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2017
05/27

久々の雰囲気に酔って


一週間前に友達に誘われ「楽天vs西武」の試合を、昨夜楽しんで来た。
南三陸町は雨、天気予報も傘マークで「雨の応援は嫌だなー」との想いで、仙台「コボスタジアム」へいった。球団グッズ売り場は新しく新設され、球場の雰囲気も大きく変わっていた。指定席に付いても靄っているだけで、7回までは天気はもってくれた。
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エンジの風船飛ばす7回裏は、楽天ファンの緊迫した試合の中で、弁当もビールも少しの寒さの中で、野球を楽しい気持ちで見る事ができた。その後はスポーツニュースでの通りでした。野球好きの仲間と楽しいひと時を過ごした。しかし、5日前に発覚した私の「帯状疱疹」の体調で、不安の中での自分の応援だった。
震災後はいつもの友人たちと1回だけ行った。5年後だっただろうか? 仲間達まではファンではないが、楽天ファンや野球ファンの応援の熱気に酔った。最近では楽天選手も則本投手ぐらいしか判らない。雰囲気だけを身体で感じて来た。
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楽天イーグルスの森投手の6回無失点の好投だった。8回に救援の森原がピッチャーフライを取れず、大炎上の5失点、一つのキッカケでおしい一勝を逃した。まだまだ貯金はあるものの、最終結果に影響でないよう、一試合一試合引き締めて「頑張れ東北楽天イーグルス」。
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西武の岩手出身の「菊池投手」の、素晴らしいピッチングだった。岩手の一つの高校から菊池投手と大谷投手の、日本を代表する剛腕投手の2選手の排出は、監督なのか、環境なのか、素質なのかを知りたくなった。
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【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:43 】

2017
05/26

愛の福袋の活動の一日

世界平和女性連合の「愛の福袋活動」は、震災の年の8月から世界の女性支援の活動を中心としていたが、東日本大震災での太平洋沿岸の、今世紀最大の自然災害への被災地支援に、関東以南の会員がグループをつくり、福島・宮城・岩手の大被害三県に、今直ぐ必要な物をとして物資の配布支援を行った。あれから6年目を迎え、一昨日の24日に支援のキッカケとなった、南三陸町の袖浜「明神崎荘」を宿泊拠点として、29年6月の活動を行った。
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仮設からの被災住民の住居移転が進み、ひとつの区切りとしての仮設住民への「愛の福袋支援活動」があり、今回は南三陸町への活動報告をした。広島の4名の会員の方がこれまでの活動の資料を携え、最最知副町長と高橋総務課長と面会した。4名の会員は、「仮設の今後」や「生徒数の現状」を聴き、それに対して親切に町では答えてくれた。
次に入谷地区の2仮設を廻った。旧入谷中学校仮設は33世帯のと有るが、昨日現在で10世帯となり、来月中には5世帯が住宅再建により移転して行くと言う。岩沢仮設は18世帯ながら、昨日も引越しの入居者が引っ越し業者による、2代のトラックと共に、移転地へ向かっていた。ここも5世帯前後となり、今後の移転を不安視している住民の声も聞いた。
午前の最後は「のぞみ作業所」の視察で、通所生への「もみじ饅頭」のお土産と、今回は会員の方々が「お金貯めてきました!」と、のぞみブランドの商品の購入支援と、名刺の依頼をした。少しでも作業所の為になればと、団体の活動は来町の度に作業所を訪問している。
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【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:52 】

2017
05/25

心穏やかに花咲くのはいつ


又、世界でテロが連続して発生している。国会は圧倒与党が強行採決で、総理の描く国政にまっしぐらだ。憲法改正はそうはいかない。国民の3分の2の賛成投票が達成できないと、改正とはならない。
内閣府の「最高の意向」との、文科省への忖度は、義家副大臣は否定した。しかし、この時の最高の事務方は本当の書類と今日発言していた。仙台の中学生の「自死」に県での調査では駄目と副大臣は言い、政府の指導の介入を示唆した。短い期間の3人の児童生徒の自殺は、仙台の教育委員会と教員指導の適切さの欠如。教師が口に粘着テープをはるなど、有りそうだが聞いた事が無い。げんこつで頭を叩くは、私たちの時代は毎日が体罰だった気がする。パワーペアレントと未熟な校長・教頭・教員が多くなったための、教員問題の発生に繋がっている。と私は思う。学校の校長のする事が信じられない現実を私は体験している。「まったく!」
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決して自虐的な発言ではなく、これが現実です。
後継者問題も事業所継続には厳しい現実があり、街中の仕事も年々減少し、共に支え合った人達も廃業し、静かな老後を送っている。好景気の中では待っていても仕事はあり、営業しても「大変だから仕事をあげます!」など、そんな奇特に人間がいたが、もういない。
楽な仕事と高給だけを求める今の若者が多い中で、苦労と努力を好む人間は居なく、今の仕事の「終活」に踏み出している自分がいる。

徳島県の後継者問題への取り組みをしていた。俳優をしていた男性が、県の誘いで「ゆず加工会社」との後継としてのマッチングに取り組んでいた。
70歳の女性は7人のパートを雇用し、売り上げは4千万と言う。これまでの独自の製品開発で地元のゆずの加工品を販売していた。後継者も居なく今後を考える中で、県が後継者の確保に乗り出した。
県内の雇用を守り地元の農業産品の活用など、県にとっても欠かせない地元企業を守る活動をしていた。1年間の給料を県が保障をしての、ふるさと創生の新たな取り組み事業だった。勿論国からの支援を充てこんで事業支援と思う。

国・県・自治体は今何をすべきかで、将来の国民と住民が安心できる事を目指し、何ができるのかを、「邪心」を捨て、本気で取り組んで欲しいものだ。宮城県知事選・東京都議選など、選挙が近づきそれぞれ動きが活発となっている。我が町の「町長選」「町議員選」は、無競争の公算が強くなっていると、世間では囁く。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:29 】

2017
05/24

歌津地区の山と田んぼと畑のグラデーション


やまつつじの山頂の大パノラマから下山途中の山裾の、自然の風景にこころを奪われた。新緑のきみどり色は清々しさで、こころが豊かになって行きそうだ。田植えも終わり日々の管理がこれから行われ、田束山からの雪解けの水は「美味しいお米」の元を成している。市街地から車で8分前後で、こんな素晴らしい風景に会える。

浸水域となった水田は、三陸沿岸の被災地に新たな農産品のブランド化に、ネギの栽培に力を入れている。こんなにも広々とした農地にダークグリーンの「三陸ネギ」生い茂る。一人の女性がせっせと収穫作業に、暑さの中で頑張っていた。こんな素晴らしい環境の南三陸町歌津地区に「移住しませんか!」。
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全国の開拓者を南三陸町は求め、被災地の疲弊や消滅を救うのは、人間の心に潜む野望のような「開拓精神」です。苦労して汗を流し塩害となった農地の再生は、今後の日本の将来を担う若い皆さんです。

決して自虐的な発言ではなく、これが現実です。
後継者問題も事業所継続には厳しい現実があり、街中の仕事も年々減少し、共に支え合った人達も廃業し、静かな老後を送っている。好景気の中では待っていても仕事はあり、営業しても「大変だから仕事をあげます!」など、そんな奇特に人間がいたが、もういない。
楽な仕事と高給だけを求める今の若者が多い中で、苦労と努力を好む人間は居なく、今の仕事の「終活」に踏み出している自分がいる。

徳島県の後継者問題への取り組みをしていた。俳優をしていた男性が、県の誘いで「ゆず加工会社」との後継としてのマッチングに取り組んでいた。
70歳の女性は7人のパートを雇用し、売り上げは4千万と言う。これまでの独自の製品開発で地元のゆずの加工品を販売していた。後継者も居なく今後を考える中で、県が後継者の確保に乗り出した。
県内の雇用を守り地元の農業産品の活用など、県にとっても欠かせない地元企業を守る活動をしていた。1年間の給料を県が保障をしての、ふるさと創生の新たな取り組み事業だった。勿論国からの支援を充てこんで事業支援と思う。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:22 】

2017
05/23

南三陸町の今が旬の「ウニ開口」


昨夜も暑い夜だった。何ども目を覚まし汗をかきながら、朝を迎えた。今日は南三陸町の志津川地区の開口と、午後6時頃防災放送が鳴り、明朝の5時30分からの1時間のウニ漁の、短時間の勝負のウニ開口は、家族での漁や、一人で黙々と箱メガネで海底のウニを探していた。
初夏の前の南三陸の海の旬の光景があった。昨年も行った記憶があり、現在は夏の「海水浴開き」に向け、復旧工事が始まり海底の状況も手を加えられている。海底には石が積まれ、荒波から浜辺の砂の流失を防ぐ防護が講じられていた。昨年までの荒島の漁場からは大きく変わり、デベソ島周辺の漁をする船は3艘と、前年の10艘から比べても半分にも満たない、漁はどうなのかを心配する。
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人口の浜辺の修復・整備は進んでいるが、日々繰り返される自然の波の力は、人間の想像を超える事が起こる。以前あったタイルの「タコの絵」はどうなったのだろう。私は写真にしっかりと収めているが、まさか破壊したのでは? 震災の記憶はここにもある事を、後世に伝えて欲しいと思うが、私は伝えていこうと思う。

ここは許される限り海水浴期間は、海の生物と親しむ事のできる環境を造って欲しい。海の「怖さ」と「楽しさ」を海の遊びを通して知る事も、子供達にとっては必要だろう。「ウニ・アワビ」などが自然に、どんな姿で生息しているかを直接見られる環境が南三陸町にあったら、魅力的な町の名所が又ひとつ加わる気がする。
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日曜日に「防災旅行」なのか、町に学生が来て宿泊していると聞いた。泊まる場所は「民泊」「民宿」なのだろうが、受け入れの宿泊地では、生徒に大震災と津波の事を話す。この「語り部」の仕事も宿泊の必須のようだ。生の震災体験はどんなふうに生徒たちに伝わるのだろうか。

町の「観光立町」の政策は進んでいるが、町民の生活は高齢化と生活の大変さばかりが聞こえてくる。歌津地区のしおかぜ球場が、甲子園球場と同じグラウンドになったと言う。震災から10年は住民の確保と、生活環境の整備を重点に考えないといけないと私は思っている。町の財政困窮した時は、職員の給料減額や首長の報酬カットなど、そうならないように堅実財政は「ムダを無くし」今必要な「人口確保」で、消滅自治体とならない為の町の政策が必要だ。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:24 】


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