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2019
01/23

全部「ムールガイ」。

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昨日は戸倉地区から友達が来た。彼は志津川地区のカキ剥き場で、冬場は漁民の手伝いをしている。そんな彼が牡蠣生産の付属品である「ムールガイ」を、籠いっぱいに持って来てくれた。半端ないその量ながら、剥くと写真のような殻の中に小さい貝が入っている。昨夜はその処理で夜なべをした。
私達の海は「春夏秋冬」で豊潤な海の幸に恵まれている「南三陸海岸の町」です。今は「寒ダラ」の時期で、先週末は市場で寒タラ祭りがあり、一本売りでは「2000円」と、通常価格の2割引きで販売されていた。
昨日の全国ニュースでは「タコ不足」で、関連業界の品不足で経営が大変と話していた。「タコ焼き」「タコ料理店」など、タコ好きの日本人の台所が混乱している。まだ南三陸町の「志津川タコ」は大丈夫ですので、食べに、買いに来て下さい。

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今日の仲間との新年会と、今月末の東京の議会改革講演会の、手持ちの資金不足で、昨日は志津川農協にお金をおろしにいった。旧「福祉の里」からの志津川地区の風景は一変していた。まるっきり以前の風景とは違う姿がここに広がっていた。廻館前ののどかな町並と水田、そしてその前には八幡川の流れが静かに見えた。津波防災体制の確立に向かい、ここまで風景が変化するとは思わなかった。町の「職住分離」の生活の大改革では、しょうがない現実がここにある。

八幡川の河口右岸は、防潮堤整備があり自然のままの砂浜の維持をし、防潮堤のセットバックの計画を建設課長の説明で聴いていた。それなのに自然を見つめている町民が、FBで「ショック!」と書き込んでいた。まるで沖縄のサンゴの海の埋め立てと同化して、私の目には映った。地元の高校生が「磯調査」の場所に、河川整備の為に土砂を海中に投入した光景が広がっていた。復興と自然環境の両立の難しさがここにはあるが、対策をしないままの防災対策整備はどうだろう。自然の環境を消し無くしたら、二度とその景観と自然と生物は戻らない。


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【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:19 】

2019
01/22

可愛い!


登米市米川の「みずかぶり」も、日本の仮面文化の国際遺産ユネスコに昨年認定された。米川地区では登録祝いの「みずかぶり」の飾りが、地区の玄関口に現在登場した。
登米地区のある会社はユネスコ登録を祝福するように、玄関に飾る「年賀挨拶」に、みずかぶりのキャラクターを模写し、仮面文化の継承を伝える。現実的には米川地区も人口減と町の疲弊で、後継者も少なくなり継承への不安があると聴く。私の従弟たちも火伏の神様となり、参加して伝えてきた。地域の習慣は、地区以外の人達の参加で、今後は維持されていくのだろう。

歌津の尾崎神社にお参りをした。勿論、南三陸町住民の平安です。
歌津-2 (2)

60歳を過ぎ、それから3年目を迎え、神頼みが多くなった気がする。今まで大病にならなかった「風邪」も、回復まで一週間を要した。若いふりして抱える仕事を一揆に片付ける性格を変えないと、疲れた体に病魔が入ってくる。
無理をしないで生きたいが、今の立場はそれを許してはくれない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:01 】

2019
01/21

ウオーキング始めました


昨日の都道府県駅伝の中盤に宮城が10位以下に落ち、福島の走りが良くなってきたとき、家の周囲を回るウオーキングを初めてしてみた。

ここ一週間で「170」前後の血糖値で、ランタスという「インスリン」を15から17単位と増やして見た。それから10日血糖値は変わらず、薬も一か月を過ぎ無くなった。
我が家から歩いて2分位の場所に、主治医と薬局がある。こんな便利な場所は他には無い。先週の土曜は用事で出掛け、帰った時には診察時間を経過していた。今日は昼前に行かないと大変だ。他の地区の人達は病院の通院は大変ながら、私の家からの医療環境は良好だ。
父は月一回、時には2周に一回と、循環器の南三陸病院に通院する。勿論、車で自分でとはいかず、私が送り帰りは巡回バスに頼っている。半分は病院に行っていた人に送ってもらっている。

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我が家から出て、主治医の病院から右に進み、国道に出て一区画をぐるりと廻り戻る、こんなコースで「千歩」もある。何か今日の身体は調子がイイ感じがする。途中には色々な景色があり、気温は7度ながら、外には「氷が張っていた」、こんな何気ない事に、生きている実感を強く思う。ウオーキングも何時まで続くやら。10分間の事だった。

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2019
01/20

南三陸町の昨年の人口減は「233人」


私のツイッターで戸倉地区の水戸辺川の周辺の風景を載せた。それから10日近く経つのに、いまだに「いいね」と「リツイート」があり、この辺に暮らしていた人たちの反応と思う。震災での流失した「門内」「上沢前」の集落は全てが無くなり、高台に土地に愛着の住民が1軒新築を果たしていた。
戸倉地区の地元民の菩提寺「慈眼寺」が、本堂の再建に向け檀家と共に頑張っている。しかしも、この地域は見渡すくらい家は無い、農地も見えるが、昨年は「南三陸ネギ」の実証栽培は、圃場した農地の水はけが悪く、生育は順調とはいかなかつたと言う。津波被災農地状況はまだまだ厳しいようだ。

昨年の南三陸町の人口が発表された。1万2987人で「223人」が減少した。出生は70人で死亡は217人で、自然減は147人だった。社会減は転入が343人に対し、転出が393人で「50人」が減少した。外国人減少の26人は何を意味するのかは、3年の出稼労働者の帰郷があり、今年度更なる外国労働者の入国が、政府の外国人雇用改革で、増加するのは南三陸町も同じで、労働力の減少は一時的なものと思う。事業所の経営戦略に外国人の確保は近々の問題としてある。

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戸倉地区を震災後から見てみたい。30年8月末のデータで、震災前は2433人が地区で暮していた。多くの死者を出し、23年3月末では「2296人」で、減少数は震災死となる。30年8月には1424人となり、「1009人」が減少し、震災後の減少は「872人」と、先が見えない地域の再生で、待っていられないと近隣市に移転したものと見られる。

昨年末の戸倉地区の人口の増減は、7人が減少し「1427人」と、通常の自然減の状況に戻った気がする。
南三陸町の昨年の各地区減少は、志津川が63人減、歌津が80人、入谷が71人と、地区の人口に対する減少率で言えば、これまで増加していた入谷地区の人口減が顕著に表れている。

人口減は一人当たりの「交付金」が国から支給され、被災地「南三陸町」は、被災地・過疎化への政府の対策費が、別の「特別交付金」として支給されている。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:20 】

2019
01/19

i日本には歴史遺産・自然遺産がいっぱい


登米市の会社から年賀の玄関挨拶を頂いた。昨年の「なまはげ」などの仮面文化のユネスコ登録があり、登米市米川の「水かぶり」のイラストの可愛さに、癒されている。火伏の地域のお祭りで、私の従弟たちも男性は行事に参加している。「奇祭」として今後も継承して欲しい。米川には道路バイパスができ、昔の町並は疲弊となっている。

今年に入り「消防出初式」が5日なあり、その後、清水地区で火災が発生した。「車両火災」と言うが、BRTのトンネルの整備工事で、作業車両から出火したと言う。人的被害は無かったと言う。多くの工事が町内であり、労災と言う話も聞こえてこない。良い事ですね。
そんな中で救急自動車の追突事故は、まだ記憶に新しい事故として、あり得ない死亡事故となった。これまで聞いた事の無い、職員の勤務中も甚だしい事件で、100対0の全責任は救急の運転手にある。職員は「業務上過失致死」で、登米署に逮捕された。同乗患者の付き添い人が死亡した。
あってはならない事件が、若い職員により発生しているのは、ゆとり教育の歪のように感じる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:32 】


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