その一言で自分の人生は変わる。又、不倫・W不倫でも同じで、少しの気の緩みで自分の議員人生が終わる。そうなる前に知人・友人の指摘や言葉で、人生の危機から回避できるし、普段の行いで自然と大問題の発生を回避出来ている。私の人生でもそんな「戒めの事件」が何回かあり、問題に事件にならなくてすんでいる。

今日は10時の葬儀と、午後からは先輩の家で受付をする。同じ地区の親戚の火葬だと言う。こんな事があるんだ。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:25 】


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