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2017
07/25

井の中の蛙では


土曜日に用事で気仙沼まで行った折、大谷地区の幼稚園に園児と祖父母と家族が、共に遊ぶ広場を開催していた。全国の園への侵入者の問題もあるが、子供達の元気が町民の元気に繋がる。志津川地区の東工区に「あさひ幼稚園」があり、今後は中央区に「志津川保育所」が整備される。津波が到達した場所で、保育所移転がある中で、志津川保育所だけが未だに以前の場所で保育を続けている。津波はまた何時に襲来するかも判らない中で、保育所移設は早期にあるべきと思う。子供が町を離れた世帯も多く、子供達が遊び跳ねる姿に、生きる力を貰えると私も信じている。

昨日の国会閉会中の質疑では、「言った、言わない。」「加計氏は友達だが便宜は図っていない」など、国民が納得いく答弁だったか言うと難しい。和泉総理秘書官の「言ってない、そんな事を言ったら記憶にある。」と言い、それに対し前川氏は「和泉総理秘書官から加計学園の事を言われた。」と繰り返し答える。誰が本当の事を言っているのか、自分の立場が危うくなる人達は真実を言わないが、何も失うものが無い人間が、政府に対し嘘を言うかと言うと考えられない。「規則をねじ曲げた」との言い分は、「天下り斡旋」をした相手の話しも、国民を裏切ったと言う事では、政治家も官僚も「国民の公僕」と言う事を忘れ、自分の利益を求めてだけの話だ。平民には関係ないが、悪政の審判は国民が下すしかない。「国民もいつまで俺は関係ないから」と言えるだろうか。

郡氏が仙台市長となった。宮城県地元出身の奥山氏から郡氏へのバトンタッチは同じ女性の知事として、学校のいじめ対策にも本気で対処してくれそうだ。男社会の政治には「おごり」が見え隠れし、市議会は自民が多数を占め、議会対策とは言わず、真摯に市政に取り組むと言い、きっと市民は新知事を認めてくれ指示をしてくれるだろう。
村井知事は自民党として、菅原氏を応援し敗れた。間違いなく国政のゴタゴタが地方選挙に影響を及ぼした。10月の知事選とて、民進党の安住氏が立候補すれば、宮城の保守王国は崩れそうな気がする。政治の腐敗は「政務調査費」と言う不透明な使途から始まった気がする。野党の先頭の民進党の復活は、思い切った選挙行動が今の国政を変えられると思う。思い切った野党の戦術に取り組み、「自民にお灸を据える!」、こんな事から政治腐敗の根絶に与党も野党は取り組むべきと私は思う。
郡氏はアナウンサー出身で、県民にも愛着がある。南三陸町の歌津地区の「払川ダム」の落成式典が始まる前に、一人会場の前列にいた彼女を私は見ていた。民進党の衆院惨敗の中で、静かに式典を待つ姿を、政治家は何時も表で自分を示すだけでなく、やるべき時に国民の為に動くが、政治家の本質にある。今日は参院の質疑だが、今日も一人の総理を守る為に、議員・官僚が嘘で固めた説明に終始する姿は、トランプ氏の米国のゴタゴタに何処か似ている。

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町には家具屋さんも、気兼ねなく入れる喫茶店も、イタリアンもない。人生を私は後10年と捉えている。震災から7年目、私の人生も後9年足らずとなった。色々な事を体験したい、美味しいものも食べたいと、残り少ない人生を悔いなく生きたい。だが、自分が選択した住宅の整備でローンが後10年、震災後の機械の整備のローンが5年、父の介護を全うするなど、目の前をクリアしつつ自分の好きな事をしたい。石巻で「ビックリドンキー」のハンバークは、一生涯で初めての体験で、また、石巻で美味しいイタリアンの店を見つけた。
日々多忙ながら、時間を割き色々と人生を楽しんでいる、しかし、我が家にまた事件が発生している。

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2017
07/24

氏神様に報告


昨日は葬儀に参列した。雨が降る中、故人の多くの同級生や知人、志津川魚市場の仲買仲間など、突然の友の死に広く散らばった場所から、大森地区民・本浜・町内など、私の2歳から5歳上の人達が集まり多くいた。

故人には父の代からお世話になっていた、御得意様の社長の急死たった。志津川の地区民の多くの菩提寺で葬儀は行われ、志津川市街地の我が社の慰霊塔にも手を合わせて来た。前社長は父と同級生で94歳だったが、剣道は共に五段教士で、もう一人の同級生と仙台に資格取得にいった仲間だった。震災後に奥様を送り出し、自分もそして息子さんも亡くなった。孫さんは東京で父の許しで我が道を進んだ。町内の同世代の娘・息子も同等の針路を選び、人口減少の理由がここにあり、新たな世界で8代目を継ぐ事となる。息子さんは父に「感謝」「ありがとう」と喪主は言葉を送った。

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仙台知事選で郡和子さんが自民党(与党)の推薦の候補を破った。国政の安倍総理や稲田氏・山本氏、内閣府の和泉田・萩生田氏等の不透明な政治に、地方から「ノー!」を突きつけた。最近の政府のゴタゴタに危機感の無い、総理・官房と大臣の行動と発言に国民の不信感が爆発した。保守国の東北にも既に政治への否定行動が始まっている。野党に受け皿の無いだけで、今の自民党への抗議の声が聞こえてくる。総理の「衆院解散」を政治アナリストの人達は、その確率を6割と語り始めた。

町の政治も次のリーダー不在で、野心を持つ政治家の誕生しない町には、発展と言う言葉は小さいと言う。

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志津川市街地低地部の土地の換地が4月の27日に引き渡され、建築確認申請に1か月半かかり、今度は電気が整備されていない事を、行政に注文を付けた。復興推進課はその東北電力の電柱埋設に、何の知識も無く、情報を私が教えると言う、被災地嵩上げ地の再生の行政の対応に驚く。
家と事業所の総てを津波で流出した、地元の事業所の大変さがあるのに、総てを建設会社に委託発注する事のできない、弱小の事業所の現実を解っていない。事業主は被災地の状況で後継者もいなく、6年目が過ぎ7年目となる今、まったなしの寿命の事を理解していない、行政の被災地再建の状況を、「再建を進めるあなたがやって下さい!」と思わせる対応がある。

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2017
07/23

延命とはゼネコンを守る事


現在の南三陸町には数千億の復興資金で町の津波防災の試験再建が続いている。人が住まない場所の大型工事は、町の生活とライフラインの確保整備ながら、本当に必要なのかと思う。
震災前までは町の予算は約50億で、見たことの無い予算の使い方で、行政は金銭マヒとなっている気がする。1億・2億の財源を大切に使い、財源の節約などは今の行政にはない。
東京オリンピックが2020年に開催されるが、それまでゼネコンは震災復旧工事を、後2年で片付け東京の工事に全力であたるだろう。月200時間を超える建設会社の残業で20代の若者が自殺した。オリンピックの国立競技場の工事をしていた。被災地の工事も佳境で、木造工事の時間と構造にその原因がある。町の「震災祈念公園」のメインの橋「人道橋」も木造で造られる。その工事も遅れている。橋つくり職人が居ない、経費の高騰が上げられている。隈研吾氏の復興の計画は「理想と現実の狭間」で、復興が遅れていると言っても過言ではない。有名建築家の起用は町のイメージ戦略である。町の再建はそんなにも特別で無くて良い。
これが現在の首長の目立ちたがりの性格が起因する。町民に一日も早い安心できる生活環境を整備する事が町長の役目である。復興が終わるまでどれだけの町民が亡くなっていくのか、私はそこに悲しさと寂しさを感じる。

写真はどこだか判るだろうか。戸倉地区折立の仮設の折立橋から、震災前は多くの家々が肩を並べるように住民が暮らして地域である。河川堤防と国道の嵩上げで、地区は土の下に埋もれ、以前の住民の営みは消え、住民も昔の近所もバラバラとなり、決して再生する事は難しい。特色のある地域を生かす町づくりはできなかったのだろうか。国と県のゼネコンの仕事の海保がここにある。国民人口の数%が働いてる事も事実としてある。
公共工事の減少で建設会社の氷河期の震災前の状態から、震災による再建工事が「2兆・3兆と豆腐でもあるまいし」と、ある政治家が言っていた事を想い出す。オリンピックを前にして後2年、復興特需とオリンピック景気に、建設会社は多忙を極め、入札は言い値に近い価格で、国民の血税が使われていく。地方の私がこんな事を言ってもと思うが、地方から声を上げて! とよく言われる。届く事はないからと言っていては、地方はいつまでも離れ島となり、「消滅都市」が拡大して行く。みんなで「生きた証」を残して行こう。
今日は仙台市長選、私は郡氏に一票を入れたい。「票はないが!」何故なら民進党の復活は政府の緊張感を生み、国政に活性化が生まれる。巨大な与党に野党の再生は国民の為でもある。「鳩山は忘れて」「管も」「野田さんの優しさ」など、総てを忘れ少し強い野党の必要性を感じ、国民行動で達成しよう。

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2017
07/22

支配からの脱出


昨日は母校の「志津川高校同窓会」の総会があった。その席上で私の義理の叔父が20年以上続けていた役員を辞めた。私も今年で第二回目の志津川高校を卒業する。仙台支部の支部長も変わったと言う。政治の勢力が町の教育環境まで、自分の力を鼓舞するように、町の人間構造が変化してきている。

以前の志津川町は色々な人間の考えがバランス良く配慮され、その住民の個々のパワーが町の発展へと繋がって来ていた。現在は一つの大きな力の方向性のままで、町づくりが行われ、その間には「ばらまき」としての資金提供がある。その資金は町民の為に使わないといけないが、仲井同志・相互のもたれ合いで、住民への国の交付金や町民・国民の血税がここに使われている。これは理不尽な独裁町づくりと私は感じている。

形を変えた資金提供感が強い、町の財源の活用と見えてくる。被災地の子育て支援支給や、今回の高校の学習支援は何故かと考えた時、大震災後の人口減少があり、町が対策を講じない事に責任を感じる。その時にもっと大胆な町の再生対策が取られない結果が今にある。自分で傷を作り自分で治療するかの様で、その自分の力の無さを国税・町税で補てんする、責任の取れない首長がそこにいる。

私が卒業後に母校の高校との係わりは、10年前頃の加藤校長時代からだ。中高一貫校が始まるころで、一貫教育の不備を友達と当時の校長と議論した。その前の阿部清一校長も工づ川出身で、町とは一線を隠し距離を置き、地元の高校教育を実践していた。震災で厳しい状況とは違えと、高校教育の原点を踏まえた教育指導者がここにいた。生徒の減少への対策を町と共に対策を講じる為に、現山内校長は同級生ながら、地元の厳しい時の最後の場所が母校の校長として、全精力を傾けこの危機を乗り切ろうと、あらゆる活動をしている。しかし、活動資金には限界があり、その助けの手を行政に求め、「南三陸町の発信」と言う考えの、町長と校長の考えの一致から現在がある。
教育現場には佐藤町長の、商工会・ライオンズクラブなどから、PTA会長職やPTA会員まで、その仲間を増やしつつある。仙台商業高校卒業の町長を、志津川高校の最高顧問として迎える現状に、志津川の人材の不足と「志交魂」が薄れて行く現実を感じる。

更なる長期政権の根回しがここにある。佐藤町政の政治に反発する町民は町を離れ、だれも町政に意義を言う者などいなくなった。私のエネルギーも残りわずか、最後まで「反骨魂」で大好きな志津川町で生きていきたい。

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2017
07/21

ショック三陸道で死亡事故 そして政治はウソばかり

朝6時の東北放送のニュースで「三陸道死亡事故」と報じていた。耳を傾けると南三陸町の行場さんと言う。「唖然!」。蛇行し走行した乗用車が、トラツクと正面衝突だと言う。知っている方なら、震災で6年4か月、水産事業の継続に自分の身体一つで頑張っていた。悲しい出来事がまた起こってしまった。

震災後の先輩や同級生、そして志津川の歴史を造って来た先人が、一人また一人と亡くなっていく。私の心は逝去に悲しみしかない。復興に多くの時間を費やす事で、再建途上で多くの人が次々に町を離れ、町の基礎を築いた人たちが人知れず天国へ旅立っている。自分が今生きている事の「証」を私は残し、町の復興に意見を言い、自分の主張を続け町民に語り掛けている。多くの公的施設が「原形復旧」と言う震災の、復興交付金で町が蘇っている。しかし、原形復旧以上の公的施設の建設が加速している。2040年には人口は少なく見て「6000人」となる町に、人口と見あった町づくりには程遠い町の再建が、首長の想いのままに続けられている。先の見通せない若者は、華やかな町づくりを拍手喝采で歓迎する。負の遺産が将来に自分たちの生活を苦しめるとも知らずに!

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7.21サラダ

我が家の菜園は成長と実を結び、その果実を食し楽しんでいる。最近はキュウリ一本とミニトマト20個の収穫で、自分なりの色とりどり「サラダ」を作った。ゴマジレッシングで獲りたての食材は、間違いなく美味しかった。

剣道の教え子の親から頂いた野菜の数々は、ジャガイモと幅広いんげんを煮て食べた。趣味の料理が成長を続けている。昨夜は庭の青シソを使い「なすの煮浸し」を今年初めて作った。簡単で美味しい仲間にも教えてあげたい料理の一つだ。最近は魚焼き器を購入した。ガス台のコンロを使うと汚れるので、すぐに洗える物を準備した。私は志津川産の「銀ザケ」の塩引きが好きでお茶漬けにして食べる。以前までは卵焼き器に油を敷き焼いていた。油ギトギトで身体に悪いと思い、魚焼き器で魚の油を落して焼くと美味しく食べられた。

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また、焼香に行く事になる。現在も三陸道の三滝堂と南三陸インターの下りは、「通行止め」となっているとラジオは伝える。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:10 】


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